Voice » 社会・教育 » 清水泰 東京都受動喫煙防止条例の暴走

清水泰 東京都受動喫煙防止条例の暴走

2017年12月27日 公開
2017年12月27日 更新

清水泰(フリーライター)

「日本は欧米に比べて対策が遅れている」は噓だった

子供の健康を守れない都条例

 2017年秋、東京都を舞台に受動喫煙防止条例に関して2つの大きな動きがあった。1つは、都議会で10月15日、基本政策の1つに「スモークフリー社会」を掲げる都民ファーストの会と公明党が共同提出した「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」が賛成多数で可決、成立したこと。保護者に対して、子供がいる室内や車内で喫煙しないことや、分煙が不十分な飲食店などに立ち入らせないことなどを求めているが、いずれも努力義務で罰則規定はない。同条例は18年4月に施行される。

 すでに本誌10月号では「『子どもを受動喫煙から守る条例』は公正か」と題して、家庭に公が介入することの問題点を指摘している。条例が審議された都議会厚生委員会でも「家庭内の規制は慎重にすべきだ」との意見が出され、委員会採決前には継続審議を求める動議が出されるも否決され、賛成多数で可決。5日の本会議に送られ、賛成多数で可決成立した。

 同条例の問題点は中身もさることながら、制定手続きの拙速さにある。都議会厚生委員会に条例案が提出されたのは9月29日で、審議は自民、共産都議が問題点や疑問点を問いただし、都民ファーストの会の岡本光樹都議が答弁する形で進んだ。岡本都議は啓発の必要性を繰り返すばかりで、議論は深まりを見せないままその日のうちに終了した。審議時間はわずか約90分だった。

 さらに都民ファーストの会と公明党は事前に、医療や学校、飲食といった各業界団体へのヒアリングを行なったが、その様子は非公開だった。両党が募集したパブリックコメントの期間は10日間と短く、結果の詳細を公表していない。

 非公開のヒアリングに参加した東京都飲食業生活衛生同業組合常務理事の宇都野知之氏は「一方的に向こうが聞くだけで、こちらからは質問できませんでした。とくに都民ファーストの会の都議はほとんど口を開かなかった。形式的に業界にヒアリングしましたよ、という感じしかしなかったですね。とても都議選で『都政の透明化』や『徹底した情報公開』を訴えた党とは思えませんでした」と語る。

 自民党の川松真一朗都議も、子供を受動喫煙から守ることに異論はないとしたうえで、「都民ファーストの会が『100日以内にこんな改革をやりました』とアピールするために急いで出してきた条例案という印象が強い。パフォーマンスに走った結果、中身のない観念的な条例が成立してしまったということではないか」と指摘する。

 2020年東京五輪・パラリンピックの開催が決まったのは2013年。受動喫煙をめぐっては国際オリンピック委員会(IOC)が「たばこのない五輪」をめざしていることから、東京都は2014年に有識者を集めた「受動喫煙防止対策検討会」をつくり、各関係団体との意見交換やヒアリングを重ね、2018年までに条例化について検討すべきだという提言を受けている。

「私は自民党たばこ議連の案ではなく、厚労省案に則った罰則付きの受動喫煙防止条例を制定すべきだという意見です。この主張はいまも変わりませんが、現に嗜好品として認められたたばこが売られている以上、喫煙者にも吸う権利があるという前提で、たばこメーカーや街の販売店、飲食業界の皆さんも納得できるような丁寧な議論をすべきだと思っています。そうした皆さんの理解を得る作業をしてきたなかで、突然、議員提出条例として出てきた。これまでの積み重ねを考慮しないやり方です」(川松都議)

 さらに「中身のない観念的な条例」とはどういう意味なのか。

「受動喫煙から守るべきという条例なのか、児童虐待から守るべきという条例なのかが、じつは明確になっていない。私の感覚からすれば、子供のいる室内や車内で喫煙するのは、限度を超えれば児童虐待防止法の対象になると思いますが、罰則がない同条例ではそうした子供を守れません。

 また、同条例には『喫煙しようとする者は、小児科又は小児歯科の病院又は診療所その他これらに準ずるものの敷地の外周から7メートル以内の路上において、子どもの受動喫煙防止に努めなければならない』という条文がありますが、受動喫煙から守るのであれば、子供がいる周辺でなどと表現すればいい。わざわざ限定すると、それ以外の場所なら子供が集まっている場所の隣で吸ってもいい、と解釈する人も出かねません。

 条文をもっと整理すべきだし、2020年東京五輪・パラリンピックの開催に向けて提出準備が進んでいる『受動喫煙防止条例案』に包括するという方法もありました。それなのに、都民ファーストの会は強引に押し切ってしまったんです」

 また、川松都議は「もし子供の健康を守る」ための条例を制定するなら、受動喫煙だけでなく、「たとえば塩分の濃いものや食品添加物を多く摂取させないとか、肌に触れるものに使用される化学物質の量なども規制対象に含めるべきではないか、と以前から主張している」という。たしかに受動喫煙だけを規制対象とするのは実効性に欠ける。

次のページ
飲食店原則禁煙の衝撃 >

Voice 購入

2024年12月

Voice 2024年12月

発売日:2024年11月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

千葉雅也 禁煙ファシズムから身体のコミュニズムへ

千葉雅也(立命館大学准教授)

畑正憲 たばこと生きる力

畑正憲(作家)

山本博 酒とたばこは心の安らぎ

山本博(弁護士・日本ワインを愛する会会長)