Voice » 社会・教育 » 「『竜とそばかすの姫』は駄作ではない」と断言できる、巧みな“仕掛け”

「『竜とそばかすの姫』は駄作ではない」と断言できる、巧みな“仕掛け”

2021年08月18日 公開

伊藤弘了(映画研究者)

 

「U」をめぐる視覚的モチーフ

少し話が込み入ってきてしまいましたね。ここまでの議論を整理しておきましょう。結論から言えば、私は細田守の『竜とそばかすの姫』はぜひとも映画館で見ておくべき作品だと思っています。

その理由として「(1)現代を代表するアニメーション作家の新作だから」「(2)ミュージック・ビデオ的な美しい音楽と映像を堪能できるから」という2点を一応挙げはしましたが、何より私が重要視しているのは「(3)映画的で巧みな視覚的モチーフの連鎖が見られるから」という点です。

ここからは3番目に挙げた点について、ストーリーを追いながら確認していくことにしましょう。

『竜とそばかすの姫』では、登場人物たちが暮らす現実の世界と、「U」と呼ばれるインターネット上の仮想世界の出来事がパラレルに描かれていきます。

ヒロインのすず(CV:中村佳穂)は、幼いころに水難事故で母を亡くして以来、大好きだった歌を歌うことができなくなってしまった内気な女子高生です。その性格は、友人のヒロちゃん(CV:幾田りら)から「鈴は、月の裏側みたいだから誰も寄ってこなくて楽だね」(*2)と言われてしまうほどです。

現実世界では目立たないすずですが、「U」の世界では「ベル(Belle)」という名の歌姫として脚光を浴びており、数千万人のフォロワーを抱える有名人として活躍しています。

じつは、現実世界のすずを評す際に用いられた「月」のイメージは「U」の世界にもあらわれます。「U」の空間には三日月が浮かんでいるのです。この三日月について、原作小説では「下に弧を描く三日月は、まるで『U』の形を象っているようだ」(*3)と記述されており、実際に劇中でもそのように描かれています【図1】。

伊藤弘了、細田守監督 『竜とそばかすの姫』
【図1】「『竜とそばかすの姫』予告2【2021年7月16日(金)公開】」(YouTube、『スタジオ地図/STUDIOCHIZU』、https://www.youtube.com/watch?v=WJvZ2bS0W1M[最終閲覧日:2021年7月20日]

セリフのなかに登場する「月」のイメージには、具体的に三日月の形が与えられ、なおかつそれが「U」の文字の形象へと連なっていくのです【図2】。

伊藤弘了、細田守監督 『竜とそばかすの姫』
【図2】「『竜とそばかすの姫』特報」(YouTube、『スタジオ地図/STUDIOCHIZU』、https://www.youtube.com/watch?v=LUUwUWv5xkY[最終閲覧日:2021年7月20日])

「U」の形象をめぐる視覚的イメージの連鎖はこれだけにとどまりません。劇中ではさまざまなヴァリエーションが描かれています。

たとえば、すずが密かに恋心を抱いている幼馴染のしのぶ(CV:成田凌)はバスケットボール部に所属しています。バスケットボールのコートには「U」字形のラインがいくつも描かれていますよね。

また、劇中にはしのぶがすずの腕をつかんで呼び止めるシーンが何度か出てきますが、そのときの二人の腕が「U」を形づくっているようにも見えます。

あるいは、クラスメートたちが半ば強引にすずをカラオケ店へと連れ込み、歌うようにと促した際には、彼女をぐるりと取り囲むように差し出されたマイクが「U」を形づくっていました。すずはたまらず部屋を出るのですが、それが可能なのは彼女の背後にマイクがなかったからです――ちょうど「U」の文字の上方が空いているように。

次のページ
欠損としての「U」 >

Voice 購入

2024年12月

Voice 2024年12月

発売日:2024年11月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

『パラサイト』『ジョーカー』…アカデミー賞を席巻した名作の共通点とは

伊藤弘了(映画研究者)

全国的な京アニ支援を支えた「聖地巡礼」の文化

伊藤弘了(映画研究者)

フレディ・マーキュリーを「神話化」した?『ボヘミアン・ラプソディ』の劇的効果

伊藤弘了(映画研究者)