Voice » 経済・経営 » 大洲城の天守がホテルに...歴史的建造物を保全だけでなく“活用する意義”

大洲城の天守がホテルに...歴史的建造物を保全だけでなく“活用する意義”

2024年06月06日 公開

他力野淳(バリューマネジメント株式会社代表取締役 )

他力野淳

京都の平安神宮会館や、G20大阪サミット2019の夕食会で利用された大阪迎賓館など、これまでに日本全国で80棟を超える歴史的建造物の保全とその再生を手がけてきたバリューマネジメント。

同社は事業を展開するうえで「顧客満足度」「従業員満足度」「パートナー満足度」の3つを追求し、さらには、地域の活性化にも重点を置いている。それらすべての満足度をどのようにして高めているのか。創業者で社長の他力野氏に、詳細を語っていただいた。

 

事業の原点は震災での経験

日本の文化を紡ぐ――。これをビジョンに掲げる私たちバリューマネジメントは、日本の文化的な財産である歴史的建造物を保全し、そこに新たな価値を生み出して再生する事業を展開しています。

文化財など歴史的建造物の多くは、これまで国や自治体の税収によって保全が図られてきました。しかし、少子高齢化や経済停滞などによる財政逼迫で、現在は困難を極めています。特に地方は魅力的な歴史的資源を数多く持ちながらも衰退の危機に直面し、文化そのものが消滅しようとしています。

そこで私たちは、民間企業として培ってきたマネジメントの力を生かして、歴史的建造物をホテルやレストラン、結婚式場などとして再生・活用し、文化財の収益化と保全、さらには「まち」の発展に貢献すべく活動しています。

この事業の原点は、阪神・淡路大震災での私の被災経験にあります。当時21歳の大学生だった私は、倒壊した建物を前に人々が立ち尽くす姿や、火災で真っ赤に染まる空の光景に言葉を失いました。昨日まで当たり前にあった物が、一瞬にしてなくなってしまったのです。

卒業後は起業を考えていたものの、傷ついたまちでは給水車の列に並び、ガスの復旧を手伝うことしかできず、みずからの無力さを痛感せざるをえませんでした。そのため、自分がなすべき事業について、改めて徹底的に考えることにしました。

そのとき私が強く抱いていたのは、まちの文化を守り、その価値を高めていきたいという思い。そこから、「"まちの顔"であるホテルを軸として、まちを活性化する事業を行なう」という構想を打ち立てました。

私の育った神戸は世界からいろいろなものが流入する国際的な港町で、なかでもホテルが経済活動の中心として外から人を呼び込む集客手段となっていたのです。そこでまず、ホテル業界の仕組みを学びたいと思い、様々な情報サービスを手がけるリクルートに入社して、結婚情報誌の営業などを経験します。

その後、起業を見据えて人材ベンチャー企業に転職し、関西支社の立ち上げに携わるなど、マネジメントの経験を積みました。そして独立後、ブライダルを中心に歴史的建造物をホテルやレストランとして活用する事業を開拓していったのです。

 

収益性よりも文化の保全に重きを置く

しかし、当初は歴史的建造物の扱い方もわからず、手探りの状態から始まりました。相談を持ちかけられた文化財のオーナーから施設の保全方法を教わったり、県や市の文化財保護担当者から話を聞いたりして、試行錯誤の繰り返し。

同じことをしている会社は他になかったので、一つひとつの案件を通してノウハウを培っていくしかありませんでした。

私たちが扱う歴史的建造物は、文化財指定や史跡、保存地区や名勝などが多く、扱ううえでの制約が数多く存在します。たとえば、国の登録有形文化財として指定を受けている建物であれば、「外観は保持しなければならないが、内装は変えてもよい」というルールがあります。

一般的にその条件でレストランやホテルにリノベーションする場合、古い柱や壁をすべて取っ払って外観だけ残すというやり方が取られます。そのほうが修復するよりも低コストで坪効率も上がるからです。

しかし、それは本当の意味での文化財保全ではないと私たちは考えます。私たちが残したいのは「文化」です。目指すべきは、建物が最も輝いていた時代の趣や風情をそのまま生かすこと。

ですから、私たちはたとえ収益性が低くなろうとも、内部も元の形を保全したうえで活用していくことを追求し続けています。地道な積み重ねを経て、今では北海道から九州にかけて手がけた施設は25にのぼり、棟数にすると80棟以上。現在も、10ほどの案件が同時に進行中です。

 

難題を乗り越え実現したキャッスルステイ

大洲城
↑"まちの顔"となっている大洲城(愛媛県大洲市)。4棟の櫓(やぐら)は国の重要文化財、城跡一帯も県指定史跡。

保全と活用が特に難しかった事例の1つに、愛媛県大洲市で実施した観光まちづくりプロジェクトがあります。まちのシンボルとなる大洲城をメインに、城下町に広がる歴史的な邸宅を改装して分散型ホテルとして展開させ、まち全体をホテル・コンテンツにするというものです。

とりわけ難しかったのは、大洲城の天守に泊まる「城泊」(キャッスルステイ)を実現することでした。お城はいわば"まちの顔"。当初は地元の方から、「それを占有するとはどういうことだ!」という反対の声が根強くありました。

しかし、大洲市では人口減少や少子高齢化が進み、お城や城下町を保全するための財源確保は難しい状態でした。そのため、観光をまちの産業として育て、そこで得たお金がきちんと保全に回るような枠組みを構築する必要があったのです。地元の方にそうした説明を粘り強く何度も続け、最終的にはご賛同いただくことができました。

ただ、地元の方からしてみれば、よそ者に建物を勝手に改装されて「儲かった」と言われても、そこに喜びは生まれません。ですので、弊社では案件ごとに毎回必ず地元の設計・施工会社に仕事を依頼し、まち全体が活性化することに重きを置いています。

とはいえ、どの会社も歴史的建造物の往時を残しながら生かす建築工事は過去に例がないため、弊社が培ってきたノウハウを共有しながらの作業となり、完成までに通常よりも3~5年と多くの時間を要します。

また、運営においても様々な課題が発生します。大洲城の天守には水道がなく、もちろん火を使うこともできません。そのため、宿泊したお客様に料理をお出しする際は、城下町にあるキッチンで下拵えし、最後の仕上げをお城に横づけにしたキッチンカーで行ないます。

お手洗いやお風呂については天守の外の文化財指定されていないスペースに設備を用意しました。お客様にも多少のご不便をおかけしますが、それも含めて文化財で過ごす上質なひととき。火縄銃の祝砲に迎えられての入城や饗応料理に舌鼓を打つなど、大洲に紡がれた歴史文化を"城主"としてご堪能いただいています。

大洲城をはじめとした一連の施設は2020年に開業し、その後、城下町では新たな事業者が20ほど増えて、若年層の雇用にもつながりました。

さらに「グッドデザイン賞」(2021)を受賞し、国際的な認証団体「グリーン・デスティネーションズ」主催の「世界の持続可能な観光地トップ100選」(2022)では、「文化・伝統」部門にて世界1位を受賞するなど、地方の小さなまちが世界から注目されるまでに変貌を遂げた事例となっています。

大須城
↑樹齢300年以上の木材が用いられ、ヒノキの香りが漂う天守に宿泊する

 

「究極の個別化」でお客様ニーズを徹底追求

弊社が運営するいずれの施設においても、ご来館いただくすべてのお客様に思い出に残る素敵な時間を過ごしてほしい。そうした思いから、スタッフ全員が「ワン・トゥ・ワンマーケティング」を実践しています。

社内ではこれを「究極の個別化」と呼んでいますが、簡単にいうと、お客様一人ひとりのニーズを徹底的に追求したうえで、それぞれのスタッフがおもてなしのマインドとスキルを100%発揮して、最高の価値をご提供することです。

これを実践するうえで大切なのが、「相手を喜ばせたい」という誠実な気持ち。必ずしもすべてのお客様がご要望を明確に伝えてくださるわけではありませんので、スタッフは常にアンテナを張り巡らせています。

レストランであれば、ご予約時のお電話や当日お席にご案内するときのご様子から、どのようなご要望をお持ちか感じ取ります。実際にお祝いごとのご相談があれば「アニバーサリープランナー」という専門の担当者が、お客様とともに当日のプランをおつくりします。

また、ブライダルのお客様に対しては、新郎新婦様それぞれの専用サイトをご用意し、全ページをヒートマップでどのあたりに関心をお持ちか可視化できるようにしました。そこからうかがえるご要望をお打ち合わせ時のご提案に取り入れています。

結婚式の引き出物選びで迷われているご様子のお客様には、人気のギフトを予算ごとにご提案し、「納得できる物を選ぶことができた」と大変喜んでいただけました。

お客様一人ひとりの隠れたご要望を先回りして察知し、全力でお応えしていく。それができるスタッフを育てていくとともに、システム化して組織的に取り組むことで高い顧客満足が実現できるのだと思います。

 

個々の働きがいを高める年間約100時間の会議

社員教育の一環として、弊社ではお客様に貢献することができたスタッフの"ストーリー"を全社で共有し、互いに称賛し合う場を設けています。それが「バリューマネジメントカンファレンス(VMC)」というキックオフミーティングです。

コロナ禍ではオンラインでの実施ですが、その前は全スタッフに各地から集まってもらっていました。毎月1回8時間の実施なので、これだけで年間100時間近くかけています。

もちろん、その日は店舗を閉めなければなりませんが、そこまでして実施するのは、目的意識の再確認や成功体験の共有が社員の働きがいにつながると考えているからです。

仕事では「何をやるか」も大事ですが、「なぜやるか」のほうがはるかに大事ではないでしょうか。書類一つつくるにしても、それがどんな成果につながるのかわからずにいると、ただの無味乾燥な事務作業になってしまいます。

そうならないためにも、会社で実際に起きたストーリーの見聞を通して、スタッフ一人ひとりに「すべての仕事がお客様の喜びにつながっているのだ」と理解してもらうことを促しています。

それに加え、「自分は会社において重要な存在である」という感覚(自己重要感)も同時に高めてもらうようにしています。成果が数字に表れる営業部門などは脚光を浴びやすいですが、そうでない部署のスタッフの自己重要感は低くなりがちです。

そのためVMCでは、全社に共有したいトピックスを各部署で発表して、自分たちの仕事に対する誇りを改めて確認してもらっています。これらの意図をスタッフがよく理解してくれているためか、「働きがいのある会社ランキング」(GPTW)では10年連続でベストカンパニーに選出されています。

また、私たちは自社スタッフだけでなく、パートナー企業においても働きがいを感じてもらえるよう注力しています。数ある取引先の中の1社である弊社と仕事をして、「一番楽しい」と思ってもらえるかどうか。それによって、パートナー企業の方のパフォーマンスが変わってくるのは当然のことです。

ですから、パートナー企業のスタッフの方が活躍できる仕事を充実させ、場合によっては各種研修やトレーニングのお手伝いを実施したりもしています。

 

「なぜ?」を問う価値観重視の採用

日頃からスタッフに「自分の調子がいいときは、まわりの仲間を救ってあげよう」と伝えていることもあり、弊社では「互いに助け合う」という補完関係がカルチャーとして浸透しています。

他者のことを考え、力になろうとする誠実な姿勢は、お客様に対して「究極の個別化」を実現していくうえでの基本です。これはスタッフ当人の能力というよりも、価値観によるところが大きいため、研修でつくれるものではありません。

ですから、弊社では採用時に応募者の人間性を最も重視しています。たとえば面接では、応募者に対して「一番記憶に残っている出来事」と「なぜそれが自分の心を揺り動かしたのか」を問います。

「出来事」については、別にどんなことでも構いません。私たちが重視しているのは、その理由です。それを通して本人が日頃大事にしている価値観が見えてくるからです。

また、結果的に不採用となった方にも、理由をきちんとフィードバックしています。お客様に対するのと同じように、採用においても入社を希望してくれる方一人ひとりに対してしっかりと向き合い、「究極の個別化」を行なっているのです。

スタッフ、そしてお客様への「究極の個別化」の実践によって弊社が目指すのは、全国各地に眠っている日本の宝が本来の価値を取り戻して再び輝き、今後も文化が紡がれていく未来です。

地方にはまだまだたくさんの魅力的な歴史や文化などの観光資源があります。それらに付加価値をつけて活用していく中で、地域を活性化し、人々の喜びを生み出す。それが弊社のミッションであるとともに、私たちの真骨頂であると考えています。

【他力野淳(たりきの・じゅん)】
バリューマネジメント株式会社代表取締役。1973年、長崎県生まれ。神戸育ち。’97年に入社したリクルートで結婚情報誌の営業を担当し、その後人材企業にて関西支社の立ち上げに携わる。2005年、バリューマネジメントを設立。志の高いベンチャー企業の経営者を表彰する「ジャパンベンチャーアワー ド」(’16)において、「日本文化再生特別賞」を受賞。「働きがいのある会社」ランキングでは、 10年連続でベストカンパニーに選出されている。

バリューマネジメント株式会社 本社:大阪府大阪市/創業:2005年/事業内 容:文化財等の歴史的建造物や歴史地区を利活用した婚礼・宿泊・飲食事業

 

Voice 購入

2024年12月

Voice 2024年12月

発売日:2024年11月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

俳優・渡辺謙が被災地に毎日送り続ける「直筆メッセージ」の意味

渡辺謙(俳優)

勝機をつかんだ「10円シュークリーム」 シャトレーゼが“おいしいのに安い”秘密

齊藤寛(株式会社シャトレーゼホールディングス会長)

ウクライナ映画の配給権を自腹で購入...日本人女性に託された「現地人の思い」

粉川なつみ(Elles Films株式会社代表取締役)