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インド太平洋と台湾――許されざる戦略の空白

2022年10月25日 公開

墓田桂(成蹊大学教授)

 

日本が台湾問題において果たすべき役割とは

外交的な制約があるなかで台湾を最大限に重んじた安倍の存在は、台湾にとっては心強かったに違いない。安倍の遺産であるインド太平洋戦略に大きく裨益しているのも台湾である。台湾が自由で開かれた国際秩序の試金石だとするならば、安倍の営為の延長線上で考えるのが有益だろう。

2010年代、「安倍ドクトリン」とも言える対外政策が定着した。それは積極的平和主義の旗幟の下、日米同盟を基軸としつつも、より能動的に日本の防衛に取り組み、利益を共にする国々との連携や協力を図る一連の施策を意味する。

平和安全法制や国際的な防衛協力を含め、さまざまな政策が実現している。こうした政策のすべてがインド太平洋を掲げたものではないが、中国の台頭を意識していたとすれば、安倍ドクトリンはインド太平洋戦略に通ずるものだったと言えよう。

もっとも、日本政府は「インド太平洋」と題した戦略文書を策定したわけでもなければ、事実上の戦略のなかで台湾との連携を明示してきたわけでもない。ただ、親台的な安倍政権下で日台関係の発展の機運が高まったのは事実である。日台の交流は、政府間以外のチャンネルを通じて確実に進んできた。

素地は整っているように思われる。今後、日本が果たすべき役割は、日台の良好な関係を維持し、第三国も交えてこの関係を多国間で発展させることに尽きるだろう。

先述のシンクタンクが主催したフォーラムでの安倍の言葉を借りれば、「台湾の国際的地位を一歩一歩向上させる手伝い」をすることである。

これは日本にとっても利益に富む。ロシア、中国、北朝鮮、韓国という敵対的または非友好的な国に囲まれる日本にとって、近隣の友好国が確実な国際的地位を得ることは頼もしい。

アメリカからは冒頭のペロシ下院議長をはじめ議員の訪問が相次いでいる。中国が武力での挑発を常態化させている一方で、アメリカは人的交流を常態化させた格好である。7月から8月にかけて日本からは石破茂議員、次いで古屋圭司議員からなる議員団が訪台を果たしたが、日本もこうした訪問を常態化させるのが良い。

かねてより日本版の「台湾関係法」の制定が一部で議論されてきた。日台関係を国内法で裏付けることには実務的かつ象徴的な意味がある。まずは双方向のパブリック・ディプロマシーを通じて、機運を盛り上げていく必要があるだろう。

国際場裡で周縁化された台湾の地位向上も急務である。台湾の良き代弁者として、この問題で日本が果たせる役割は大きい。国連で中国が影響力を増すなかで、国際的に信用の高い日本だからこそ、国連機関への台湾の参加を効果的に後押しできる。

「台湾海峡の平和と安定」はすでに日米首脳会談やG7の声明でも謳われているが、今後のクアッド首脳会議の声明でも言及すべきだろう。クアッド諸国のプロジェクトやクアッドが主導する枠組みに台湾が参加することも有効である。

先端技術を有する台湾企業の参加は競争力を与えるだろうし、経済安全保障の観点からも台湾の参加は望ましい。半導体に関する米日韓台の「チップ4」構想はその一例と言える。台湾の重要性を考えれば、日米豪印のクアッド、あるいは日米や日米豪の枠組みで台湾への関与を模索する段階にあると思われる。

 

「台湾有事は日本の有事」という現実

台湾海峡の状況は世界平和に直結する。8月末、アメリカの第七艦隊が台湾海峡の公海を通過したのもその観点からにほかならない。

「ルーティーン」と位置付ける航行を公表した際、第七艦隊はこれが「自由で開かれたインド太平洋に対するアメリカのコミットメントを証明する」ものであるとした。クアッドの声明で言及されることがないとしても、台湾の安全は名実ともにアメリカのインド太平洋戦略に組み込まれている。

インド太平洋地域の戦略的中心に位置する台湾だが、腫れものに触るように扱われてきた。非公式のインド太平洋戦略が台湾をめぐって進んでいるとしても、曖昧で不十分なままである。

その一方で、中国からの高まる威圧によって、台湾を取り巻く安全保障環境は未知の次元にある。日本を含めたインド太平洋の基軸国の対応もそれに応じて変化させなければならない。インド太平洋戦略がルールに基づく国際秩序を唱えるのであれば、台湾はまさにその中心的課題となるはずだ。

台湾をめぐる緊張が地域的な戦争に結び付くのは誰の利益にもならない。だが、綺麗ごとで平和は得られない。台湾有事は日本の有事であるという現実を直視しつつ、台湾の置かれた状況をみずからのものとして考えることこそが、日本にとっての課題と言えよう。

 

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