Voice » 社会・教育 » 受動喫煙防止法案の混乱

受動喫煙防止法案の混乱

2017年05月16日 公開
2017年05月17日 更新

飲食業の立場の弱さ

 さらに、神奈川の受動喫煙防止に関する条例について、神奈川県飲食業生活衛生同業組合・国島正富理事長に話を伺った。国島氏は飲食業界の改善のため、組合活動に長く尽力してきた人物である。2003年には伊勢原市議会議員に初当選し、11年に第22代同市議会議長に就任している。氏がたばこの議論について感じるのは、政策全体で見たバランスの悪さだという。

神奈川県飲食業生活衛生同業組合・国島正富理事長

「とくに私が疑問に思うのは、たばこの問題を厚生労働省の健康局だけで論じることの是非です。健康面だけで議論を行なうのであれば、同様に排気ガスやPM2・5等の問題も問われるべきです。お酒に関してもアルコール依存症から家庭内暴力に至るケースなどがあり、社会問題として決して看過できない。善悪で論じるのであれば、喫煙者だけを槍玉に挙げてたばこを一律に規制するのは明らかに公平性を欠いています。

 他方で、たばこは日本の税収に大きく貢献してきた現実があります。たばこの値段の約6割は地方税(道府県たばこ税+市町村たばこ税)で、平成28年度予算額での国税と地方税を合わせた税収額は2兆1328億円。財政の側面も含めて評価しながら、トータルに議論を行なうべきでしょう。規制や資格で物事を決めようとする縦割り行政の弊害が、この問題にも如実に表れている。

 たばこは政府が認める合法の商品ですから、厚生労働省がいくら健康に悪いと主張したところで、喫煙行為を禁じることはできない。本当にたばこを全面禁止したいのであれば、たばこを禁止薬物に定める以外にありません。そんなことが現実的に不可能である以上、プラス面とマイナス面を勘案し、社会のなかで喫煙者との接点を見出すしかない。われわれ飲食業に携わる者も、社会全体のなかでたばこをめぐる在り方を考える必要があります」

 また国島氏は、受動喫煙防止法案のような個別の事情を考慮しない発想が他の分野にも及んでいる、という。

「たとえば、ニッポン一億総活躍プランのなかにある『同一労働・同一賃金』という考え方。同じく厚生労働省による非正規労働者の待遇改善の観点から出てきた発想ですが、まったく現場を見ていない議論です。

 神奈川県で働く労働者の最低賃金は時間額930円(2016年10月1日より)。もちろん遵守していますが、飲食店の経営はチェーン店を別にして、小規模店舗や個人営業の店が大半です。1日待ってもお客さんが来ない日だってあるし、かといって人を置かないわけにはいかない。だから社会のなかで比較的、自分の時間が融通できる人をパートタイムや非正規で募っているのが現状です。公務員や大企業と違って飲食店は頭数を揃えるので精一杯。面接して人を選ぶ余裕などありません。相手が都合のよい時間を聞き、毎日ぎりぎりのローテーションを組みながら辛うじて経営を回している。われわれの店の調理師さんのなかに、障害のある人がいます。他の調理師との技量の違いを勘案すれば当然、賃金にある程度の差をつけなければなりません。親御さんと話して『それでも結構ですか』と尋ねると、『お金なんてどうだっていい、とにかく働けることがあの子の幸せです』と。

 サービス業の置かれた厳しい環境のなかで、飲食業に対する支援はいっさいありません。子供を預ける保育園の枠にしても、飲食店の親は時間の都合がつきにくく、優先順位で真っ先に落とされてしまう現実がある」(国島氏)

 こうした状況で、全面禁煙および喫煙室の設置を罰則付きで強制することがどれだけ経営を圧迫することか。

「バリアフリー化と同じで、ある程度規模の大きい店舗であれば喫煙室も設置できるけれど、10坪の経営者にあなたのお店を工事しなさい、とはとてもいえないでしょう。飲食業は立場の弱い業種で、業界に携わる者が声を上げても政治に反映されません。私自身、議員に立候補をしたときも、いっさい推薦なし(笑)。政治家は票がすべてだから、結果として製薬業界など禁煙推進の多数派に阿ることになってしまう。

 ではわれわれのように地元で長年、営業を続けてきた小規模な飲食店に存在価値がないのかといえば、そんなことはない。家庭内で問題を抱えてストレスを感じている人、仕事がうまくいかずに悩んでいる人の逃げ込む場所、癒やされる場がまさに街場の中華料理屋や喫茶店だったはずです。奥さんが嫌うので家でたばこが吸えず、職場も駅も禁煙、路上でも喫煙に罰金が科される現状に加えて飲食店でさえ一服できない、となれば、そういった人びとはどのようにストレスを解消したらよいのか。

 いまの議論は明らかに異常で、バランスを欠いています。受動喫煙の防止についてはたんに『喫煙』『分煙』『禁煙』の店頭表示を明確にすれば済む話で、喫煙可のお店にわざわざ入る非喫煙者はいません。お店はお客が決めるのであって、役所や政治が決めるのではありません」(国島氏)

次のページ
社会調査のからくり >

Voice 購入

2024年12月

Voice 2024年12月

発売日:2024年11月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

受動喫煙防止法は実現するのか