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『罪の声』作者が語る、昭和の未解決事件を“フィクション”として描いた理由

2017年08月09日 公開
2020年07月13日 更新

塩田武士(小説家)

1980年代の拝金主義が事件の背景にある

――本作は、京都でスーツを仕立てるテーラーを営み、グリ森事件(作中では「ギン萬事件」)の犯行声明に自らの声が使われていることを知った曽根俊也と、新聞記者として事件を追う阿久津英士の2人を中心に物語が展開します。阿久津の人間像には、おそらく新聞記者時代の塩田さんの経験が反映されているのでしょうね。

【塩田】 阿久津は新聞記者時代の僕そのものですね。阿久津をゴリゴリの事件記者ではなく文化部にしたのは、グリ森事件を読者と共にあらためて振り返りながら、前に進んでいくという展開にしたかったからです。

もともと事件のことを詳しく知らず、調べていくうちにのめり込んでいく様子を描きたかった。

テーラーの俊也に関しては、人生が一気にひっくり返ってしまう衝撃を表現しました。スーツの仕立て作業をするという「日常」から、父親が残した不審なテープを見つけることでいきなり「非日常」に突き落とされる落差を強調したんです。

僕はいわゆる普通の会社員ではない両親の下で育ったこともあり、わが道を行く職人に対する尊敬の念をもっていました。本作は勝負作だったので、自分を投影できる新聞記者と、憧れの職人を描きたかったんです。

――本作を読んでまず思ったのが、「この作品はどこまでが事実なのか」ということでした。事実とフィクションの部分はどのように使い分けているのですか?

【塩田】 基本的にはグリ森事件の発生日時や場所、犯行グループによる脅迫状・挑戦状の内容、その後の事件報道などは事実に基づいています。

「どこまでがフィクション?」という感想は多くて、当時グリ森事件を担当した記者からは「ほんまにこんな犯人おったん?」といわれました(笑)。もちろん、そこはフィクションです。

――グリ森事件が語られる際、犯人はどういう人物だったのかがやはり注目されますね。

【塩田】 グリ森事件の犯人はユーモラスな挑戦状を送ったり、最後まで警察を出し抜いたことから、アンチヒーローのような扱い方をされることがあります。

捜査対象者がおよそ12万5000人に上った事件をなぜ解決できなかったのか。警察の不手際もあるでしょうが、都市化や大量消費が進んだ「1980年代」に起きた事件だったという側面もあります。

隣近所の“監視”の目が弱くなって、犯人の証拠物も大量生産品の中に紛れてしまった。すべての情報がデータベース化されている現在のような管理・監視社会だったら、犯人はすぐに捕まっていたかもしれません。

――結局、犯人の動機は何だったと思いますか。

【塩田】 思想犯だったなど、さまざまな説が語られてきましたが、お金が目的だったと僕は思っています。当時の新聞を読み返してみると、サラリーマン金融絡みの事件がやたら多い。

1985年にプラザ合意が結ばれ、その後、日本はバブル経済に向かっていく。「金がすべて」という拝金主義の風潮が日本に漂ったことも構造的要因としてあるでしょう。

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