2026年03月06日 公開
2026年03月10日 更新

「ゾンビたばこ」のニュースが喧伝される一方でメディアが報じない、最も深刻な若者の薬物依存症とは? 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部部長の松本俊彦氏に話を聞いた。
――2026年1月、米国のトランプ大統領が南米ベネズエラに対して大規模な軍事攻撃を行ないました。理由の1つに、麻薬撲滅が挙げられています。どうご覧になっていますか。
【松本】薬物依存の問題を考える際に、かつての帝国主義が世界にもたらした傷痕を忘れてはいけないでしょう。南米の人びとが依存症や麻薬ビジネスに関与する現状について、元をたどればアングロ・サクソンの植民地政策に根があります。
大麻はもともと中央アジア~北アフリカで使われていたものが、奴隷貿易の時代にアフリカから中南米へ持ち込まれ、サトウキビ畑で働く労働者が疲れを癒すために使うようになったものです。
宗主国側も、奴隷がよく働くように使用を認め、その後、中南米で嗜好品として文化に根付きました。
ちなみに、コロンブスの往来を契機として、もともと新大陸の先住民族の風習であったたばこがヨーロッパ社会に持ち込まれた際、コカインも一緒に持ち込まれたのです。
ところが、たばこがたちまちヨーロッパ全域、さらにはアジア全域にまで広がったのに対し、少なくとも統治期の時点ではコカインは不人気で、ほとんど広まりませんでした。依存性という点では、コカインよりもたばこのほうが勝っていたのでしょう。
さらに、サトウキビをはじめバナナ、コーヒー豆など国ごとに単一の産品をプランテーション(大農園)の畑でつくらせることで、中南米にモノカルチャー経済が浸透してしまい、多様な産業振興を阻んできた側面もあります。結局、若者たちは生活するためにはコカインの密売をするしか手がなかったのです。
そして、中南米で生産されたコカインの8~9割は、米国内で消費されています。
米国がコカインに対する厳罰政策をやればやるほど、末端価格は上昇し、密造・密売組織が儲かる仕組みです。それで、ますます中南米の人たちはコカインビジネスから離れることができなくなってきたわけです。
トランプ政権がこうした点に背を向けるのは、結局のところ、自分たちの文化に根を張った習慣は認めるけれども、他の文化は認めない、というキリスト教的自文化中心主義が背景にあるわけです。
麻薬撲滅という一見、説得力をもつスローガンの背景に、帝国主義・植民地時代から現代へ至る人種差別と分断が隠されている点は見逃せません。
嗜好品への迫害は歴史上、差別や排外主義と結びつきやすい。たとえば米国におけるコカインの生涯使用経験率を見ると、有色人種と白人のあいだに大きな違いはありません。ところが、刑務所に収監されている使用者の率は圧倒的に有色人種が高い。
――なぜでしょうか。
【松本】理由は2つあります。1つ目は、白人に比べて有色人種が警官の職務質問を受けやすいこと。2つ目は、量刑による差別です。発端は1986年、麻薬撲滅を目的に制定された反麻薬乱用法にあります。
同じコカインでも、白人が吸うパウダー(粉末状)コカインより安く効き目があり、有色人種が嗜好するクラック(結晶状)コカインにはるかに厳しい量刑が科せられたのです。
国内で有色人種への差別や迫害を放置しながら、国外には麻薬撲滅という美辞麗句を発信するトランプ大統領の姿勢は、したがって米国のダブルスタンダードといわざるをえません。
――他方で日本に目を転じると最近、若者が「ゾンビたばこ」に依存している、という報道があります。いったい何のことでしょうか。
【松本】ゾンビたばこと呼ばれるものの実体はエトミデート、麻酔薬の一種です。沖縄で問題になって東京に上陸した、という話は私も聞くものの、現時点までのところ、薬物依存症の外来では1人もゾンビたばこの患者に会ったことがありません。
――えっ?
【松本】実際に使用した、という例にもお目にかかったことがない。じつに不思議な現象で、実際のところ、ゾンビたばこの依存症はさほど大きな規模ではないのではないか、と私は見ています。
理由は、危険すぎるから。漂白剤の依存症患者がいないのと同じで、通常のたばことはまったく別物なのです。
むしろ若者たちのあいだで蔓延し、深刻な健康被害を引き起こしているのは、誰が何といおうと、後述するように、圧倒的に市販薬です。
同じように、大麻依存症の患者も増えていません。マスメディアでは近年、若者たちのあいだで大麻乱用が蔓延しているとさかんに報じています。実際、大麻による逮捕者も急激に増加しています。しかし、それに見合った大麻依存症患者の増加は見られていないのです。
おそらく大麻に手を出す人は増えていて、それで逮捕される人も増加しているのでしょうが、依存症になる人は多くはないのだろうと思います。その意味で、そこまで厳しく罰し、ただでさえ少子化が進むなか、若者たちを「前科者」にする必要があるのだろうか、と思うことがあります。
ともあれ、ゾンビたばこに関する報道は、薬物依存症の臨床現場からすると現実と乖離していて、何かことさらに煽る意図があるのだろうかと訝く思います。
――不自然ですね。
【松本】昔から悪玉とされるコカイン、大麻、オピノイド(阿片類)は現在「依存症のリトル3」と呼ぶべきもので、覚醒剤依存の患者も激減している。
やや穿った考え方かもしれませんが、ゾンビたばこや危険ドラッグの例を針小棒大に報じるのは、他の本質的な問題から目を逸らさせるためではないか、と私は見ています。
――本質的な問題とは、いったい何でしょう。
【松本】感冒薬(風邪薬)や鎮咳薬(咳どめ薬)、睡眠薬など市販薬のオーバードーズ(過剰摂取)です。
2000年代以降、精神科の医療機関が国内で増えると、薬物依存はたんなる犯罪ではなく「病」である、という認識が生まれはじめました。
依存症の歴史を見ると、当初は意思の欠如あるいは犯罪の問題として捉えられてきました。アルコール依存を例に取ると、たとえば1920年代の米国は、アルコールを犯罪と見なして禁酒法を制定しました。
しかし取り締まりを厳しくするほど闇価格は上がり、ギャングのアル・カポネが台頭するなど、密造酒の販売業者が潤ってしまった。
1980年代後半に旧ソ連のミハイル・ゴルバチョフ書記長が行なった反アルコール・キャンペーンも同じく密造酒の横行を生み、失敗に終わりました。帝政ロシアが革命で崩壊したきっかけの1つも、1914年に酒の生産・販売を禁じた皇帝令にあるといわれます。
このように、アルコール依存を犯罪として取り締まり、排除しようとしても実効性がないことに気づき、病気として取り扱うことで、ようやく前進を見た経緯があります。
1980年代のキャンペーンCM「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」を契機として、「薬物を使った者はもはや人間ではない」と見る依存症患者への差別と断罪の意識が強まり、薬物依存症患者に対するスティグマ(烙印)は、一般の人びとだけではなく、精神科医療関係者のあいだでも強まっていきました。
しかしその一方で、精神科クリニックの増加や一般の精神疾患に対する啓発活動により、精神科受診に対する心理的抵抗感は減じていきました。
おかげで、多くの国民が精神科治療薬を服用するようになりましたが、その副作用として、精神科処方薬の依存症患者が増加したのです。これは2000年ごろから増加し、2010年ごろにピークを迎えました。
そのころより、精神科医のあいだでも、患者に漫然と与える抗不安薬や睡眠薬が新たな依存症を生んでいるのではないか、という意識が生まれ、依然として事態は軽視できない状況ではあるものの、さらなる悪化はしていない感じではあります。
そして2010年代後半以降、若年層のあいだで劇的に増えたのが市販薬の依存症です。親の扶養下にある未成年者は、保険証を自由に使って薬を入手できない。さらに「捕まらない薬」として、合法であるドラッグストアの市販薬に手を出すようになりました。
背景の1つには、ドラッグストア業界の急成長があります。2025年度の国内売上は9兆円を突破(『ドラッグストア白書2025』より)。アルコールを含めたすべての飲料市場が約8.5兆円(5.3兆円+3.2兆円)ですから、いかに巨大な規模かがわかります。実際、新規開業店舗数は前年比1000~1500店前後増というすごいペースで増えています。
さらに、政府が推進するセルフメディケーションの政策が、この流れに拍車を掛けています。
セルフメディケーションとは、「自ら健康に責任を持ち、軽い体の不調は自分で手当てをする」(WHO=世界保健機関による定義)ということを意味しますが、現在わが国ではセルフメディケーション推進議員連盟(セルメ議連)もあり、OTC(Over The Counter、医師の処方箋がなく薬局・ドラッグストアで買える市販薬)を控除するセルフメディケーション税制の対象拡大、恒久化をめざしています。
2025年5月には改正薬機法が参議院本会議で成立し、 コンビニエンスストアでの市販薬販売が可能になりました。さかのぼると2014年、薬事法の改正により一般医薬品(第1類、第2類、第3類)がインターネット、電話で販売可能になりました。
この規制緩和に伴い、乱用リスクの高い市販薬について販売個数の制限が加えられるようになりました。
それにもかかわらず、市販薬の乱用が増えているのはなぜか。単純な話で、ドラッグストアが増えているからです。「1人1箱まで」の薬を複数店回り、購入すればよいわけです。
これだけドラッグストアが増えれば、市販薬の乱用が増えるのはむしろ当然です。とりわけ、女性に多い。
――なぜ女性に多いのでしょうか。
【松本】男性の場合、ストレスを感じたときや眠れないとき、お酒を飲んで現実を忘れようとする人が大半です。女性のほうがより現実的で、ドラッグストアに行って市販薬を買う、という具体的な選択を取る傾向があります。
また、女性の最大の関心事はなんといっても「ヘルス&ビューティ」なので、ドラッグストアへの親和性が高い。とくに10代の女性にとって買い求めやすい、比較的安価なコスメ用品がいちばん揃っているのはドラッグストアです。
彼女たちは、そこで容姿のコンプレックスを解決するとともに、市販薬で心理的苦痛を解消しているわけです。
しかし、親からの虐待や級友からのいじめなど、薬では解決できない現実的問題を解決しなければ、その効果は一時的です。市販薬のオーバードーズばかりがエスカレートしていく結果となってしまうわけです。
私たち国立精神・神経医療研究センターが行なった「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」(2024年)では、市販薬の依存症患者の約9割(89%)が女性であり、過去1年以内に自殺・自傷経験のある人が同じく約9割を占めます。
ご存知ない方も多いかもしれませんが、日本の若年層の自殺は増え続けています。世界における10代の自殺者数が減少傾向にあるなか、日本では顕著に増えている。とくに深刻なのは、中学生と高校生の女子です。
自殺の疫学については、世界の多くの国で共通する「ジェンダー・パラドックス」という現象があります。自殺者を既遂者と未遂者に分けると、自殺既遂者は男性が、未遂者は女性が圧倒的に多い。
ところが現在の日本の中学生・高校生はジェンダー・パラドックスが当てはまらず、自殺既遂者・未遂者ともに女性が多いのです。
筑波大学の太刀川弘和教授が、厚生労働省と文部科学省、総務省、経済産業省のマクロ統計データを集計し、10代男女の自殺と相関が高い指標を調べた調査があります。
10代女性の自殺者数と最も高い相関(相関係数0.78、1に近いほど相関が高い)を示したものの1つがOTC医薬品、すなわち市販薬の年間販売額でした。
この調査は、両者の直接的な因果関係を示したものではありません。ただし、自殺リスクの高い10代女性が市販薬を使っている、あるいは、市販薬でつらい気持ちを紛らわせている、という意味では関係があるといえます。
さらにいえば、市販薬のオーバードーズによる酩酊のなかで衝動性が高まり、高所からの飛び降りや縊首に及んでいる現実があります。
いずれにせよ日本の若者たちがいま、過去にないほどの生きづらさを抱え、自殺に追い込まれているのは間違いありません。
――若者たちの薬物依存に向き合うには、どのような姿勢が求められますか。
【松本】2025年、厚生労働省のキャンペーン動画「OD(オーバードーズ)するよりSD(相談)しよう」が「薬物問題を軽く見ている」として炎上し、削除されました。
2017年以降、学校現場では年に1度、SOSの出し方を学ぶ教育を行なっています。にもかかわらず自殺者が増えているのは、結局のところ子どもが必死で出したSOSを大人の側が受け止めておらず、失望した子どもが自死に至っているから。オーバードーズを告白すれば、停学や退学の恐れもあるわけです。
「正直にいえば怒らない」といって、SOSを出すと罰せられる。二枚舌が社会全体に満ちているのです。
「ODするよりSDしよう」などという能天気なダジャレを考える大人の浅はかさを、子どもたちは完全に見抜いている。大人たちに絶望し、大人に相談するより「薬は裏切らない」と感じてオーバードーズに至るわけです。
信用を失っていることを自覚し、反省して若者と接する態度が求められるでしょう。
――依存は「意思の弱さ」ではないのですね。
【松本】薬物依存症患者さんの多くは、他に頼るものがない人間が「溺れる者は藁をもつかむ」の諺どおり、藁にもすがる思いで最初の薬物使用をしています。
平穏に日常を生きる人からすれば、藁(薬物)などゴミ同然であり、捨て置くべきものです。
しかし周囲に1人も助けがおらず、水に落ちてもがいている状況から見れば、たとえ藁1本でも希望になります。藁を求める欲求が、他の状況に置かれた人と比較にならないほど増幅されているのです。
だからこそ、ひとまず楽になれる唯一の支えとして薬物に手を伸ばしてしまう。これは薬物だけでなく、リストカットでも同じです。
溺れて死にかけ、藁への欲求が数十倍に高まった人が同じ程度、意思の力を高められるのか。人間としては無理、といわざるをえません。
意思ではいかんともし難い、病的な水準に置かれた人に対して「意思を強くもちなさい」「絶対に駄目」と頭ごなしに叱る人は、まず相手の置かれた環境に想像力を発揮していただきたい、と思います。
更新:03月10日 00:05