2024年04月17日 公開
2024年12月16日 更新
「おいしくて、安くて、体にやさしいお菓子」との評判で、大人気のシャトレーゼ。物価高の中でもリーズナブルな商品を実現し、多くのメディアに取り上げられている。一体どのようにして「安さ」を維持しているのか。創業者で代表取締役会長の齊藤寛氏に話を聞いた。(取材・構成:長尾梓、写真提供:シャトレーゼ)
※本稿は『[実践]理念経営Labo 2023 SPRING4-6』より、内容を抜粋・編集したものです。
↑1個10円で始まったシュークリーム。今でもシャトレーゼの一番人気
2022年春、シャトレーゼは「値上げをしないことへの挑戦」を掲げ、1年間値上げしないことを宣言しました。それだけではなく、一方で社員には2年間で給与を10%アップすることを約束しています。
国内では賃金がほとんど上がらず、物価高騰を理由に大手メーカーが次々と値上げをしている中で、なぜこのような方針を発表したのか。それは、弊社の社是「三喜経営に徹しよう」が大きくかかわっています。
「三喜経営」とは「お客様に喜ばれる経営」「お取引先様に喜ばれる経営」「社員に喜ばれる経営」のことで、弊社ではこの3つの「喜」を大切にしています。
なかでも一番は「お客様」です。物価高のご時世でも、これまで通りたくさんのお客様においしいお菓子を手軽に楽しんでいただきたい。また、企業に賃上げが求められている今、その嚆矢(こうし)となり世の中の期待に応えたい。そうした思いからこの方針を打ち出しました。
もちろん、商品の主原料である小麦粉や砂糖、油、卵、乳製品等が軒並み値上がりしているのも事実です。だからといって、その分品質を落としたり、サイズを小さくしたりすればお客様に喜ばれませんし、取引先や社員に負担をかけることも「三喜経営」に反します。
そこで弊社では、原料以外のムダを徹底的に省き、さらなる効率化を進めています。まず、あらゆる現場のムダを削減し、改善するために社内で広くアイデアを募集。採用されれば効果に応じて報酬が出る仕組みで、社員も積極的に提案してくれて毎月500件ほどのアイデアが寄せられています。
1つの好例としては、カップに入ったプリンを運ぶケースです。以前は中で容器が動かないよう、各ケースの底に枠型のプラスチックトレーを敷いていましたが、ケースそのものに枠をつけることでトレーをなくし、年間1000万円ほど削減しました。
そして今一番力を入れているのは、製造工程における機械化です。単純作業をロボットに任せて効率化すると同時に、人の手が触れる作業を減らせるため、菌の繁殖を防ぐ効果もあります。また、夜間の作業でも活躍してくれるので、今日つくったものを今日販売する「day0(デイゼロ)」が実現できるようになります。
このような取り組みによって新たな発想が生まれており、社員からの提案だけでもすでに10億円ほどのコストカットにつながりました。そして、社内にいい循環が生まれ、会社全体の体質が強くなったことを実感しています。
かく言う私のモットーは、ピンチのときこそ知恵を絞ってチャンスに変えること。かつて大手メーカーに太刀打ちできる商品がなく経営が苦しかった頃、日持ちのしない高級品のシュークリームをあえて手頃な値段で大量に売り出し、回転の早い商品として新たに定着させました。これが大ヒットして現在まで主力商品となっています。
お客様に喜んでいただきたいと考えて、大手メーカーがやらないことに挑戦したからこその成功でした。どんな苦境にあってもお客様を喜ばせることを基本に発想すれば、必ず活路を見出せるはずです。
「三喜経営」の考え方は、私の両親の教えが元になっています。山梨県でぶどう農園とワイン醸造を営んでいた父は、近所の農家に栽培指導を行なう地域の世話役のような存在でした。教師をしていた母はとても優しい人で、退職後もかつての教え子が何人も訪れて、わが家はいつも私塾のように賑わっていました。
ところが、戦後、父が事業拡大に失敗し、大きな借金を抱えることになります。そんなときに助けてくれたのは、両親の友人や近所の人たちでした。
いつも人のために尽くしてきた両親だったからこそ、苦しいときに救いの手を差し伸べてもらえたのだと思います。こうした両親の姿から、利他の心で誰かのためになることをしていれば、回り回って自分に返ってくると学んだのです。
創業から10年後の1964年、アイスクリーム工場を立ち上げ、いよいよ会社としての理念を掲げようとしたときに、両親から学んだ考え方を根本に据えて「三喜経営」としました。以来、何か判断を行なうときは必ず、この考え方をものさしとするようにしています。
たとえば、こんなこともありました。私は戦中派の古い人間ですから、かつて、会社は上場して一人前だと考えて、その準備を進めていました。ところが、まさに上場する日の前夜、「本当にそれでいいのだろうか」という思いがよぎりました。
上場すると、お客様よりも株主が第一。「三喜経営」に照らし合わせれば、それではダメだと思い直し、上場を取りやめることにしたのです。今でもこの判断は正しかったと思っています。
やはり株主の顔色をうかがっていては、なかなか思い切った挑戦ができなかったでしょう。投資価値を追求する「物言う株主」がいないからこそ、お客様のことを一番に考えた商品が出せるのです。
弊社の商品は、テレビCMや新聞広告を一切していません。宣伝に費用をかけるよりも、その分、お客様に喜んでもらえるよう、商品を安くしたりサービスを向上させるなどで還元したい。その結果、口コミでお客様の輪が広がっていくことが理想だと考えています。
このように言うと商品の安さばかり追求しているように思われるかもしれませんが、決してそうではありません。大事なのは、安さの前においしさです。弊社の商品づくりの基本は、「安いのにおいしい」ではなく「おいしくて安い」。創業以来、おいしさにはこだわり続けています。
それを象徴しているのが、独自の生産流通モデル「ファームファクトリー」。原材料を契約農家から直接仕入れ、国内の自社工場で製造し、全国のお店へダイレクトに配送する、問屋を通さないシステムです。
これによって、もちろん中間マージンを省けるというコスト上のメリットもありますが、それ以上に良質の新鮮な素材で商品をつくり、おいしい状態でより早くお客様にお届けすることが実現できています。
契約農家に対しては、先方の利益を見込んだ固定価格で購入していますので、季節や相場によらず安定した収入が得られると、こちらにも喜ばれています。お客様も喜び、農家も喜び、われわれも誇りを持ってお菓子づくりができる。まさに「三喜経営」に適った仕組みなのです。
また、素材の味を活かすためには水にもこだわりたいと思い、山梨県北西部の白州に工場をつくりました。たとえばあんこをつくる際は、小豆を洗う段階から白州の名水を使っています。乾いた小豆はよく水を吸うため、最初からいい水を使うことで味に大きく差が出てきます。
卵についても、白州の広大な土地で放し飼いにした鶏に産ませたものをお菓子づくりに用いたいと考えています。もちろんコストは上がりますが、それに見合う以上においしいものができるはずです。
このように他社がやっていないことに挑戦してお客様に喜んでいただくことは、われわれの使命であるといえます。無添加や糖質カット、アレルギーフリーの商品づくりを行なっているのも、まさにその使命からです。
他社にもこうした商品はありますが、高価な割に大抵味はいまひとつ。確かに、添加物を使わないと風味が落ちやすく日持ちもしにくいですし、糖質やアレルギーを誘発する卵、牛乳、小麦粉を使わずにおいしくするには、とてつもない開発の手間とコストがかかります。
特にアレルギー対応の商品をつくる際は誘発物質がわずかでも混入してはならないので、工場内を徹底的に清掃して、他のラインもすべて止める必要があり、手間とコストが余計にかかります。
それでも、「アレルギーを持つ子供にもみんなと一緒にケーキをおいしく食べてもらいたい」という社員からの提案でプロジェクトとして取り組み始め、挑戦し続けています。
おかげさまで、「シャトレーゼのものはおいしくて安い」と好評をいただいています。何より嬉しいのは、アレルギーを持つ子供のお母さんから、思わず涙が出るようなお礼のお手紙が届くことです。こうした喜びの輪を広げることが、事業の成長にもつながると考えています。
弊社は1970年代からフランチャイズ方式(以下、FC)を採用しており、現在国内740店、海外に160店ほどになっています。
FCの輪がここまで広がってきた要因としては、第一に「三喜経営」の理念に共感していただいているからでしょう。あと、よく驚かれるのですが、弊社がロイヤリティを一切いただいていないこともあるのかもしれません。
弊社ではFC店のオーナーや店長はみんな「仲間」だと考えています。本部がお菓子をつくり、FC店がそれを売るという「支え合い」で成り立っているのです。
FC店のオーナーや店長には、オペレーションはもちろんのこと、弊社の理念もしっかりと共有し、実践してもらいます。失敗するFC店は、自己中心的な考え方で運営されているケースがよく見受けられます。
たとえば、商品が残ると損をするからと、理由をつけて返品をして、3時頃に売り切れてしまうお店がありました。
それは一見うまくやっているようでも、実際はそうではありません。販売機会の損失が大きいうえに、お客様に残念な思いをさせてファンを減らしています。そうした前例をお伝えしながら、共存共栄の考え方を理解してもらいます。
また、ここ数年はコロナの影響でできていませんが、全国のFCオーナーが一堂に会する大会を年1回催しています。これは、われわれが通信簿をもらうようなものだと思っています。なぜなら皆さんの顔を見ると、お店の経営状況がはっきりとわかるからです。ニコニコしている人は経営が順調、私から目を逸らす人はうまくいっていない。
でも、そんな人もうまくいっているお店での「三喜経営」の取り組みを聞くうちに、また前向きな表情を浮かべるようになってくるので、わざわざ足を運んでいただくだけの価値は十分にあると感じています。今年(2023年)あたりからまた再開したいですね。
最後に、「社員に喜ばれる経営」については、第一に社員たちの頑張りをしっかり評価し、それに報いることが大切なのはいうまでもないでしょう。弊社では冒頭で述べた給与アップ以外にも、業績目標が達成できた年には決算前に利益の1割を決算賞与として社員に配分することにしています。
また弊社では、各商品ブランドや事業の責任者を"社長"として経営にあたってもらう「プレジデント制」という制度を設けており、事業計画を達成したプレジデントには報奨金が支給されます。今では90近くあるすべてのラインにプレジデントを置いており、間接部門も含めると200名強になります。
私がプレジデントたちにいつも言っているのは、どんなときでも「三喜経営」の考え方にもとづいて経営判断をすること。もう1つは、事業を「自分の家業」だと思ってやることです。
やはり家業だと思えば、お金の使い方も変わってきます。たとえば会社では電気をつけっぱなしにしていても、家だと「もったいない」と思って節約するでしょう。この「もったいない」という気持ちが非常に大事で、まさに経営の原点であると思います。
この制度の大きな利点は、プレジデントと私の距離が近くなることです。通常であれば、社長の下に役員、その下に工場長がいて、そしてライン長につながります。しかし、これでは現場からの報告が上がってくるまで時間を要し、対応が遅れます。
何でもそうでしょうが、やってみて悪いところがあればすぐにやめ、いいところはどんどん伸ばす。そのためにはスピード感が大切です。現場の声が直接私に届くようになったことで、スピーディーに物事が進むようになりました。
現在、プレジデントは30代~40代が中心ですが、これからはやる気のある人や若手社員の起用を推し進め、責任者として活躍できる場をどんどん提供していきたいと考えています。
そうすれば若い頃から経営感覚を身につけた人材が育ちますし、他の社員の刺激にもなります。若手社員にプレジデントを任せて大丈夫かと不安に思う声もあるかもしれませんが、挑戦の結果、うまくいかなかったとしても、その経験を糧として勉強し直し、次のチャンスに臨めばいいのです。
それこそ私が経営者となったのは、20歳のときでしたから。学歴や年齢に関係なく、やる気のある人に実践経験を積ませ、将来の経営者に育てていこうと考えています。
シャトレーゼはこれからも新たな事業展開に挑戦し続けていきます。お客様にゆっくりと買い物を楽しんでいただきたいとの考えから、これまでは郊外型の店舗が中心でしたが、2019年秋に都市型の新たな業態「YATSUDOKI」(ヤツドキ)を始めました。シャトレーゼのお菓子を手に取る機会のなかった地域の方々にも喜びをお届けしていきます。
さらには、本業を通じて地域社会や地球環境のためになることにも、よりいっそう貢献していきたい。おいしいものをリーズナブルに提供するだけでなく、皆様に「シャトレーゼは世の中のためにこんなこともやっているんだ」と共感し、喜んでもらえる取り組みを広げていきたいと思っています。
【齊藤寛(さいとう・ひろし)】
株式会社シャトレーゼホールディングス代表取締役会長。1934年、山梨県生まれ。’54年、20歳のときに焼き菓子店「甘太郎」を創業。5年後、有限会社甘太郎を設立し、代表取締役に就任。’64年にアイスクリーム業界に参入。’67年、10円シュークリームを発売、同年、株式会社シャトレーゼに社名変更。2008年、代表取締役会長に就任。’10年、シャトレーゼをはじめ、ワイナリー事業、リゾート事業、ゴルフ事業などを統括して株式会社シャトレーゼホールディングスに商号変更し、代表取締役社長に就任、新設分割会社株式会社シャトレーゼを設立。’18年から代表取締役会長。株式会社シャトレーゼの代表取締役会長も兼任。
株式会社シャトレーゼホールディングス本社:山梨県甲府市/創業:1954年/事業内容:菓子、ワイナリー、ホテル、ゴルフなどの各事業を中心とした企業グループの企画・管理
更新:12月22日 00:05