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受動喫煙防止法案の混乱

2017年05月16日 公開
2017年05月17日 更新

個別の事情を考慮しない厚生労働省の発想が経済損失八四〇一億円をもたらす

取材・構成=編集部

 

 「全面禁煙の強制」に等しい

 たばこに関する問題がかまびすしい。厚生労働省が受動喫煙防止対策の強化に乗り出して以来、政治を巻き込んだ混乱が生じている。

 2017年の通常国会では、受動喫煙防止法案(仮称)の国会提出をめぐって議論が紛糾した。自民党の塩崎恭久厚生労働大臣や尾辻秀久議員(元厚労大臣)、共産党の小池晃議員(「東京オリンピック・パラリンピックに向けて受動喫煙防止法を実現する議員連盟」副会長)などの嫌煙派議員は、法案提出に諸手を挙げて賛成。

 これに対し、自民党のたばこ議連(会長・野田毅前党税制調査会長)が2017年3月7日に臨時総会を開催。飲食店や旅館・ホテル、小売店、葉たばこ農家などの経営に与える悪影響を強く訴えた。

 今年3月、「森友学園問題」での国会空転に辟易した人は「今度はたばこか」「もっと日本の根本に関わる議題があるのでは」と感じるのが正直なところだろう。

 同法案を推進する厚生労働省の姿勢は、「国民の8割を超える非喫煙者を受動喫煙による健康被害から守るため、多数の者が利用する施設等の一定の場所での喫煙の禁止と、管理権限者への喫煙禁止場所の位置の掲示等を義務づける」(2017年3月1日発表「受動喫煙防止対策の強化について〈基本的な考え方の案〉」)というもの。「国民の8割」「多数の者」の立場をアピールすることで、少数派=喫煙者の声を封じようとする意図も窺える。

 疑問なのは、飲食店などサービス業の施設は原則禁煙として喫煙室の設置は認め、それに違反した施設管理者や喫煙者に罰則を科す、という厚生労働省案の内容である。

 原則禁煙に加えて「喫煙室の設置」を認めるところは一見、事業者への配慮を感じさせる。だが、よく考えるとおかしい。

 夜のスナックや個人経営の小料理屋など、小規模ビルの一室にあるような店舗に、駅ナカやオフィスビルで見掛けるような喫煙室をつくるのはそもそも無理だからだ。つまり法整備案の実態は「全面禁煙の強制」に等しい。

 

社会に別の歪みが生じる

 夜のスナックや個人経営の小料理屋、と書いて、銀座のネオンや新橋の赤提灯をふと思い出した。とくに「世界で最も安全な歓楽街」として名高い銀座の飲食業者は、東京オリンピック・パラリンピックを機に全面禁煙を迫る法案をどう受け止めているのか。一般社団法人銀座社交料飲協会(GSK)を訪ねた。

 同協会の歴史は、大正14(1925)年の銀座衛生組合の発足に遡る。現在の加盟店は1700店舗ほど。バーや酒場、スナック、キャバレーほか社交料飲業の発展に長年、貢献してきた。事務局長の神谷唯一氏が語る。

銀座社交料飲協会・神谷唯一事務局長

「個人的には、たばこの煙よりPM2・5対策を何とかしてほしい、というのが正直なところ(笑)。バーや酒場を訪れてたばこを吸うお客さんは、精神的な落ち着きやリラックスできる空間を求めています。そうした人に禁煙を強制すれば、どうしてもストレスや精神的ダメージが蓄積される。その鬱屈した感情が別のかたちで発散されることがむしろ心配です。

 嫌煙派は事あるごとに『たばこは有害だ』といいますが、この世に完全な悪や100%無害なものはありません。物事にはよい面もあれば悪い面もある。たばこにしてもある程度、社会に必要だったからこそ500年の長い歴史を通じてわが国に普及してきたわけです。自然に広がった文化や習慣を人為で禁じると、必ず別の歪みが社会に生じる。たばこはもちろん合法ですが、仮に禁止したところで、抜け穴を考える人は必ずいます。たばこの代わりに合法ドラッグのような薬物が日本に広まったら、何の意味もありません」

 受動喫煙防止対策に関しては、一律の全面禁煙より先にすべきことがある、という。

「たとえば、銀座の並木通りに整備された屋外の喫煙所を設置することも一案です。受動喫煙を防止する、といいながら公共インフラの整備も行なわず、他方で民間が長年、続けてきた分煙の取り組みと設備投資を一気に全面禁煙でご破算にしようとする。現場の事情を顧みない姿勢は、豊洲移転問題を彷彿とさせます。また、喫煙者は健康とストレスの両者を天秤に掛け、大人の判断でたばこを吸っています。自分の責任でたばこを吸っている人に対して上から強制的に禁煙を迫るのは、人間の心を無視した発想である、といわざるをえません」(神谷氏)

 帰りがけ、「それにしても銀座は中国人が増えましたね」と話題を向けると、次のような答えが返ってきた。

「たしかに近年、老舗の松坂屋銀座店が営業を終え、外国人観光客向けのLAOXが台頭するなど、栄枯盛衰も見られます。しかし銀座の特長は戦後、新規参入者を拒まずに発展してきた寛容さにあります。新しい波も含めて多様な商いを認めてきたのが銀座の良さ。裏を返せば、多少のことではびくともしないという街全体の自信につながっている」

 神谷氏が語るように、いたずらに喫煙者を排除することは街から多様性や包容力、柔軟性を奪い、むしろ社会不安と景気の衰退につながるのではないか。

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