「住みたい街」として人気の高い東京・吉祥寺で、病院の廃業が相次いだ。これは医療機関の抱えている問題が、過疎化する地域だけでなく、都市部でも進行している事実を浮き彫りにする。物価や人件費の高騰、人材不足...。全国の病院が直面する「淘汰の時代」の真実と、単一の病院では解決できない「地域医療構想」の課題について、医療ジャーナリストの森まどか氏が迫る。
※本稿は『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものの前編です。記載されている情報は執筆当時(2025年12月)の状況に基づいています。
「住みたい街トップ・東京吉祥寺から救急病院が消える」...などのセンセーショナルな見出しで、病院の相次ぐ廃院が報じられたのは2025年のはじめごろである。
過去10年間で吉祥寺駅周辺の4つの病院が病床廃止や診療休止を余儀なくされ、比較的高齢者が多いこの地域で"医療のよりどころ"だった吉祥寺南病院も診療を休止した。その結果、吉祥寺では330床以上の病床が失われ、救急車の搬送先となる病院も消えた。住民の戸惑いは大きく、不安の声が多数メディアで取り上げられている。こうした事態が、過疎の進む地方ではなく東京の人気エリアで起きたため、「いま病院に何が起きているのか」と全国的な注目を集めることとなった。
1970年に建てられた吉祥寺南病院の建物は、現在の耐震基準を満たしておらず、建物だけでなく電気設備も老朽化していたため、建て替えの計画があった。しかし、建築資材の高騰により断念せざるを得なくなり、診療の継続が困難となったことが診療休止の理由である。
この病院にかぎらず、機能を維持するためのコストに対して十分な収入が得られないというのが、現在全国の医療機関が抱える問題だ。長年くすぶっていたこの課題が、急な物価高騰と人件費の上昇によって顕在化したといえる。
医療機関関係者に病院が潰れるかもしれないという現状についてどう思うかを尋ねたところ、インフレによる経営難という問題は大きいものの、「それでも最終的には国や県が助けてくれるだろう」「さすがに病院を潰すことはないだろう」と考えて運営している民間病院が少なくないという印象を受ける、との回答があった。
これは、医療情報システムの構築を専門とし、現在は病院の経営支援にも携わっている方の率直なコメントである。実際に経営支援のため現場を訪れると、多額の設備投資を重ねてきたうえに、物価や人件費の高騰によって運転資金が不足し、経営が苦しくなってさらに借入金が増加しているケースが見受けられるという。
しかしながら、病院経営のトップである院長や理事長には、これまで通りの運営を続けながら金融機関の支援を受ければ何とかなるのではないかという意識が依然として残っていると感じることもあるそうだ。人口減少と医療需要の変化に伴い、病院が淘汰される時代に入ったことを認識する必要があるのではないか、と続いた。
一方、異なる意見もある。公立病院や準公立病院が存在しない地域で医療を担う400床規模の地方民間病院の経営幹部は、「公的病院の代わりとして地域医療を支えている以上、病院がなくなってよいとは思わない。もしそのような民間病院が経営難に陥っているのであれば、国や県、自治体が経済的な支援を行なう必要があるのではないか」と語る。その背景には、首都圏から離れた地方で地域医療のハブとして役割を果たすことの難しさがある。
具体例として、直面している事例を挙げてくれた。億単位の設備投資を行ない病院の主力となっていた治療が、医師の退職によって継続できなくなったというものだ。
10年前に着任した循環器内科の医師は心臓カテーテル治療を得意としており、地域でニーズが高かったため費用をかけて治療環境を整備した。県内のその地域では導入されていない治療であったことから、周辺診療所との連携を強化し、市民セミナーなどで住民への情報発信も積極的に行ない、十分に採算がとれるペースで患者を集めていた。さらに、その医師のもとで治療技術の習得をめざす医師も採用でき、直近6〜7年は病院の"目玉"となる治療として稼働していた。
しかし、予期せぬ事態が起きる。循環器内科のみならず病院全体を牽引していたその医師の出身大学で人材不足が深刻化し、歴史ある大学病院の機能低下を防ぐため上司やOBから強い要請があったこともあり、当該医師は退職し県外の大学に戻ることとなった。一人の医師が退職したことで治療の継続は困難となり、その治療にやりがいを感じていた若手医師や看護師、臨床工学技士も連鎖的に退職。その結果、高額な治療機器は稼働できず宙に浮いた状態となり、病院の収益は低下している。
地域的な必要性を踏まえて導入し、採算がとれると見込んでいた治療が予期せぬ理由で継続できなくなった場合、それを"過剰投資"と判断されてしまえば、地域医療を支え発展させることは難しくなる。
経営幹部は「医師の人事は不確かで予測できないことが起こる。協力先の医局や主力医師のネットワークで医師を集めているケースは多く、医局の人事や主力医師の退職によって他の医師も辞め、これまで可能だった治療ができなくなり、大きな減収につながる例は他の病院でもいくらでもあるはず」と述べた。現在、後任の医師をあらゆるネットワークを使って探しているというが、地方の病院に医師を迎えるのは容易ではないという。
立ち位置が異なれば見方も当然異なり、病院の規模、期待される機能、所在地などさまざまな要因で状況が異なることが、病院経営の評価の難しさである。
前述の吉祥寺南病院は、大手医療法人グループが運営を引き継ぐことが決定し、急性期医療に加えて高齢化に伴う回復期医療の需要に応えるべく、300床規模の病院整備が計画されている。武蔵野市も「吉祥寺地域の医療体制の整備に関する支援方針」を発表し、新病院の開設に際して市有地の活用や都市計画の変更を検討するなど、支援策で後押しする方針を示した。
順調に再建が進むと思われた矢先、この計画に対し、武蔵野市が属する北多摩南部の「東京都地域医療構想調整会議」で、当該医療圏における病床数の過剰や医療人材不足が問題視され、周辺病院への負の影響が懸念されるとして、計画の見直しを求める意見が多く出された。
国が推進する「地域医療構想」とは、厚生労働省によれば「中長期的な人口構造や地域の医療ニーズの質・量の変化を見据え、医療機関の機能分化・連携を進め、良質かつ適切な医療を効率的に提供できる体制の確保を目的とする」と説明されている。
吉祥寺南病院の再建計画は武蔵野市にとって必要である一方、二次医療圏といった地域単位で考えると、将来的な医療需要に合致していないとも判断されることになる。人口減少と超高齢社会の進展に伴うこれからの病院経営は、病院単体で資金調達すれば解決できるという単純なものではなく、地域全体に極めて大きな課題を突きつけている。さらに、日本の医療全体が"これまでどおり"では通用しない大きな転換期を迎えているといえる。
更新:03月28日 00:05