2025年10月15日 公開
大国が裁かれない構造的矛盾のなか、理想と現実のはざまで揺れる国際秩序は再構築できるのか。
★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。
※本稿は、『Voice』2025年9月号より抜粋・編集した内容をお届けします。
国際連合(国連)は、80年前の10月24日に創設された。前身の国際連盟には米国が加盟せず、日本を含むその他の大国も脱退もしくは追放され、第二次世界大戦の発生を止められなかった。第二次世界大戦中の1943年に米国のルーズベルト大統領が米、英、ソ3国テヘラン首脳会談において提唱した「四人の警察官」構想は、米、英、ソ連、中国の4大国が世界平和の維持に当たる国連と国連憲章の基礎になった。
その後、国連創設について話し合うダンバートン・オークス会議(1944年8月~10月)で新たに仏が常任理事国とされ、五人の警察官となった。彼らが常駐する安全保障理事会(安保理)には、憲章に違反する加盟国を制裁し、国際秩序を回復する特別の責任が付与されている。
また、国際連盟の反省から、自国の重大な国益に反する場合には拒否権を行使できることにより、常任理事国(Permanent Five※以下P5)が国連に留まるように工夫している。ダンバートン・オークス会議と1945年2月のヤルタ首脳会談を経て、同年4月から6月まで開かれたサンフランシスコ国連創設会議において、常任理事国制と拒否権の問題が合意を見るに至った。
拒否権に最もこだわったのはソ連のスターリンである。ヤルタ会談においては誰よりも頑なに拒否権の制限に反対した。結果として、国連憲章第27条3項但し書きのとおり、紛争の平和的な解決の場合には紛争当事国たる理事国(P5を含む)は安保理において投票を棄権することで妥協が成立した。これは、スターリンの譲歩によるものである。
その後、メキシコ、フィリピン、オランダなど7か国がサンフランシスコ会議において、紛争の強制的な解決の場合にも拒否権を制限する修正案を提出した。さらに、これに豪、ギリシャなどを加えた10か国が中小国間の紛争については、拒否権を廃止または制限するよう提案したことに、米英ソ中(四人の警察官)は強硬に反対している(瀬岡直『国際連合における拒否権の意義と限界』信山社、2012年)。
ソ連が妥協した憲章第27条3項但し書きの部分は実際には守られておらず、ウクライナ戦争に関しても、平和的解決や停戦を求める安保理決議案に対して紛争当事国のロシアは拒否権を行使している。およそ拒否権は、P5自身またはその同盟国や友好国の利益を守るために頻繁に行使されている。こうした拒否権が認められない場合、常任理事国が永久に国連に留まる保証はない。
最近の拒否権の例としては、①ウクライナ侵略戦争(ロシアの拒否権)、②ガザに対するイスラエルの過剰な自衛権行使(米国の拒否権)がある。これらの事態や自衛権の行使は国連憲章違反であるか、違反の可能性があるケースである。
さらに米国のイラン原子力施設攻撃に関する説明(集団的自衛権の行使)も牽強付会なものである。ただ、これらのP5の行動を国連はもとより、誰も罰することはできない。「何人(なんぴと)も自己の裁判官たりえない」との法格言に反し、P5は「自己の裁判官」となっている。しかし、ウクライナ以降は法を無視する「絶対君主」となっている。これが国連の理想主義(アイデアリズム)の限界である。
「力こそ正義」のトランプ流「大国政治」がまかり通る多極化世界では、国連憲章(法の支配)と国連(マルチラテラリズム)が機能せず、現実主義(リアリズム)が幅を利かせている。
常任理事国が当事者または利害関係者となる戦争や紛争においては、国連憲章や国際法は容易に破られる。ルールを守らない大国に服従を強制する上位の機関は存在せず、このままでは21世紀は「弱肉強食の世界」に後戻りしかねない。
この大国政治の世界では、軍事・経済・技術のハードパワーがものを言う。文化や価値観、ブランド力などのソフトパワー(非軍事的影響力)は副次的である。トランプ大統領の「力による平和」(Peace through Strength)の行動原理は、核抑止ならびに軍事と経済力に基づく勢力均衡であり、それをさらに有利に進めるための謀略・策略・情報操作を中心とする「認知戦」(Cognitive Warfare)である。
この「力の論理」とディール外交が、「法の支配」と多国間外交の論理を凌駕しているため、大国の権力争いにおいては、国際法と国連が関与する余地が狭まっている。誰が大国の横暴を止めるのか、現状では誰も止められない。
ロシアの横暴は米国も中国も止められないし、米国のイランに対する横暴も誰も止められなかった。イスラエルの過剰な自衛によるガザに対する暴力も誰も止められない。国連安保理は無力であり、国連で多数を形成するグローバル・サウスやミドルパワーも無力である。
しかし、何としても第三次世界大戦勃発や核の使用を許さないためには、大国間の武力衝突を避けなければならない。そのためには、猛獣たる常任理事国は「安保理の檻」の中にいてくれたほうが良い。また、唯一の戦争被爆国日本は、いまこそ核兵器を持つ国の指導者の自覚と理性に訴えるべく国際世論を喚起しなければならない。
残り89秒と過去最悪レベルにある世界の「終末時計」の緊張感を梃に、核及びその他の軍縮を求めて、37年間開かれていない「第4回国連軍縮特別総会」の開催も働きかけなければならない。これは、昨年9月の国連未来サミットで合意された「未来のための協約」(Pact for the Future)で提唱されていることである。
トランプ大統領の圧力でNATOや日本が軍事費を増やす努力をするなかで、軍縮や緊張緩和を実現することは容易ではない。しかし、国際社会はこの努力を怠ってはならない。
新しいデタントの実現のためには、東西の緊張が最高潮に達した1979年にNATOが決定を行ない、西ドイツのシュミット首相が1980年に勇気をもって米国のパーシングⅡミサイルの西ドイツ国内配備を決断した「NATOの二重決定」を想起すべきである。
当時ソ連の中距離核ミサイルSS―20に対抗してNATOも中距離核戦力を配備することにより、交渉による軍縮をめざす、戦略交渉(トラック1)とミサイル配備(トラック2)の二本柱の政策である。この英断が米ソの核戦力削減交渉を促し、1987年にINF(中距離核戦力)全廃条約締結に至り、その2年後に冷戦が崩壊した。
現状では核の軍拡が進んでいるが、米ロ間では、冷戦時代の相互確証破壊(MAD)に基づく戦略的抑止はまだ保たれているとみられる。核戦争は戦えず、戦争は通常兵器でしか戦えないとする「安定・不安定逆説」の言うとおり、通常兵器による戦争が増えている。大国の横暴にも拘わらず、通常兵器による戦争の発生を何とか防ぐことはできないか。日本を含むミドルパワーとグローバル・サウスの志を同じくする国は、真剣に模索する必要がある。
一方で、国連が行なうべきことは、ウクライナ、ガザ、イスラエル・イランの3つの戦争に至った根本的な原因を探り出し、対応することである。複雑な要因と歴史的背景が絡み合って戦争に至ったと考えられるが、この3つの戦争に共通して言えることは、当事国の一方または双方に疎外感と孤立が長期間にわたって存在してきたことである。
ウクライナ戦争の場合は、NATOの東方拡大やG8からの追放によるロシアの孤立と疎外感。ガザ戦争の場合はイスラエル抹殺の危機感とアラブ世界からの疎外感、イスラエル・イラン戦争の場合もイランの西側世界からの排除と孤立感である。孤立と疎外感によって引き起こされる「アノミー(anomie)」状態への配慮の欠如と外交交渉の失敗が原因であると思われる。
具体的には、ウクライナの場合、NATOの対ロシア関係の失敗であり、ガザについてはいわゆる「2国家解決案」の失敗、イランについては6か国協議の失敗がそれである。ついでに言えば、北朝鮮の場合も6者協議の失敗が原因である。予防外交と外交交渉の失敗の結果、今日の3つの戦争がその代償を払わされるかたちで起きている。
すでに突入した新しい「戦争の時代」において、世界が行なわなければならないことは、軍事費の大幅な増大と並行して、軍縮交渉や紛争解決を同時に行なう「二重戦略」の採用である。そしてそれと同時に紛争の触媒となる疎外感と孤立がもたらすアノミー状態を解消または抑制する外交の積極展開である。
世界のアノミー状態に効果的に対処するためには、国連そのものも変わらなければならない。そのための変化は外圧によるものではあるが、すでに生まれつつある。
トランプ大統領の国連やUSAID関連予算の削減・停止というショック療法により、国連はいま必死になって組織の生き残りを図っている。「UN80」と呼ばれるグテーレス事務総長のイニシアチブの下で、機構のスリム化と集中、再生を行ないつつある。
ただ、その流れから取り残されているのが主要機関の安保理である。安保理改革については、マンネリ化しているG4、コンセンサス・グループ(UFC)、アフリカ・グループ(AU)間の対立を乗り越えて、P5とも妥協が図られる中間的な改革案にソフトランディングする必要がある。
すべてのステークホルダーが互いに譲歩して、安保理の構成を民主化し、メンバーを拡大する方法に早期に合意する必要がある。その際、安保理改革は、第三次世界大戦を未然に防ぐために「最後の砦」としての安保理をどう再生するかという発想に立つものでなければならない。そのための方法は以下のとおりである。
具体的な改革戦略は、中間的制度革新を第一段階とし、並行して拒否権抑制策を講じ、2045年の国連100周年を目標とする第二段階では、常任制度そのものに踏み込み、抜本的改革を実現しようとするものである。トランプやプーチンなど大国の指導者が国連を軽視し、多国間主義が空洞化するなかで、理想と現実の折り合いをつけ、安保理改革を前進させようとするものである。
P5のうち中国とロシアは、途上国は別として、日本やドイツなどの先進国を対象とする常任理事国の拡大に反対している。国連憲章の改正には加盟国の3分の2の多数と、P5を含む3分の2の批准が必要であるので、中・ロが批准を拒否すればG4案の実現は不可能である。そのため、日本は従来のG4案から現実的な代替オプションとして「プランB」――準常任または長期理事国枠の創設に舵を切る交渉戦略を準備せざるを得ない状況にある。
2005年のアナン事務総長報告では、常任理事国の拡大をめざす「モデルA」と、任期の長い非常任理事国を設ける「モデルB」が選択肢として提案された。あれから20年、「モデルA」にはなんの進展もない。最早これに拘泥することなく、中間的改革案として「モデルB」に基づく以下のような案を交渉のベースとすることは、常任理事国拡大に反対のUFCや慎重なP5との合意の余地を広げ得る現実的なアプローチである。
・任期4~8年で、連続再選可能な準常任または長期理事国枠を6~8か国程度設置する
・日本・ドイツを含むミドルパワーの国やグローバル・サウスの国も候補となり、選挙で公正に選ばれる
・再選を重ねれば、実質的に常任理事国に準ずる影響力をもつに至る
・第一段階(短期)
準常任(または長期理事国)枠の設置を2030年までに実現し、安保理に新たな活力と多様性を吹き込む。
・第二段階(長期)
国連創設百周年の2045年までに、常任理事国制度(拡大・縮小・段階的廃止など)について議論と合意を進め、具体的な改革を実現する。
この二段階方式は、いずれも国連憲章改正が必要であるが、段階的かつ現実的な制度革新を可能とする構想である。
第一段階改革パッケージには、国連憲章改正を必要としない以下の拒否権の抑制策を盛り込む。ただし、米中ロに過度の圧力をかけない慎重な取り扱いが不可欠である。
・P5による「ジェノサイドや戦争犯罪の場合には拒否権を行使しない」旨の自主合意
・安保理理事国が紛争当事国である場合、憲章第27条3項に基づく当該国の投票棄権を義務化
・「紛争当事国」の範囲については、必要に応じ国際司法裁判所の勧告的意見を活用し、拒否権の濫用に歯止めをかける
もちろん、この改革によって直ちにP5による横暴がなくなるわけではない。安保理が拡大し、拒否権こそないが、実力のある準常任あるいは長期理事国が恒常的に安保理にとどまり、P5に伍していける経験と発言力を確保することにより、安保理における審議や行動パターンが徐々に変化することが期待される。
安保理におけるグローバル・サウスやミドルパワーの発言力が増すことにより、P5による専横的な議論がより困難になる。第一段階では拒否権を法的に制限することはできないので、安保理が機能不全に陥ることは今後もあり得る。しかし、安保理拡大後は、拒否権を行使することの理不尽さがより鮮明になり、道義的なプレッシャーがかかる。
拒否権と常任理事国について議論するのは第二段階の2045年ごろである。それまではすべての大国を安保理に維持したまま、国際連盟の失敗を繰り返さず、第三次世界大戦に向かう道を閉ざすことに努力を集中すべきである。
ここで大事なことは、P5を脅かす次の覇権国やP5自体が疎外されず、不安や孤立感を感じないことである。すなわち誰もアノミー化せずにwin-winで安保理を改革できるかが、国連と国連憲章を守り、ひいては世界の平和をも守る鍵となる。
現在、安保理は「常任理事国による横暴」を抑える手立てを欠いている。これは、安保理においてP5に対抗しうる非常任理事国が恒常的に存在しないためである。安保理改革が実現すれば、真に実力のある新興国や地域代表が長期に審議に参画し、常任理事国による横暴(拒否権行使)を牽制するとともに、紛争の予防と解決に資する安保理体制の刷新となりうる。
いずれにせよ、最終的にP5を抑止するのは、法と正義を尊重する国際社会の多数派の声であり、「P5こそが秩序を破壊している」という国際世論である。米ロ中という三人の「絶対君主」に宥和せず、国連の内外で影響力を及ぼすミドルパワーとグローバル・サウスの多数派による新たな戦略的連携の構築が必要である。
更新:10月19日 00:05