Voice » ペンキで白黒柄に塗られた馬はもういない…20年で消えた中国の「B級感」
2021年05月26日 公開
2024年12月16日 更新
写真:稲垣徳文
この20年間、中国は何が変わり、何が残っているのか――。新刊『中国vs.世界』(PHP新書)が話題を呼んでいる安田峰俊氏と、学生時代には北京師範大学にも留学したタレント・ハリー杉山氏の特別対談。
【杉山】僕がロンドン大学東洋アフリカ研究学院から中国の北京師範大学に留学したのは2006年のことですが、その後、街の様子も大きく変わったとよく耳にします。安田さんはコロナ禍前には毎年、現地に足を運んでいたと伺いましたが、実際のところ、どうなのでしょう?
【安田】たとえば、私が交換留学で深圳に滞在していた2001年から02年当時は、街には物乞いばかりでした。また、道路はデコボコでところどころ割れていたので、雨が降ると必ずといっていいほど大洪水になりました。ハリーさんが留学していたころも、同じ感じだったでしょう。
【杉山】たしかに、道路は割れているのが当たり前でした(苦笑)。あと覚えているのは、暮らしていた街で、1週間に一度は交通事故が起きていたこと。「三環(サンホアン)」という日本でいうところの高速道路の下の道路には信号がほとんどなく、通行人は車が走っていても平然と道路を渡ろうとしていましたね。僕もいろいろな場所で暮らしてきましたが、中国ほど生と死の意味を深く感じた国はありません。
【安田】当時、通行人からすれば、車が走ってきてもそちらのほうを振り向いたら「負け」なんですよ(笑)。メンツの勝負みたいなところがあって、だから交通事故が頻繁に起きてしまう。でも、そんな中国もこの20年で劇的に変わりました。もちろん、貧富の格差はいまだに激しいものの、目を覆うほどに貧しい人は明らかに減った。貧しさのレベルが底上げされている、とでもいいましょうか。
実際のところ、「罰しないから本音を答えて」と真面目にアンケートをとったとしても、現代の中国であれば共産党を支持する人が過半数を超えるのではないでしょうか。なぜかといえば、物乞いも割れる道路も随分と減ったという肌感覚があるのですから。
【杉山】やはり、そうなのですね。
【安田】電車の切符だって、かつては一日がかりで列に並んでいたのが、現在はスマホで買える社会です。こうした面では日本よりも効率的な部分が多いことは認めなくてはいけません。
私たち日本人は、「この20年で社会が良くなりましたか?」と聞かれたら、多くの人は逡巡してしまうと思うんです。でも中国人は明確に暮らしがよくなったと感じている。私自身、変わりゆく中国を取材し続けてきて、ビックリした経験は一度や二度ではありません。
【杉山】かつての中国であれば、たとえば動物園では、シマウマがいないから馬をペンキで白黒柄に塗っていたわけじゃないですか。そんな光景はもうないわけですね。
【安田】ほぼないですね。もちろん、あの国はヨーロッパ並みに広いですから、山奥の村は昔のままかもしれない。でも、馬がペンキで塗られるような場所は、確実に少なくなっています。昔であれば北京の動物園でもやりかねませんでしたが、いまはよほどの地方都市に行ってもあるかないかでしょう。
【杉山】僕は幼いころ、父(ヘンリー・S・ストークス氏。元ニューヨーク・タイムズ東京支局長・アジア総支局長)から、幾度となく「中国や韓国には、エネルギーが爆発しそうなくらいの勢いや魅力がある」との話を聞いて育ちました。今日、安田さんの話を聞いて、その言葉が嘘ではなかったのだとあらためて実感しています。
【安田】ハリーさんのお父様は知日派の知識人として知られていましたが、かつて日本に対して感じた魅力を、中国にも見出したのではないでしょうか。
ストークスさんが来日した1960年代の日本は、劇的な変化の最中でした。いうなれば、「B級感」が急速な勢いでなくなっていった時代とも言えるでしょう。銀座のような街が東京都全体に点在するようになり、気付けば大阪や名古屋、福岡など全国に増えていった。その勢いある変化にこそ、ストークスさんは惹かれたと思うんです。ハリーさんが滞在されたゼロ年代ごろの中国は、往年の日本に近いものがありました。
【杉山】その意味では、一周まわって考えてみると、日本にとって中国という国は、たしかに多くの深刻な問題を抱えているのは事実ですが、どこかで寄り添い得る国でもあると思うんです。
【安田】少なくとも、日本の経験を彼らに伝えることはできるでしょう。ちなみに、中国ではいま、トイレも凄く綺麗になっているんですよ。
【杉山】本当に!?
【安田】いまでは、北京の胡同(伝統的な路地)の「公衆トイレでもおそろしく清潔です。私も中国のすべてを肯定する気は毛頭ないのですが、庶民レベルでもQOL(クオリティー・オブ・ライフ)が上がっている。中国の政治体制をどう評するかという問題とは別に、この事実は認識するべきです。
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更新:05月14日 00:05