2021年08月18日 公開
さて、「U」には「竜」と呼ばれる存在がいます。乱暴者の竜は「U」の世界で忌み嫌われており、正義を自称する「ジャスティス」という集団に追われています。そのさなかに竜がベルのコンサートに乱入したことで、二人は出会います。
竜の頭に生えた二本の角が「U」のように見えるのは意図的なものでしょう【図5】。また、そうなってくると「U」と「竜」の音の重なりもたんなる偶然とは思えません。
【図5】「『竜とそばかすの姫』予告」(YouTube、『スタジオ地図/STUDIOCHIZU』、https://www.youtube.com/watch?v=IYo8jI9Nirg[最終閲覧日:2021年7月20日])
竜の正体は、父親のDVから幼い弟を守ろうとする14歳の少年けい(CV:佐藤健)です。竜のマントには無数の痣が浮かび上がっていますが、これはけいが受けた心の傷を反映したものとされています。
劇中でベルと竜が急速に親密さを増していく過程については違和感をもっている観客も多くいるようですが、母親の死によって心に空虚を抱えるすずと、父親の家庭内暴力によって心に傷を負っているけいが惹かれ合うのは設定上の必然です。ベルの顔に刻まれたそばかすの文様と竜の角という、いずれも「U」の形状を連想させる細部を通じて二人の近しさが表現されているのです。
劇中には、ベルが竜のために歌を贈り、一緒に踊る感動的なシーンがあります。このとき、竜を抱きしめるベルの腕の格好がちょうど「U」のようになっています。暴力性を象徴する「U」字型の角をもった竜を、「U」字をつくるようにしてベルの愛情が包み込んでいるさまが感動的なのです。
しかし、これはまだ完成形ではありません。映画は、「U」の空いた上方部分を埋めるためにさらなるクライマックスを用意します。
映画の終盤、竜は住処にしている城の場所を暴かれ、ジャスティスたちの襲撃を受けます。竜の窮地を救うために、すずは彼のオリジンを見つけ出し、コンタクトをとることを試みます。
その過程で、竜のオリジンであるけいが、父親からの虐待を受けつつある弟のともを守ろうとする現場をライブ配信の画面越しに目撃します。すずはたまらず通話ボタンを押して自らがベルであることを告げますが、信じてもらうことができずに拒絶されてしまいます。
けいの信頼を得て再びコンタクトをとるために、彼女は「U」の世界で素顔を晒して歌うことを決心します。
この流れに関しては、あくまでストーリーのレベルで考えるのであれば、わざわざ顔を晒さなくとも二人にしかわからないことを告げるだけで十分という気はしますが(このあたりの飛躍が脚本の粗だと思います)、映画的にはすずが「U」のなかで素顔を晒す展開が必要なのです。
というのは、現実と「U」が隔絶しているのではなく、相互補完的に存在していることを象徴的に示す必要があったからです。これがラストの大団円へとつながっていきます。
素顔で歌を歌い、再びけいと接触できたすずは、周囲の人びとのサポートを受けながらいくつかの困難を乗り越え、実際にけいのいる場所を突き止めて一人で東京へと向かいます(子どもに暴力をふるう父親のいるところに女子高生を一人で送り出すことのありえなさも散々指摘されていますが、だからこそ、自らの危険を顧みずに中州に取り残された少女を助けようとした母親の行為と重なるのです)。
多摩川駅に降り立ったすずは、ふらふらと家の外に出てきたともにたまたま遭遇し、弟を追いかけてきたけいとも無事に出会うことができます。さらにその二人を追って出てきた父親の前に立ちはだかり、頬に引っかき傷をつくられつつも、強い眼差しで父親を見据えます。
それに恐れをなしたのか、父親は振り上げた拳を下ろすことができず、すごすごと退散していくのです。
ここですずの頬に傷がつくのはきわめて象徴的です。「U」の世界における「アンベイル」(アバターを取り去り素顔を晒すこと)と対をなすシーンであり、すずは傷つけられれば血の出る生身の少女であることが強調されているからです(傷が目の下につけられるのもポイントですね)。すずはともとけいを抱きしめます。抱きしめ合う三人の腕は「O」を形づくります。
彼らがいるのはコンクリート舗装された坂道の途中なのですが、足元を埋め尽くす滑り止めの「O」の刻印は、そんな彼らを祝福しているかのようです。こうして、「U」の上辺は閉じられ、サークル状の「O」のイメージへと転化するのです。
インターネット上の「U」の世界は決して完全なものではありません。それは現実世界があってはじめて完成するものでした。「U」で出会ったベルと竜は、現実世界ですずとけいとして出会い直すことによって、はじめてその欠損を埋め合わせることができたのです。
〈文中、敬称略〉
【注釈】
(*1)細田守『竜とそばかすの姫』(角川文庫、2021年)4頁。
(*2)同前書、21頁。
(*3)同前書、7頁。
(*4)すずの目元の陰影に着目している論考にyatte「細田守『竜とそばかすの姫』(の、寓喩と演出についてのメモ)」(note、https://note.com/yatte964/n/n8c2c41db4288[最終閲覧日2021年、7月20日])があります。この論考ではマグカップや飼い犬の前足の欠損、カラオケボックスでU字型に差し出されるマイクといった細部にも注意を促しています。「リアリティや蓋然性の側からのみ評価されがち」な細田作品に対して、「『中心』と『周縁』の緊張関係をめぐる寓話」という観点からアプローチを試みる筆者の姿勢には大いに共感するところがあり、この記事を執筆する際にも少なからぬ示唆を受けました。
(*5)同前書、21頁
更新:11月22日 00:05