2020年02月27日 公開
2023年04月17日 更新
続いて、無理難題をいってみたらどうなるのだろうと思い、「コカコーラを持ってきて」と頼んでみた。コーラは有料だが、支払いはどうなるのだろう。
するとTモールジニーは、
「その依頼には答えることができませんが、バックオフィスに伝えておきます」
と回答。ダメらしい。「タバコ吸ってもいい?」と聞いても、同じ返事だった。会話が噛み合わない。
が、ここで思いもよらぬことが起きた。
ベッドサイドには電話機ではなくフロントと直通で会話ができるインターホンが設置されているのだが、このインターホンが突如ピロロロロと鳴り、スピーカーの向こうから一方的に、
「この部屋は禁煙です! タバコは吸わないでください!」
という生身の女性の声が聞こえてきたのだ。どういうことだろう。いままでの私の質問も、すべてスタッフに聞かれていたのだろうか?
これは確かめねばと思い、館内のスタッフに聞いてみた。すると、「音声を聞くようなことはしていません。ただし、Tモールジニーが解決できなかった質問については、自動的に文字起こしをしてバックオフィスのスタッフに伝わる仕組みになっています。挨拶や雑談などは記録していませんので、安心してください」とのことだった。
つまり、Tモールジニーに内蔵されたAIが"これは人間に伝えるべきだ"と判断した内容のみ、文字に起こされるらしい。おそらくキーワードなどで判別しているのだろうが、そのメカニズムについては見当もつかなかった。
さらにいうと、「雑談は記録していない」という話も真に受けていいのかわからない。私がTモールジニーに向かって一生懸命語りかけていた内容は、じつはスタッフに聞かれていて、笑いのネタにされていたのでは? という疑念も湧いた。
まあ、スタッフもそんなに暇ではないだろうが、たとえばチベット人やウイグル人が宿泊した場合、宿泊客がTモールジニーに向かって喋った内容を、政府当局に提出することなども技術的には可能なのだろう。
そんな想像をめぐらしていたら、アニメ声のTモールジニーが急に恐ろしいもののように思えてきた。凡庸なたとえだが、将来はまさに、ジョージ・オーウェル『一九八四年』の"ビッグ・ブラザー"に近い存在になり得るだろう。
チェックアウトの手続きは必要なく、利用時間を過ぎると部屋のカギが開かなくなる仕組みだという。室内に居座っていたらどうなるのかと思って試してみたら、チェックアウト時間を5分ほど過ぎたところでベッドサイドのインターホンが鳴り、
「チェックアウト時間です!」
と人間の声で退室を促された。なんかホッとする。
帰り際、廊下の少し奥まった部屋のドアが半開きになっていたので覗いたら、巨大スクリーンに防犯カメラ映像が100枚近く映し出され、その前に男性が座って画面を見つめていた。
ホテル内にはロビーや廊下などあちらこちらに防犯カメラが設置されているのだが、この場所はホテル全体の監視塔のような存在なのだろう。"見られる側"にいたときはあまり気にならなかったが、"見る側"の視点に立ってみると、見張っている感がすごい。
この空間では、自分の行動がいつも誰かに一方的に見られているのだ。いや、もちろん防犯のためには必要なことだとわかっているが。背中にひんやりとしたものを感じながら、「アリババホテル」を後にした。
更新:11月22日 00:05