2018年10月22日 公開
2024年12月16日 更新
現在、世界のなかで「エンペラー」が日本の天皇だけである理由については「なぜいま、天皇だけが『エンペラー』なのか(倉山満)」のとおりである。しかし、そもそもなぜ、天皇は「エンペラー」だとされるようになったのだろうか。実はそこには、深い理由があった……。倉山氏の『明治天皇の世界史 六人の皇帝たちの十九世紀』(PHP新書)からその意味を探る。
エンペラー、皇帝、キング、王、そして天皇という称号の話をしておきましょう(小著『国際法で読み解く世界史の真実』PHP新書、2015年も併せてお読みください)。
天皇は英語で「Emperor(エンペラー)」とされます。日本の天皇はエンペラーなのか、皇帝なのかと問われれば、どう答えればよいのでしょうか。
迷います。迷うはずです。どちらも正解でもあり、不正解でもあるからです。なぜそうなるのでしょうか。
エンペラーを皇帝、キングを王と翻訳すれば、なんとなくわかったような気になるかもしれません。しかし、そこが翻訳の落とし穴でもあります。
言葉が意味することを理解するには、時代背景も欠かせません。
エンペラーという言葉はラテン語のインペラトルという「命令権を持つ者」という意味の言葉からきています。
インペラトルという言葉が登場するのは紀元前189年のローマ帝国にさかのぼります。ガイウス・ユリウス・カエサル(シーザー)がインペラトルという称号を贈られてから死ぬまでそれを使いつづけました。
そして、カエサルの養子で初代ローマ皇帝となったオクタビアヌスが皇帝の正式名称にインペラトルを冠しました。ちなみに、カエサルの名から皇帝を意味するカイザー(ドイツ語)、ツァーリ(ロシア語)などの言葉が生まれています。
ガイウス・ユリウス・カエサル
エンペラーとはエンパイアの長のことです。エンパイアの最も正確な訳語は「版図」、あるいは「勢力圏」です。エンパイアとは異民族を含む複数の民族、すなわち多民族から成る版図のことです。エンパイアの長であるエンペラーは多民族を前提にして成り立つ概念です。
エンペラーという言葉は、ローマ皇帝の称号となったときに「元老院首席議員」を意味するようになりました。つまり、エンペラーは選挙で選ばれることを前提とするのです。
そこには血統に対するこだわりはありません。後世、神聖ローマ帝国のエンペラーは選定侯によって選挙で選ばれました。選定侯とはエンペラーを選ぶ権利、すなわち、選挙権を持つ諸侯のことです。
ちなみに、選定侯はたった7人(聖職諸侯3人と世俗諸侯4人)でした。選挙権というのは特権中の特権だったのです。
7人の選定候と皇帝
最初は、エンペラーはローマ帝国にたった1人しか存在しませんでした。
エンペラーとは、つまり「選挙で選ばれる、1人の多民族の長」だということが前提になっている存在です。
それに対して、キングは単一(同一)ネイション(民族)による国民国家を前提とした概念です。
キング(King)は「kind」などと同じ語源「kin(血縁、血族)」からきていて、血のつながりがある同一ネイションの長、つまり単一ネイションの長を意味するからです。
厳密なことをいいだせばキングも選挙で選ばれることもありますが、キングはそれを前提としているわけではありません。また、キングはエンペラーと違って複数が存在し得ます。
ヨーロッパではエンペラーのほうがキングよりも格上であり、キングはエンペラーよりも格下であるという一定の理解があります。なぜそうなるのか。
キングは単一ネイションの長です。単一ネイションが複数集まってエンパイアが形成されます。その複数のネイションを束ねるのがエンペラーです。
エンパイアはエンペラーが束ねるので、キングがいてもいなくても成り立ちます。以上のようなことから、エンペラーはキングより格上だという理解につながるのでしょう。
更新:12月22日 00:05