2017年12月27日 公開
2017年12月27日 更新
武蔵小山駅から徒歩数分の細い路地の一画にある炉ばた焼「大関」。喫煙可のステッカーが貼ってある入り口のドアを開けると、話し好きの店主・田中耕治氏が迎えてくれた。
1972年に脱サラして始めた10坪(約33㎡)のお店を夫婦2人で切り盛りし、77歳になる。開業当時は町工場と職人の街として賑わっていた、という。カウンター席を中心に17席を構え、宴会用の2階席もあるが、いまはほとんど使っていない。宴会場に設置したカラオケセットも1階席にもってきた。客の大半は地元の年配客で、半数は喫煙者だという。嫌煙ブームのせいか、家庭ではたばこを吸うにも肩身が狭いようで、店主や常連客同士との会話を楽しみながら、肴をつまんで酒を飲むのを楽しんでいる。
都条例案が現行案のまま可決すれば、店内は全面禁煙にするしかない。大型テレビのカラオケセットが置かれた奥に細長い店内に、喫煙専用室を設置するスペースの余裕はもちろん、ない。
「不景気でお客さんが減って、ノンアルコールの人も増えているから、売り上げ的には全盛期の3分の1ですね。それでも常連さんが平均で2時間くらい長居してくれて、なかには開店から閉店までいてくれる人もいる。こういう小さな飲み屋は地域の年配者にとってなくてはならない店なんだと思って自分も頑張っている。でも全面禁煙になって喫煙者の常連さんが来なくなったり、店にいる時間が短くなったら、経営的には大打撃ですよ。減ったぶん、新しいお客さんを獲得するなんて無理だからね。いまのルールのままで何が問題なんでしょうか」(田中氏)
ただ、ひょっとしてカラオケセットを2階席に戻せば、小型の喫煙専用室を設置するスペースができるかもしれない。補助金がついて自己負担は2割程度で済む見込み、といわれている。
「1カ月前に空調機を入れ替えたばかりだし、製氷機もそろそろ替えないと。店を続けるかぎり、お金をかけるところはつねにあるんだよ。とても喫煙専用室までは手が回らない。それに狭い喫煙室なんてお客さんの居心地がよくないよね。せっかくのいい気分が台無しだよ」と田中氏は笑う。
大関では、店主とのやりとりもおいしい肴。会話できない喫煙専用室は似合わない。
訪ねたもう1軒は、自由が丘駅にほど近い広小路一番街という飲食店街にある「BAR Lismore」。店主の金井和宏氏が1999年に脱サラしてオープンした。広さは6坪(約20㎡)ほどで、店内にはバーを始めるきっかけとなったラグビースコットランド代表のユニフォームが飾られている。62歳の金井氏は約350店舗が加盟する自由が丘料理飲食業組合の組合長でもあり、東京都飲食業生活衛生同業組合副理事長でもある。
カウンター9席でいっぱいになるLismoreのお客さんは7割方が東急大井町線沿線に住む常連客で、そのうち6割が喫煙者だという。ここではマスターの金井氏を中心に、喫煙者と非喫煙者との共存を可能にする大人のマナーが出来上がっている。
「たばこが苦手なお客さんのなかにはドアを開けて店内を覗き、喫煙者が多いと『また来るね』といって帰っていく方もいますし、私のほうから『今日は喫煙者が多いですよ』と教えることもありますね。火をつけたまま置きたばこをする方に『吸うか消すかどちらかにしてください』と声を掛けたり、喫煙者と非喫煙者の席を離すこともあります。一度座った席でも、お客さんにお願いして移動してもらうこともありますし、喫煙者の方は換気設備に近い席に案内したりしています。トラブルを起こしそうなお客さんは私が判断して店に入れないんで、面倒なことになったこともありません」(金井氏)
金井氏のバーは従業員が彼1人で、面積も30㎡以下なので、今回の都条例の方針でも全面禁煙にはならない。だが、金井氏は組合長、副理事長の立場から都の方針には反対だという。
「お客さんは喫煙可、分煙、禁煙の表示を見て、それを理解したうえで入店しています。そして全面喫煙可能なお店でも、私のバーのように喫煙者と非喫煙者のコミュニケーションが成立して暗黙の分煙ルールができているんです。この現状のままで何の問題もありません。
それなのになぜ、行政が管理しないといけないのかがわかりません。30㎡以上の飲食店を原則禁煙にしたら、外に出て禁止されている路上喫煙が増えるに決まっています。飲み屋街の路上には必ずお客さんがたばこを吸いに殺到する場所ができているから、そこで店舗とのトラブルが発生すると思います。広小路一番街で20年以上お店を続けているママさんたちが経営するスナックも、喫煙専用室を設けるなど無理ですから、全面禁煙になったら廃業するところが出てくるでしょう」と金井氏。
小規模飲食店の店主は、業種や立場こそ違えど、「現状のルールのままで何の問題もない」と口を揃えて語った。これが実態なのである。
更新:11月23日 00:05