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【AI時代】シリコンバレーを追うな!日本独自の「混ぜるOS」という最強の生存戦略

2026年08月17日 公開

柳澤田実(関西学院大学神学部准教授),大柴行人(ロバスト・インテリジェンス共同創業者)

グローバル

シリコンバレーのトレンドを追う日本に勝機はあるのか? 大柴氏と柳澤氏が、手元にある技術を面白がりながら応用する「ブリコラージュ」や、すべてを「混ぜ合わせる」日本の身体感覚を活かした独自のAI生存戦略を語る。

※本稿は、前後編の後編です。『Voice』2026年5月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

完璧な設計より、現場の応用力「日本的ブリコラージュ」という最強の生存戦略

【大柴】僕たちがピーター・ティールのような存在から学ぶべきは、目先の変化に振り回されるのではなく、10年、20年先を見据えながら、自身のルーツとなる精神性を、テクノロジーというかたちで社会に具現化してきたことにこそあると思います。ただし、彼らの手法までを真似て、日本がシリコンバレーのテック企業のようにカウンター・イデオロギーを掲げて対抗しようとしても、結局はアメリカ国内の対立をなぞるだけになってしまう。

【柳澤】私も大柴さんと同意見で、アメリカ人のような強い思想やイデオロギーを掲げるのは得策ではない、と思います。「日本的なもの」を声高に主張しても、結局はオリエンタリズムとして消費されて終わる危険性もあります。

【大柴】日本が伝統的に得意としてきたのは、絶対的なイデオロギーや思想を掲げることではなく、現場の「実践」や「工夫」のなかで技術を磨き上げる部分だったはずです。外来の技術や概念を取り入れて組み合わせながら、独自の文化や技術を育ててきた強みがある。目的から逆算するエンジニアリングより、ブリコラージュ(手元にあるものを活かす知恵と工夫)に近い発想です。あらゆる技術を柔軟に取り入れ、AIをものづくりや生活のなかで「面白がりながら」活かしていくアプローチこそ、日本人の性に合っているのではないでしょうか。

【柳澤】歴史的に見ても、日本にはキリスト教の神のような超越者を立てる発想が根づきにくく、絶対的な規範を掲げる思考が馴染まない傾向があります。

しかし2010年代までの、シリコンバレーも、日本のような反超越的で分散型のコミュニケーションを理想として発展してきた側面があります。スティーブ・ジョブズが禅や苔寺(西芳寺)に惹かれていたのは、日本の反超越・分散型の思想に傾倒していた証左です。

ですので私も期待を寄せるのは、大柴さんがおっしゃるような、言語化は難しいもののコンセンサスとして否定し難く存在する、日本独特の「空気感」や「バイブス(雰囲気)」のポテンシャル。そこから立ち現れる価値にこそ、今後のイノベーションの可能性があるのではないかと感じています。

 

「今のままでは不幸せ」な米国と「暮らしを面白くする」日本

【大柴】柳澤さんのおっしゃる「日本的な感覚」は、僕たちの頭(意識)というより、むしろ身体や土地に刻まれたものだと思います。

たとえば以前、京都の京北(右京区北部)で出会ったフランス人の建築家は、自分で改装した茅葺き屋根の古民家に住んでいました。建築雑誌の表紙を飾るほど見事な家なのですが、彼はそこで「これは未来(フューチャー)だ」と語っていたんです。

木造だからこそつねに修繕や更新が可能で、自然と共生し、住み手の暮らしに合わせて変化していくのが日本の建物です。さらに、屋根や庭の修理を通じて自然にコミュニティが生まれるプロトコル(手順)が埋め込まれている。日本人が古い伝統と思い込んでいるもののなかにこそ、未来的な可能性が宿るという好例です。

その意味で懸念するのは、とくにソフトウェア分野において、日本がシリコンバレーの流行を追うだけの戦略に終始している点です。日本には本来、半導体製造装置や産業機械など、身体性や土地の感覚と結びついたハードウェアやものづくりの伝統的な強みがあります。

AIやソフトウェアの世界でも、シリコンバレーの二番煎じではなく、日本人の身体性や土着性を活かすほうが、はるかに独創的で面白い技術が生まれるはずです。同時に重要なのは、歴史をたんなる伝統として保全するのではなく、先述の建築家のように「未来」という時間軸で語り直し、世界に通用する言葉へ翻訳していくことでしょう。

【柳澤】ピーター・ティールの卓見は、まさしくいま大柴さんが言われたような未来に向かう進歩(テクノロジー)と伝統(信仰)を結びつける必要性を熟知している点にあります。

現在のシリコンバレーではキリスト教的な終末論が技術発展の強い駆動力となっていますが、一方で日本社会には、アメリカのような合目的な歴史観が根づきにくい。しかしテクノロジーを扱う以上、進歩という概念は避けて通れません。日本において進歩と伝統をどう整合させるのか、あらためて考える必要があるように思います。

【大柴】そこは使い分けの問題だと思いますね。コンピュータや宇宙開発のように0から1を生み出す領域では、シリコンバレー的な直線的進歩史観による発想は強力です。しかし、既存の技術を改良し、生活を豊かにしていく場面では、日本がもつ「円環的な発想」のほうが理にかなっている。

たとえば伊勢神宮の式年遷宮のように、社殿を定期的に造り替えることで永続させる知恵は、円環的な発想が生み出す日本独自の「進歩のかたち」です。現在のAIは、シリコンバレーにいるごく少数のエンジニアの指向性や「常識」に基づいて開発されたものです。遠く離れた日本社会の文脈や身体性のなかに、それをそのままもち込もうとすれば、どうしても拭いきれない違和感や限界が生じるはずです。

シリコンバレーの加速主義には「現状のままでは幸せになれない」という前提があります。いまある技術や暮らしから離れることを革新のエネルギーに変えているわけです。

対して日本的なアプローチの強みは、いま目の前にある現実に向き合い、技術を改良し、いかに日々の暮らしを面白く豊かにするか、という「身体的・土地的な実感」にあります。日本独自の精神性は、暮らしから生まれる問いへの答えが、実装として立ち現れるものです。そこには、シリコンバレーのメシア的な論理に対するコンプリメンタリー(補完的)な力があるのではないでしょうか。

 

「混ぜる」が最強。AI時代を生き抜く日本の生存戦略

【柳澤】大柴さんがおっしゃるコンプリメンタリーという視点は、非常に重要だと思います。現在のシリコンバレーの価値観には、ゲームやSFに没頭する少年のような感覚と、キリスト教的な終末観が同居しています。しかし、それはとても限定的な世界観だという認識を、私たちはもったほうがよいと思います。その限界を見極め、何を補うべきかを考えるところに、日本の役割があるのでしょう。

またアメリカは、ピューリタン(改革派プロテスタント)に端を発するキリスト教的世界観の上に啓蒙思想というプログラムを植え付け、近代という仕組みを実験場のようにむき出しのかたちで走らせてきた人工国家です。パワフルであると同時に、無理も生じている。だからこそ私たちは米国の構造を一歩引いて冷静に相対化し、何が必要なのかを考えたほうがよいと思います。

【大柴】同意します。一方で、相対化したアメリカの極端な事例を「自分たちと関係ない」と切り捨てるのも危険です。なぜなら、明治維新から戦後を通じた欧米化により、日本はすでに政治や経済、企業統治に至るまで、アメリカ的なOS(思考体系)を実装しているからです。

重要なのは、アメリカのOSを削除しようとするのではなく、自らのなかにある「アメリカ的OS」と、土地や身体を通じて脈々と受け継がれてきた「日本的OS」の両方を自覚することです。僕自身、シリコンバレーの文化にどっぷり浸かったからこそ、逆に日本の社会や自分自身にインストールされたOSの存在を客観視できるようになりました。双方が見えてはじめて、これからどう進むべきかという道筋が見えてくるのだと思います。

この感覚の根底にあるものを確かめるように、最近は日本の古墳や神社仏閣を巡っているんですが、実際に現地に立つと、日本という社会が舶来の文化や精神を多層的に積み重ね、矛盾を抱えたまま共存させてきたことを深く感じます。現代の加熱するイデオロギー闘争に呑み込まれないためにも、身体感覚を取り戻すアジール(自由領域)を自分たちの手で広げながら、そこで「純粋に面白いものを作る」という感覚を取り戻すことが大切だと思います。

【柳澤】おっしゃるとおりで、日本でも政治・経済とは別の精神的な拠り所が必要だと思います。アメリカ人が「信仰復興」を起こす背景にも、政治や経済に還元されない領域を確保しなければ、精神的な均衡を保てないという問題意識があるのでしょう。

実際、ピーター・ティールと関係の深い教会の牧師は、パンデミック後にシリコンバレーの人びとのあいだに「金・権力・快楽」中心の価値観への疑問が広がり、キリスト教へ回帰する動きが生まれている、と語っていました。

もっとも、アメリカと同様に「日本にも宗教が必要だ」ということではなく、日本独自のかたちで精神的な領域をどう再構築するかを考えるのが、私たちの大きな課題だと思います。

【大柴】よく「日本人は無宗教」と言われるのは、たんに「西洋的な定義に当てはまらない」というだけではないでしょうか。西洋が近代化の過程で明確に切り離した信仰・政治・経済が日本の神社仏閣においては未分化に重なり合う拠点として、日常のなかにオーガニック(有機的)なかたちで存在していました。

制度としては分離された現在でも、人びとの身体感覚や生活実践のレベルでは、生活に沿った宗教性から政治や経済、技術が自然に立ち上がるのが、日本における「宗教的なもの」の姿だと考えられます。近代的な民主主義制度というマクロな枠組みのなかで、こうしたミクロな「混ざり合った感覚」をノスタルジーとしてではなく、実践として取り戻すことは、現代の硬直したシステムとのバランスを再構築するヒントになるはずです。

【柳澤】たしかに西洋は、信仰と公的領域を切り分けすぎた結果、行き詰まっている側面があります。宗教を私的領域に押し込めたことで信仰が極端になり、カルト化が起きたという指摘もある。現在のトランプ政権に悪影響を与えている一部の福音派が示す通りです。

日本の精神性、宗教性のキーワードは「混ざる」かもしれないですね。混ざることは先鋭化を防ぎ、偶然思いもよらないものが生まれ得る土壌にもなる。最近日本でも政治にスピリチュアルや陰謀論が入ってきて不安も感じますが、

幸いにもたしかに米国ほど拡大していないのです。他方で、テック業界出身の若者が政界進出するなど新しい動きも見られます。異なる精神性が「混ざる」機会や場所こそが、活路を開いていくことに期待したいと思います。

プロフィール

柳澤田実(やなぎさわ・たみ)

関西学院大学神学部准教授

東京大学21世紀CEO研究員、南山大学人文学部准教授を経て、現職。博士(学術)。価値観の対立や変化について宗教などの文化的背景から研究。近年は米国の右派やテック業界におけるキリスト教復興に注目している。編著書に『ディスポジション:配置としての世界』(現代企画室、2008年)、訳書にターニャ・M・ラーマン著「リアル・メイキング:いかにして『神』は現実となるのか」(慶應義塾大学出版会、2024年)。

大柴行人(おおしば・こういん)

ロバスト・インテリジェンス共同創業者

高校卒業後、渡米。2019年、ハーバード大学にてコンピュータサイエンス・統計学の学士を取得。大学在学中に、「AIの脆弱性」を研究テーマにAIのトップ会議に複数論文が採択。同年に当時の指導教授とAIセキュリティ企業ロバスト・インテリジェンスを創業。セコイアキャピタルなどから資金を調達し、主要顧客にJPモルガン・アップル・IBM・米国防総省などを抱える。24年、シスコに事業を売却後、同社のAIチームを率いる。「フォーブス30アンダー30」に北米・日本両地域で選出。AIガバナンス協会代表理事。

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