石 板門店という南北の歴史を象徴する舞台で、主役の金正恩が登場して文在寅と握手するハイライトの場面に拍手喝采している。しかし問題は、両首脳が真剣に南北問題の解決を図ろうとせず、最初から演出ありきだったことです。南北合作の茶番劇に韓国のみならず、世界中がころっと騙されてしまった。
呉 韓国国民は、すっかり融和ムードに酔いしれていました。まるでシャーマニズム(巫者を仲立ちとして神霊などと心を通わせる原始宗教)に感応したかのように、理性を失ってしまった。しかし南北会談の目的は平和ムードの醸成にすぎず、北朝鮮の核問題について具体的な進展は見られません。
板門店宣言に盛り込まれた「朝鮮半島の完全な非核化」という言葉は、1992年2月の南北首相会談で発効した南北非核化共同宣言ですでに使われていたもので、決して新しいものではない。
金正恩は、世界に南北の平和ムードを示せば、アメリカは迂闊に北朝鮮を攻撃できないことを見越して、「戦争より核保有を認めるほうがましじゃないか」という国際世論の流れをつくろうとしています。文在寅大統領は積極的に金正恩の片棒を担ぎ、北の時間稼ぎに協力しているわけです。
石 金正恩は南北融和の演出によって、窮地を脱することができました。1年前の彼はどのような状況だったか。国連から経済制裁を受け、中国との関係は冷え込み、アメリカからは軍事攻撃の恐怖に晒されていた。
国際社会で完全に孤立していた状況を、平昌五輪というチャンスを利用して一機に逆転させました。融和ムードを演出し、最後には自らがヒーローになる。何のコストも払うことなく、難を逃れることができました。トランプ大統領も習近平も、金正恩の演出で動かされた役者にすぎない。
呉 金正恩が韓国民の心をつかんでいるのは、庶民的な言葉遣いが奏功している側面もあります。これはネイティブでないとわからない情緒で、たとえば文在寅大統領が南北会談時に「(北朝鮮の)白頭山まで電車で行きたいですね」と呼び掛けた際、金正恩は「道路の事情が悪いので、飛行機で来てください」と応えました。そう聞くと韓国人は、「金正恩は自国の弱みを内輪(同民族)には素直にさらけ出す、情のある謙虚な人物だ」と思うわけです。
石 一家の主に「うちは貧乏ですが、来てくれたお客さまには真心で歓迎します」といわれると、純粋な気持ちになって心が揺さぶられるのと似ていますね。
呉 そう。さらに、韓国国民の同情も得ることができます。また南北会談では、韓国のソウルから平壌を通って新義州市までを結ぶ南北交通網の整備についても話し合われました。
石 文在寅大統領は一見、平和事業を提案しているようで、じつは韓国の利益を無視して、金正恩に奉仕しているように見えます。大統領という立場を利用して金正恩を平和の天使に仕立て上げ、韓国国民のみならず、アメリカの大統領をも動かす。
南北会談直後、韓国の代表団がホワイトハウスに赴いて板門店会談の内容を説明したことで、トランプ大統領はその場で金正恩との直接対話を決めました。これで韓国や北朝鮮にしてみれば、アメリカの対北軍事攻撃を封じ込めることに成功したわけです。
それでもなお、文在寅大統領が金正恩にあそこまで歩み寄ったことは理解に苦しみます。私は毛沢東独裁体制下の中国で少年時代を過ごしたのでよくわかりますが、1人の指導者が頂点に立ち続けるために、2500万人の北朝鮮国民がどれほど苦しい生活を強いられていることか。国民全体が貧困と恐怖に怯えるなかで、独裁体制が成り立っているわけです。
それを知っているはずの韓国国民の心情が、敵である金正恩に揺らぐことがどうしても理解できない。韓国人は北朝鮮の国民のように悲惨な境遇になりたいのでしょうか。
呉 韓国人は、いまのところは民族的な興奮に浮かれているのだと思いますね。民族が力を合わせていく時代がやって来たと。金大中政権や盧武鉉政権の時代から、韓国の国民は「北朝鮮が同じ民族であるわれわれに核を使うことはない」と思うようになり、李明、朴槿惠の保守政権を挟んで再び左派政権の文在寅政権が生まれ、従北路線に拍車が掛かっている状況です。
(本記事は、6月9日発売の『Voice』2018年7月号、呉善花氏&石平氏の「『韓流ドラマ』に騙されたアメリカ」を一部抜粋、編集したものです)
更新:11月23日 00:05