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防衛を忘れた空港―有事に対応できるのか?

2015年04月20日 公開
2022年07月08日 更新

樋口恒晴(常磐大学教授)

 

自衛隊共用「飛行場」が「空港」に

 運輸省は、有事対応に関する協議は拒否したうえで、日米で策定中だった「日米防衛協力の指針(ガイドライン)」(1997年9月決定)に先手を打つように、96年12月「空港整備七箇年計画について」を閣議決定に持ち込む。そして97年4月、空港法改正案が国会に上程され翌月成立した。自衛隊航空基地の共用化を推進し、これらを民間「空港」として整備することを規定した。自衛隊の飛行場を民航で奪取しようという魂胆である。

 運輸省(現・国土交通省)は、飛行場の能力を発着枠ベースで考えて、共用化推進を唱えており、戦時の問題を意図的に無視している(柴田伊冊「自衛隊機と民間航空機による飛行場の共用化」『新防衛論集』1997年12月号)。日本有事とは、日本本土とくに飛行場や空港が真っ先に戦場になることだ。だが有事対応の問題からは目を背ける。

 かくて軒を借りたかたちで「共用飛行場」だった丘珠・小松・美保・徳島は、以後、設置管理者が防衛庁長官(現・防衛大臣)の「民間空港」に変更された。従前は防衛庁が「大家」で民航が「店子」だったのだが、民航が「大家」で自衛隊が「店子」となったのである。百里基地も茨城空港開港(10年3月)をもって「共用空港」になった。

 こうなると、滑走路など共用区画における警備は、軍用飛行場としてではなく民間空港としての体制が基準になり、防衛出動命令が下令されないかぎり、軍事的な必要に応じた警備体制は執れなくなる。しかも、滑走路など共用区画の維持管理費は、従来どおり防衛費から支出されている。

 そのため防衛大臣が設置管理者の「共用空港」は純粋な民間空港に比べて旅客機の離発着料金を廉価に抑えることができる。茨城空港が離発着料の安いことを売り物に格安航空会社(LCC)誘致をしているのは、このためだ。まさに、防衛費を、防衛力劣化のために支出しているのである。

 ちなみに米軍基地である三沢と岩国は、防衛省所管の基地と違い、民間施設や乗り入れ機が厳しく限定されている。

 運輸省(現・国土交通省)の建前は「共用化の推進」だ。だが本音は軍用機の排除であろう。96年12月、那覇空港で日本近距離航空機と自衛隊戦闘機のニアミスが発生した。これに関して運輸省安全監察官は、管制官と自衛隊機の両方に責任があるとしたのだが、同時に「軍民共用空港の危険性」にわざわざ言及し、この解消を求めた(『朝日新聞』1997年8月2日付)。つまり、自衛隊機や米軍機を共用飛行場から排除すべきだとの政治的主張を付け加えたのである。これを運輸省は咎めなかった。

 

これが戦後「防衛政策」の実態

 戦闘機基地は騒音問題で反対運動が起きやすい。まして、そこが有事には真っ先に攻撃を受けるのだと地元に説明することは、反対運動の火に油を注ぐようなものなので憚られた。しかも、久しく防衛庁(現・防衛省)は、「基地周辺住民の理解を得る」という大義名分のもと、地元政治家が共用化やさらには国際空港化を要求すれば拒めなかった。

 そしていったん民間利用が進んだあとで問題を明言すれば、今度は民間航空会社や官公労、左派政党や「市民団体」等が「共用空港から危険な自衛隊を追い出せ」とキャンペーンを張り、それを国土交通省が暗黙裏に後援するのは目に見えている。こうして誰も宿題に手を付けられずに今日に至っている。

 だがこれは、航空自衛隊を戦えない状態に留めるということだ。

 戦後日本で長期にわたった表面的な政治的対立軸は、自衛隊や日米安全保障条約の存在の可否だった。この観点から戦後政治を分析するのであれば、永田町における自民党と社会党の関係を見ていれば十分だった。そしてこれは、社会党(現・社民党)の泡沫政党化により解消されたかのように見受けられる。

 しかし、真の対立軸は、自民党内部および霞が関の官僚機構内にある。それは、自衛隊を、外国による日本への武力侵攻に際して効果的に抵抗できる組織として育成するか、それとも実戦には堪えない「張り子の虎」状態に留めておくかという論点である。自民党内については、立場が分裂しているというより、ろくな知識もなく自衛隊はすでに規模相応に有力だと盲信している者が大多数だろう。しかし霞が関主流派は、後者の立場だ。だからこそ、有事法制(2004年6月14日制定)関連の政令等、防衛省以外の省庁が所管すべきものはほとんど店晒しになっているのだ。

 


<掲載誌紹介>

Voice 2015年4月号2015年4月号(地獄の中東 日本の覚悟)

ISIL(イスラム国)の拠点があるイラク北部のティクリートでは、イラク軍による奪還作戦が始まっている。すでに「戦争」は起こっている。今後、米軍は地上戦を行なうのだろうか。日本は国際テロの脅威にどう備えるのか。4月号は「地獄の中東、日本の覚悟」との総力特集を組んだ。
第二特集は、「歴史の常識を疑え」と題し、先の大戦で描かれてきた歴史のストーリーに違う角度から光を当てた論考を紹介する。
他に、2大インタビューとして、観阿弥、世阿弥の流れを汲む観世流宗家・観世清和氏に、能楽堂を渋谷から銀座に移転させる理由などを聞いた。また、東大生の就職先として人気の高いDeNAの設立者・南場智子氏に、「これからの日本人に求められる4つの力」について話を伺った。若い人たちにぜひ読んでいただきたいインタビューだ。

 

 

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