自由と民主主義の国が戦争に弱くないと考える根拠は、まず、その豊かさ、豊かさの原因であり、結果でもある技術力である。これは高性能の武器で戦うことを可能にする。
民主主義が豊かさをもたらすのは、ソ連崩壊後の東欧、旧ソ連圏諸国の様々な国の経済成長の違いを見れば明らかだが、全世界的に見ても明らかである。
政治体制と豊かさとの関係を初めて実証的データを用いて指摘したのは、スタンフォード大学の故セイモア・リプセット教授だが (Lipset, S. M, "Some Social Requisites of Democracy. Economic Development and Political Legitimacy.?" American Political Science Review, Vol.53,No1,1969)、リプセットは逆に、豊かな国が民主化すると理解していた。
弘前大学の安中進助教は、これを現代のデータで確認している。縦軸に1人当たりのGDPや、横軸に民主主義の指標を取ると、右上がりの傾向線がひける。
民主主義の度合いが低い国の中にも豊かな国があるが、その多くは産油国である(「安中進「政治体制は豊かさや健康にどのような影響を及ぼすか?」『経済セミナー』2022年10-11月号」)。
私は、民主主義が豊かさを生むと解釈したいが、もちろん因果関係は逆かもしれない。しかし、民主主義国には豊かな国が多いという事実は変わらない。これは優秀な武器で戦争に対処できる、ということである。
アテネとスパルタの戦であるぺロポネソス戦争(紀元前431-404年)でのアテネの指導者ペリクレスも、
「戦の入目[軍資金]は余剰の蓄積によって充当されるもの。......かれら[スパルタ]にとって最大の障害は、軍資金の不足」。我らには富があり、貧しいスパルタには負けないと、民衆を鼓舞している(トゥーキュディデース、久保正彰訳『戦史』上巻186-187頁、岩波文庫、1966年)。
実際に、前述のレイター教授とスタム教授は、1816年から1982年までの戦争の事例を用いて、民主主義の度合いが高い国の方が戦争に勝ちやすいことを示している(民主主義の度合いは、「Polity VのPolity2」スコアを利用して判断している(Reiter, D., and Stam, A,“Democracy, War Initiation, and Victory," American Political Science Review, Vol92, No2, 1988)。
(本稿の以下の記述は、安中進「計量分析の知見から読み解くウクライナ侵攻」(仮)『公共選択』79号〈2023年近刊予定〉に触発されたものである。記述の多くを安中氏の論文に拠っている)。
表7-1は、レイターとスタムの論文から、民主主義国と戦争の勝ち負けの関係を引用したものである。この表から、民主主義国家が戦争に勝利する傾向が分かる。一般に、戦争を開始する側の方が自信をもって攻撃するため、勝ちやすい傾向は、政治体制の差異を問わず見られる。
特に民主主義国家が開始した戦争は、全15回のうち14回が民主主義国が勝利しており、民主主義国が攻められた場合も、全19回のうち12回が民主主義国が勝利しており、いずれにせよ、それ以外の中間的な政治体制や専制的な体制と比較して、民主主義国が戦争に勝つという傾向は明らかである。
なお、レイターとスタムが用いた民主主義の指標「Polity VのPolity2」 の最新版は2018年であるが、ロシアとウクライナは同じレベルで、この指標では独裁と民主主義の戦いとは言えない。
しかし、『エコノミスト』誌傘下のエコノミスト・インテリジェンス・ユニットの最新(2020年)の民主主義指数では、ウクライナ86位、ロシア124位である(この指数については、第4登見出し「東欧の成功」参照)。
ウクライナは民主主義と独度の混合政治体制、ロシアは独裁政治体制となる。この指標から判断すれば、ウクライナ戦争を民主主義と権威主義の対立であると考えることができる。
表の結果は、民主主義国のもつあらゆる特徴を踏まえて、民主主義国は戦争に強いということを示したものだが、政治学のアカデミックな研究では、豊かさという要因を除いて議論することが通常となっている。
なぜなら、豊かな国が強いという要因を取り除いてみないと、本当に民主主義という政体が戦争に強いのか、分からないからである。
レイターとスタムの論文でも、豊かさという要因を除いて民主主義の強さを示している。私としては、豊かさの要因を捨象しても民主主義が戦争に強いのであれば、なおさら民主主義が戦争に強いことになるので、安心できる。
ただし、レイターとスタムでは直接の豊かさではなく、豊かさを背景にした軍事力の要因を除外している。なお表7ー1の結果は、豊かさの要因を捨象していないものである。
更新:10月30日 00:05