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「新しい現実」と志あるリアリズム

2019年05月23日 公開
2019年05月23日 更新

金子将史(政策シンクタンクPHP総研代表・研究主幹)

過剰反応を避けるには

米中が抜き差しならないレベルまで融合していく「チャイメリカ」から、「大国間競争」へと米中関係の基調は切り替わった。アジア太平洋地域からインド洋、中東、中南米に至るまで、幅広い地域で影響力争いが生じ、時に軍事的な緊張も高まるだろう。

米中間の通商交渉で短期的に妥協が成立しようとも、両国の競合関係は、多岐にわたる領域で、長く続くことになりそうである。

しかし、対立の構造や外的脅威だけに目を奪われてしまうと本質を見失うことになりかねない。日本のような自由民主主義先進国にいま必要なことは、自らの実力を見つめ直すこと、そして何を守り、何をめざしていくかを明確にすることである。

自由主義的な規範が経済面でも、政治面でも世界大で広がっていくことが歴史の必然であるかのような幻想は捨て、新しいパワー構造のなかで、個人の自由や人権の尊重、自由な経済活動、力による現状変更の否定といった価値ができるだけ守られる国際秩序を構想することである。

国内の政治・経済・社会を再編成し、新しい国際/国内連関を創造することも必要だ。

まず、力による現状変更に対しては関係国が結束して明確なシグナルを送らなければならない。パワー・シフトにおいては誤認や不信のために紛争が生じやすく、先進国の政治の不安定さや内向き傾向が弱さと見られることは避けるべきだ。

加えて、選挙やメディアに対するフェイク情報の流布やハッキングなど、民主的体制の根幹を溶解させる動きには断固として対抗しなければならない。

他方で、民主化や自由化を他国に性急に求めることには慎重であるべきだろう。

要は、実力を超えて相手の体制に手を出すことはしないが、自由で開かれた社会の土台に手を出させることは許さないということである。両者の相互作用を通じて戦略的安定についての共通了解を創り出す必要がある。

これからも多くの分野で、体制の異同に関わりなくヒト・モノ・カネの国境を越えた移動は続くだろうし、相互に益する関係を築くことは可能だろう。

その点で、互いにほとんど接触なく東西が対峙していた冷戦時代とは異なる。TPP11は、共通のルールに従うならば、体制の違いがあっても質の高い自由貿易圏を築きうることを示している。理論的には、中国とのあいだであってもそうした関係をつくれない理由はない。

とはいえ、自らの優位性や社会を脅かす領域では、自由民主主義先進国も相互依存や開放性を管理する方向に向かわざるをえない。エマージング技術に関する投資や輸出、人材の流れはまさにその焦点である。

プライバシーや今後の経済競争力を左右するデータ流通のあり方についても、日本政府が提唱している「データ流通圏」のように、データ保護のルールや規範を共有する国々とそうでない国々とでデータの流れを調整する枠組みを考えていく必要もある。

それは、特定国を脅威として固定し、遮断するということではない。1つの価値やルールで世界中を覆い尽くそうとするのではなく、価値や利益を共有する度合いに応じて、国境を越えたヒト・モノ・カネの動きを制御するということである。

権威主義国家であっても、貿易など自由主義的規範を受容できる面があり、自由主義的国際秩序とまったく相いれないわけではない。

自由経済を奉じる国々が第一に警戒すべきは、過剰な防御反応によって、自らの活力をそぎ、たんなる既得権保護に陥ることである。

投資規制や輸出規制などもできるだけ限定することが望ましい。データ社会化やエマージング技術の分野では、中国の知財窃取や国家資本主義の不当性に非を鳴らすばかりでなく、自らのイノベーション能力を高めることに最優先で取り組むべきだ。

ビッグデータやAIを通じて政府や企業の監視能力が強まるなか、国民や消費者の対抗能力を担保するような技術的解決を図ることが欠かせない。

過剰反応を避ける上で有益なのは、自由主義的な秩序を溶解させる動きについて関係国が機微な内容も含めて状況認識を共有することである。

各国の政治的利害によって政策判断は変わるにしても、親和性の高い政治体制の国が同じ世界を見ていれば、落ち着いて結束した対応を取りやすくなるだろう。

逆に状況認識が違うなかで、対中包囲網を創ろうとしても徒労に終わる。英国が5G関連のファーウェイのリスクについて、米国が十分証拠を示していないと批判したように、率直なやりとりが不可欠だ。

価値と利害を共有する度合いに応じて、安全保障上の懸念活動から、サイバー空間の動向、先進国内での浸透活動、戦略分野での投資や技術移転、一帯一路を通じて戦略的要衝を押さえる動きに至るまで、多層的に状況認識を共有していくべきだろう。

 

求められる「志あるリアリズム」

これからの国際秩序は、米国と中国、あるいは自由民主主義先進国と権威主義的新興国とが固定的に対峙する「新しい冷戦」へと向かっていくほど単純でもないし、開放性が完全に逆流して、保護主義や排外主義が専ら支配する世界になるわけでもないだろう。

価値やルール、そして利害を共有する程度に応じて、ヒト・モノ・カネ・データの国境を越えた移動の自由度も変化する、そういう世界になるのではないか。

自由民主主義先進国は、今後とも開放性を基本とすべきだが、自由で開かれた社会の存続自体が危うくなっては元も子もない。開放性のコストにも目を向け、プラグマティックに再調整を加えていく必要がある。それは権威主義国家との関係にとどまらない。

とくに移民や労働者など国境を越えた人の移動は社会的、政治的反動を招きやすい。

経済的合理性のみで推進するのではなく、社会へのインパクトに十分配慮することが不可欠だ。開放性の負の側面と自由で開かれた社会の利点を活かすバランスを見出さなければならない。

自由主義的国際秩序を政治面、経済面、社会面で世界大で広げていく「攻勢」は現実の基盤を欠いていたし、これからは一層そうであろう。自らの基盤を能動的に固め直す「守勢」の構えこそが基本戦略であるべきだ。

そこでは、自由民主主義国家が、国家の役割や自由の意義を再定義し、イノベーションや国際競争でなお比較優位性を保ち、さまざまな矛盾や課題を克服する能力を示して、自らの体制や制度の有効性を示すことが何よりも肝心になる。

自由主義的国際秩序の「守勢」の戦略が功を奏するかどうかは、冷戦期に日米欧が形づくってきた相互協力の枠組みをインドなどの新興勢力を加えてバージョンアップできるかにかかっており、それはパワーの裏付けとなる米国の動向に相当程度左右される。

トランプ政権の自国第一主義は言うまでもなく、社会主義志向が強いともされるミレニアル世代が米国外交に何をもたらすのかは想像もつかない。

米国の振れ幅の大きさに辛抱強く付き合いながら、国際秩序の運営を米国任せにせず、米国の不確実性を吸収しうる枠組みづくりをめざしていくことが日本にとっての基本姿勢になる。

日本は、国際的条件と無関係に自由で機能する国であり続けることはできない。

「新しい現実」をズルズルと追認するのではなく、自らがどのような国であろうとするのかをあらためて考え直し、現実の制約のなかで実現可能な国際秩序のかたちや国内/国際連関のあり方を見出そうとする「志あるリアリズム」がいま求められているのである。

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