韓国はかつて植民地支配された国家のなかで、戦後に先進国になったトップランナーである。しかし韓国は、世界のなかで「先進国」としてふるまうか、「被害者国」としてふるまうか、いま大きく揺れている。
※本稿は、小倉紀蔵著『韓国の行動原理』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
「グリーバンス(grievance)」という言葉がある。「不満」「不平」「苦情」といった意味だが、これがいま、きわめて重要な概念である。なにに対する不平不満か――それは「近代」である。
近代という時代にヨーロッパとアメリカと日本がほぼ世界を独占してしまった。19世紀から20世紀前半にかけて、植民地支配、世界戦争、自然破壊、産業資本主義、科学技術などによって地球上の人間の生活を根本的に変えてしまった主役が、欧米と日本であった。
この「呪われた近代」に対抗する思想とパワーが、「対抗近代」とでも呼ぶべき形をとって、非西洋・非日本の地域で勢力を拡大している。韓国はかつて植民地支配された主要国家・地域のなかで、戦後に先進国になった国家の先頭を走っている。
ここまで発展するのに払った犠牲と努力は、すさまじいものであった。本来はそのことに大きな自信を持って、先進国の陣営の一員として責任を持ってふるまうべきなのである。国際法の秩序を守り、「合意は拘束する」「主権免除」の原則を尊重するのは、その基本中の基本であろう。
しかし、韓国は、先進国としての責任を担って歩んでいけばいいのか(つまり近代側の勢力になるのか)、それとも「グリーバンス国家」として先進国に対する不平不満を訴えるべきなのか(つまり対抗近代側に与するのか)、大きく揺れている。かつての帝国主義勢力と同じ陣営にはいりこむことを「被害者国」として潔しとしない。
特に文在寅政権は「グリーバンス(不平・不満)国家」の側面ばかり意識してきた。自分たちはいまや資本主義の最先端の国家であり、自然破壊もしているし、他国に対する経済的搾取もしている。
日本や欧米に文句がいえない立場になっている現実は見ようとせず、植民地支配されたことによる傷を訴える対抗近代の国家として、グローバルな「グリーバンス国家群」の代表になろうという野心を持っていた。
文在寅政権が「漢江(ハンガン)の奇跡」など自国の経済発展の歴史や、その過程で日本からの多大な協力を得たことを完全に無視しようとしたのは、そのためである。慰安婦問題を世界の女性の人権問題としてイシュー化しようとしているのも、そのためである。
対抗近代の「グリーバンス国家」としては「合意は拘束する」という国際法の大原則を守ること自体が、欧米および日本による帝国主義時代の支配や搾取を肯定することなのだから、過去の「悪法」や「悪条約」は積極的に否定することが、過去に被害を受けた国家群を代表する英雄的行為だと考える。
たとえば慰安婦問題はかつて反日ナショナリズムのイシューであったが、いまや戦時女性人権蹂躙問題として、グローバルな正義・人権運動ともなっている。韓国の左派は、あきらかに自国をグローバルな正義回復のヒーローにしようとしている。そしてそれはおそらく、ある程度成功するであろう。
一方、安倍政権および菅政権は、不平不満国家の韓国を切り捨てよう、突っぱねようというメッセージしか出さなかった。これでは接点がなくなるのは当然である。
更新:11月21日 00:05