2017年05月08日 公開
2022年12月28日 更新
この季節、春山に登る方も多いと思いますが、いくつか注意点があります。何より大切なのは、自分の置かれた状態を客観的に見る目をもつこと。アウトドア経験を積んでいると「何をすべきか、何をしてはならないか」が感覚的にわかりますが、最初はいろいろと惑わされることもあります。たとえば、春に気象庁から「なだれ注意報」が出るのはむしろ普通です。問題は、注意報のあるなしに関係なく、危険な場所は危険であり、安全な場所は安全だということ。
同じ山でも、尾根と麓ではまったく別物だし、ひと口に雪崩といっても、「全層雪崩」と「表層雪崩」では雪の量も速度も全然違う。
「全層雪崩」は春に多く、気温の上昇によって積雪全体が丸ごと滑り落ちるもの。
「表層雪崩」は冬に多い雪崩で、前に積もった雪の上に新雪が降り、新しい雪の重みで表層が滑り落ちるもの。表層雪崩のほうが高スピード(最高時速100~200㎞)で、全層雪崩のほうが破壊力があります。栃木での事故は表層雪崩の可能性が高い、といわれています。
また、今回の雪崩で亡くなった高校生たちが「ビーコン(遭難者の位置を知らせる送受信機)」を持参しなかった点を指摘する記事(『朝日新聞デジタル』2017年3月29日)がありました。じつは、これはなかなか難しい問題です。自分のようなアルピニストも、以前はビーコンを使っていませんでした。最新機器が広がっていなかったという事情もありますが、ヒマラヤ登山のような極限の状況で雪崩に巻き込まれた場合、埋まった人を見つけたときはすでに死んでいることがほぼ確実です。雪崩が起きたあとの地面は大きなうねりを起こしており、捜索のための歩行すらままなりません。生存の目安とされる15分以内の発見は、不可能に近い。
ちなみに自分でビーコンをテストしてみるとわかるのですが、1カ所にまとまって埋まったものを探す場合、ビーコンを雪の地面に向けると、近くに埋まったものにも反応してしまう。パーティが雪崩に遭った場合は当然、特定の範囲に複数の人が埋まっているから、探知音が重複して1カ所を探り当てるのはかなり大変です。人によっては探知音でパニックを起こしてしまう場合もある。ビーコンがあれば助かるとは限らないのが悩ましいところですが、むろん持っているに越したことはありません。
断わっておきますが、危険のない登山というものはありません。よく「野口さん、あまり無理をしないように」といわれますが、ヒマラヤのような山を無理せずに登るのは不可能です。危険ゼロを望むのであれば、山に登らないほうがよい。登山の効用は、厳しい自然を体験して状況判断の力を磨くこと、ピンチを経験しながら山頂まで登りきったという自信を得ることです。失敗体験や不快な体験、「プチ・ピンチ」の積み重ねによって、人生で悲惨な局面に遭遇したときも「あのときの山での苦しさに比べれば、こんな苦難は屁でもない」という強さが生まれるのです。
その意味で僕が耳を疑ったのは、3月29日、栃木県教育委員会が雪崩事故を受けて「県内高校生の冬山登山を全面的に禁止する方向で検討に入った」という報道でした。
以前、ある公園で木に登って遊んでいた子供が事故で亡くなってしまい、学校が木登りを禁止したことがあります。木から落ちたのではなく、たまたま肩に下げていたカバンの紐が枝に引っかかり、首を絞めてしまった。ここで考えるべきなのは、木登りの禁止ではなく、木に登るときにはカバンを提げないという危機管理を教えることです。冬山登山も同じで、危ないことを経験しない生徒は「何が危ないか」の判断基準がわからない。
そもそも、なぜ「冬山」登山の禁止を検討するのでしょう。県立大田原高校の講習会(実際は前述のように登山)は「春山」で行なわれたものです。
また、登山のリスクを季節で区切ることには何の意味もありません。たとえ夏山であっても、状況判断を誤れば死に至るからです。標高3000m以上の山ともなれば、雨に濡れるなどしてあっという間に低体温症に罹ってしまい、命を落とすことがある。事実、2009年7月16日、北海道のトムラウシ山で8人の登山者が低体温症で亡くなりました。
更新:11月23日 00:05