Voice » 社会・教育 » がんの転移が止まる? 研究が進む「ウイルスとの不思議な関係」

がんの転移が止まる? 研究が進む「ウイルスとの不思議な関係」

2021年10月25日 公開
2023年05月24日 更新

仲野徹(大阪大学大学院医学系研究科教授)、 宮沢孝幸(京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)

 

ウイルス学だからこそ「妄想」が許容される?

【仲野】今日、あらためて聞いても、宮沢先生の仮説はどれも斬新で面白い。本当かどうかはおいておくとして。いまとくに興味をもっている分野はありますか。

【宮沢】筋肉の謎ですね。たとえば、ゴリラやチンパンジーはやたらムキムキじゃないですか。でも、筋トレをしているわけではないんですよね。じゃあ、筋肉の量をいったいどうやって増やしているんやろと思い、生物進化の研究者に聞いたところ、「じつはね宮沢さん、人間が筋肉を減らしたんですよ」という。すなわち、二足歩行するときには筋肉は邪魔なんですよ。

【仲野】なるほど。とくに上半身の筋肉は、人間にとってはそれほどいらんよね。

【宮沢】そうなんですよ。それからいろいろと調べました。筋肉の量を制御するミオスタチンという遺伝子がありますよね。

【仲野】有名な遺伝子やね。動物実験でミオスタチンの遺伝子を破壊すると、身体がムキムキになります。マウスでも、同じ生物なのかと驚愕するほど筋肉の量が何倍にもなる。

【宮沢】京都大学農学研究科の木下政人准教授は、鯛のミオスタチンをノックアウトしてムキムキの鯛をつくり、「肉厚マダイ」と名付けました。彼曰く、味も天然ものに引けをとらないそうですよ。とはいえ当然よい話だけではなく、人間にも遺伝病によってミオスタチンが発現しない「ミオスタチン関連筋肉肥大」という疾患もあります。

【仲野】筋肉量を制御するタンパク質であるミオスタチンとウイルスに、なんの関係が?

【宮沢】ゴリラやチンパンジーとヒトの遺伝子配列を調べると、ほとんど変わりはありません。おそらく人間のミオスタチンの制御配列に、何かしらの(レトロ)トランスポゾン、あるいは内在性レトロウイルスが入ったことにより、ミオスタチンの発現量が増加したんじゃないかなというのが僕の考えです。レトロトランスポゾンとレトロウイルスはよく似ていますので、僕にとっては興味深いテーマです。

【仲野】とても羨ましいのは、ウイルス学とはそうした仮説が生き残っている世界だということやね。ほかの分野だと、ある種の「妄想」に近い仮説は異端児扱いされたり煙たがられたりしてしまう(苦笑)。とくにがんやゲノムの分野だと、新しい仮説は非常に出にくくなっているのが実情でしょう。

その点、ウイルスは種類も非常に多く、解明されていないこともまだまだ多いから、研究テーマが非常に多く、ユニークな研究から新しい仮説が出てくる可能性があるね。ただ、宮沢先生が立てられるようなオリジナリティーありすぎる説が受け入れられるのやろうかというと……。

【宮沢】僕も異端で煙たがられていますよ(笑)。でも、ウイルス学ではまだわからないことが山ほどありますからね。なんせ、ウイルスは感染するときに宿主細胞のなかでバラバラになってしまいます。でも、細胞のなかで遺伝物質(DNA、RNA)からタンパク質が合成され、やがてウイルス粒子が再形成されます。

当たり前のようですが、入るときにはウイルス粒子がバラバラになるのに、なんで細胞の中で粒子が再形成されるのか、めちゃくちゃ不思議です(笑)。その謎を解き明かすヒントは相分離(そうぶんり・単一の相である均一混合物から、二つの相が生成されること)じゃないか、とは見当を付けていますが。

 

Voice 購入

2024年12月

Voice 2024年12月

発売日:2024年11月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

“DNAの9%”はウイルス由来…大昔に感染したウイルスが、いまや「全人類の体の一部」だった

宮沢孝幸(京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)

新型コロナウイルスよりも怖いウイルスが来る!? これから「予測ウイルス学」が重要になる理由

宮沢孝幸(京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)