2020年07月16日 公開
2022年07月08日 更新
また、このパンデミックの感染者数も死者数も、白人よりも黒人やラティーノに多い。パンデミックが引き起こした経済的困窮も、マイノリティにより重くのしかかっている。
そこに、先述の警察官による黒人殺人事件が引火した。いまや全米、否、全世界でデモや暴動が繰り返されている。マーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺された1968年以来のことであろう。
1968年も大統領選挙の年で、共和党の候補は「法と秩序の回復」を謳い、民主党の候補は精彩に欠ける副大統領であった。リチャード・ニクソンとヒューバート・ハンフリーである。
先述の人種差別主義者ウォーレスも、アメリカ独立党から立候補した。勝ったのはニクソンである。「法と秩序の回復」というスローガンは、今回もトランプ候補を利するかもしれないと、『エコノミスト』誌は指摘している。
しかし、当時のニクソンは現職の大統領ではなかった。トランプ大統領には「法と秩序の混乱」に対する責任がある。しかも、再選されたとしても、トランプ大統領にはヘンリー・キッシンジャー博士はおらず、いまの中国にも周恩来はいない。
さらに、トランプ大統領は治安回復に軍隊を投入しようとして、軍高官からの反発まで招いた。もし平和的なデモに軍隊が投入されていたら、「アメリカの天安門事件」になるところであった。
アメリカに香港問題を批判する資格はないと、「息ができない」と冗談を飛ばす中国政府関係者すらいた。米中両国では言論の自由、思想信条の自由の許容度がまったく異なる。しかも、黒人被害者の言葉を軽々しく用いるなど、人権感覚の欠如そのものである。
しかし、「ブラック・ライブズ・マター」を唱えるリベラルや黒人層にも、安全保障の美名の下で中国人(アジア人)への偏見が無意識に忍び込んでいるとすれば、それは別の意味のダブル・スタンダードとなろう。
時として、「不幸は人びとを結び付けるどころか、むしろ離反させる」(アントン・チェーホフ)。
このように、パンデミックを通じて、トランプ大統領はアメリカの抱える矛盾や困難をより鮮明にする政治的「拡大鏡」となった。しかも、彼が拡大して見せた矛盾や困難こそが、彼を台頭させた要因であった。
国際政治学者の田中明彦氏は、ウイルスと不況と人種差別という「三重の危機よりもさらに米国社会にとって脅威なのは合衆国大統領その人なのである」とまで記している(『読売新聞』6月14日)。
更新:11月22日 00:05