2026年03月09日 公開

人口減少のなかで、地域医療はいかに持続できるか。多拠点の地方で勤務しながら、現場のあらゆる課題解決に取り組む現役医師の日下伸明氏に話を聞いた。
※本稿は、『Voice』2026年2月号より加筆・編集した内容をお届けします。
――日下さんは現役の医師として診療経験を重ねるかたわら、2024年、地域医療に対して新たな価値を提供することをめざしてFLOCALを起ち上げ、現場の課題解決をサポートしています。とくに地方の医療課題について、現場でどのように実感されていますか。
【日下】医療分野にかかわらず、経営資源を構成する要素として「人、モノ、金、情報」が挙げられますが、地方の病院ではこのどれもが不足しています。
人手不足については、居住環境が大きく影響しているでしょう。たとえば、若いうちに「田舎に行こう」と思い立って移住しても、娯楽がなくて寂しい思いをしてしまったり、子どもが生まれるとベビーシッターを探すのにも苦労してしまったり、その後の教育環境が懸念材料となったり。生活の利便性を考慮すると、病院についても地方の場合は勤務先として選ばれにくいのが現実でしょう。
じつのところ、一人前になるまでの過程で、地方の基幹病院で研修するのは素晴らしいことだと私は考えていますが、一方で都市部の病院で経験を積むことを求める人もいて、もちろんそうした選択自体は否定できません。
さらに言うと、最近の若い人はキャリアの多様性を重視する傾向がありますが、医療職はそもそも専門性が高く、ある意味では多様なキャリアを積みにくい業界です。それに加えて地方で働くということになれば、どうしても制限が増えるので、医療人材が偏在してしまうのは無理もありません。
「モノ」について言えば、地方の病院は往々にして設備投資が難しく、施設が老朽化したり検査機器などの改修が追いつかなかったりしています。医療器具は高額なのでできるだけ安く仕入れたいところですが、病院や自治体によっては業者と交渉するノウハウに乏しいこともあります。
DXの遅れも指摘されますが、それにしてもお金がかかる。また、職員も高齢化していて、「電子カルテ」に変えたとしても扱いに慣れず逆に時間がかかってしまうことがあるし、患者の質問にAIが回答してくれるシステムを導入しても、結局は看護師が患者と直接話したほうが早いケースも珍しくない。
このように環境を変えにくい状況があるため、なかなかDXに踏み切れない病院も多いのです。マイナ保険証の導入のように、国の強制力があれば広まるのですが、そうでない以上は簡単ではありません。
三つ目の「金」に関しては、国自体が高齢化に伴い医療費を抱えられなくなっているいま、地方自治体も同じ状況です。公立病院の赤字はかねてより問題視されていますが、とはいえ地方の病院は都会に比べて患者の数が少ないので、構造的に収益を上げにくい。さらに救急科や小児科、産婦人科はさらに患者が限定されるので、より採算がとりにくい。なかには赤字を減らしたいがため、それらの診療科を閉じてしまうことがありますが、本来の公立病院の役割は民間病院が収支的に難しい医療を提供することのはずでしょう。
以上の三つに加えて、地方の病院には「情報」も不足しています。自治体や病院同士の連携が不十分で、隣の病院が何をやっているかが意外と知られていなかったりする。学会などの場では医療従事者同士で情報交換できますが、地方の病院に勤める医師にとっては、その機会さえ限られています。学会が開かれる病院は中心的な地方都市であり、たとえばアクセスの悪い山間部や離島の病院の医師が交通費や時間をかけて、しかも病院を空けて赴くかと言えば難しいでしょう。
もう一つ、公立病院では十分な引き継ぎが難しいことも問題として浮上しています。3年で職員が変わってしまい、しかも4月1日の転勤の辞令が出るのが3月20日ということもある。これでは現場として引き継げることは限られてしまいますよね。
――地方の医師不足を助ける制度として、医学部の地域枠入学制度が2008年に始まりました。該当都道府県内で大学卒業から9年間以上従事するという要件を課しています。
【日下】私個人としては、一定の効果があると評価しています。大学卒業後の9年間、その地域に残ってもらうことは「医療過疎」を救う一助になるでしょう。問題点は、大学卒業後の9年間を働き続けてもらうための取り組みが、大学ごとにかなり異なるため、必ずしも全都道府県で機能しているとは言えないことです。
個人的に疑問に感じるのが、縁もゆかりもない土地の大学に、入りやすさや金銭的理由などで地域枠入学制度で入ったとして、ルーツのないその地域にどこまで定着できるものでしょうか。「一度決めたことなんだから、その地域に居続けることは当たり前じゃないか」という議論もあるかもしれません。
でも実際に、その決断をするのは高校卒業の18歳ごろのことですよね。そのときの選択で、その先の大学卒業後9年間までのキャリアを決めるというのは、かなり難しいことではないでしょうか。
大学には地域枠入学制度について入学前にきちんと説明したり、地域医療体験などの工夫を行なってもらい、さらに入学した人たちが「この地域に居続けたい」と思えるような取り組みをして、卒業後もキャリア相談や結婚出産などの相談や支援を行なうなどの工夫が必要でしょう。たとえば大学生活を大学のなかだけで過ごすのではなく、他職種や飲食店との交流を促すなど地域に愛着をもってもらうことも意外と効果的かもしれません。
地域枠入学制度は2008年に本格化し始めたので、医学部の6年間、そしてその後地域の病院で9年間働くということは、2023年にようやく最初の義務年限を終えた人たちが出てきたことになります。効果があるか否かについては、これから本格的に検証できるでしょう。いずれにしても、内発的にその地域で働いてもらう発想が求められるはずです。
――公立病院が多くの赤字を抱えているなかで、厚生労働省としても「病床数適正化支援事業」などさまざまな支援に取り組んでいます。「病院の赤字」について、現場ではどのように認識されているのでしょうか。
【日下】そもそも診療報酬にも課題がある前提として、赤字を抱える病院が十分に経営努力しているのか、改善の余地がある場合が多いのではないか、と感じています。たとえばよくあるのが、地域のサイズに合わない病院運営をして、その地域の人口が少ないにもかかわらず、複数の医療機関で急性期医療(病気の発症から回復期や亜急性期に移行するまでの期間における医療)を拡大してしまうこと。
また、「患者が来るのを待つもの」というスタンスで、病院に来てもらうための広報活動が足りないケースも見受けられます。病院からもっと積極的に自分の病院の使い方を伝えるようなアプローチがあっても良いのではないでしょうか。
人材配置の難しさもあります。看護師は看護配置基準によって、入院患者13人に対して1人以上、10人に対して1人以上などと決められていますが、「できるだけ減らせばよい」というものではありません。また、公立病院の職員は自治体に準じた年功序列の給与制度であることも、人件費率の高さに影響しています。
ただ先ほども述べたとおり、公立病院の役割は公益性の担保のはずで、営利企業や民間病院では手を出しにくい分野を受け持っている結果、赤字になっていることもあるでしょう。満床近くで運営して、人件費をギリギリまで削ったとしても、赤字が消えないこともある。こうした議論を突き詰めると、「赤字病院が悪くて、黒字病院が正しいのか?」という疑問にたどり着きます。
少なくとも私は、経営状況だけで病院の機能を見ることは正しくないと考えています。もしも病院が、自分たちが生き残るためだけの戦略をとるならば、入院が長引きそうな患者を「断る」選択につながるでしょう。でもそれでは、地域に本当に必要な医療が担保されないですよね。
とはいえ、もちろん病院の赤字が続いて、結果として地域に必要なはずなのに不採算部門になりやすい診療科を閉じることになってもいけませんから、その塩梅が難しいのです。
――地方の場合、病院へのアクセスが障壁となっている側面はないでしょうか。医療機能をふくめて、町をコンパクトにしていこうという国の計画もあります。
【日下】地域の公立病院の赤字の問題に対しては、「医療機能を集約して対処すべき」とよく言われます。たしかに、リソースが分散していると効率やパワーが落ちますから、ある程度の集約は必要でしょう。A病院とB病院で同じ循環器科の先生がいたとして、それぞれの病院で2人ずつが疲弊しながら診療していたのが、一つの病院となって4人で余裕のあるシフトを回しながら診療できたら現場の負担を減らせます。
しかし問題は、「どのように集約するか」を十分に考えないと、必要な機能が担保されなくなってしまうことです。A病院に循環器科のリソースをすべて移したとき、それまでB病院で診てもらっていた患者の対応にも考慮を要します。
現在、一つの理想論として、機能ごとに医療の拠点をわけることが考えられています。たとえば、重篤な疾患への医療機能を一箇所に集めたうえで、その治療が終わったあとのリハビリや地域包括ケアについては別の箇所で行なうというもの。この場合、各拠点のあいだで患者の情報が正確に管理・伝達されるというのが、集約化の前提となります。
とはいえ、医療リソースの集約は、現場としては簡単ではありません。病院ごとに構造が異なりますから、「なんで一緒にならなければいけないんだ」という感情にもなりやすい。
また各地の病院を支援していて感じるのが、もしも集約を進めるならば、自治体や病院の歴史的背景も大きく影響するということ。長い歴史のなかで、もともと関係がよくない自治体同士もありますよね。あるいは地理的にも、患者にとってそれまでより1時間以上病院が遠くなるなどの事例にどう向き合うかも課題です。
また、高齢化のなかで、急性期医療から地域包括ケアに力を入れていく病院も少なくないのですが、それまで急性期医療に従事してきた医師がすぐに回復期医療を担当できるかと言えば、それはやはり難しい。
さらに言えば、医療専門職は一般的に専門性が高い職業なので、「この仕事をやめて新たな働き方をしてください」ということも難しい。そこで必要になるのは、医療者たちの仕事を調整する「ファシリテーター」のような役割の人間です。
しばしば「人口何万人以下の自治体同士は病院を一つにすべき」「黒字の自治体に集まればいい」などと言われますが、そんなに単純な話ではありません。そして、あまり論じられていないのが「統廃合した病院の結果」です。実際に調査すると、「それまで上手くいっていない」病院同士が合併するので、相当工夫して病院機能や運営の中身を検討しないといけない。残念ながら結局のところ実態が変わっていない事例は珍しくありません。
――そのほかにも地域医療をめぐる課題はありますか。
【日下】医療従事者以外への情報提供が足りていないように思います。たとえば地域の住民が「自分たちの町にも救急科や小児科、産婦人科が必要だ」と訴えたとき、その自治体の首長は次の選挙に勝とうとして「病院を建てよう」と言い出すことがあります。でも、病院を建てれば地域財政は逼迫しますから、はたしてどれだけ優先するべきなのか。住民に対して医療に関するさまざまな学びの機会を提供したうえで、自治体にとって何が適切な意思決定なのか、議論されるべきでしょう。
医療従事者へのキャリア支援にも、改善の余地があります。じつは、医療職はほかの仕事に比べて、組織のニーズと個人のニーズが合致しにくい特徴があります。たとえば、「将来在宅医療に関わりたくて患者さんのケアを学びたいけど、人手不足の手術室での勤務を強いられている」という場面があり得ます。
また一般企業であれば一対一の面談や希望の働き方を尊重する工夫などを通して社員のキャリアを支援すると思いますが、そうした手法は医療の世界ではそれほど浸透していません。医療従事者に対するキャリア支援を、業界として真剣に考えなくてはいけない時期に来ているのではないかと思います。
――日下さんを含む現役医師3人は株式会社FLOCALを起ち上げ、現場に医師として入りながら、経営支援を行なっています。ここまでお話しいただいた医療業界の課題に直面したことが、会社を立ち上げた背景にあるのでしょうか。
【日下】3人とも地域の医療現場を経験するなかで「これでは日本の医療がよくなっていかない」というもどかしさを感じていたんです。とくに痛感したのが、問題を解決する際にはハード面だけでは決して変わらないということ。
たとえば、現場で人が足りないからといって派遣で人材を補充したり、「何床まで埋めよう」などの数合わせのアドバイスをしたりするだけでは、根本的な問題の解決につながらないのです。ソフト面での丁寧な改善意識が重要ではないか、という問題意識を抱きました。
また、どうしたら人材が地域に定着するのかを考えたとき、たしかに待遇面も重要ですが、定着する人には「ふるさと意識」がある、ということに気がつきました。結局のところ、「この地域に貢献したい」「相性がいい」と思っている人たちが残る事例を多く見受けました。そうした気持ちを思い出したり抱いてもらったりするために何かできることがあるのではないか、と思いました。
また、医療について学んだことのない医療従事者ではない人が病院の経営を改善しようとしても、見えない部分がたくさんあります。一方で、医療従事者であるわれわれであれば、広報や経営の専門家と連携しながら、「外からの風」を適切に取り入れてもらうことができるのではないか。FLOCALの「F」は、「ふるさと」の頭文字と、流れを意味する「FLOW」の頭文字から来ています。
――FLOCALには首長や病院経営者からよく声がかかるとのことですが、どのような点を評価されていると思われますか。
【日下】病院をサポートしていて感じるのは、首長や病院経営者などのリーダーたちも、じつは孤独を感じている、ということ。そこに対して、医療の視点に加えて経営や地域全体への視点などをもったわれわれが、リーダーに伴走している点を評価いただいているように感じています。
具体的には、「病床を何割にしたい」などと決めた際に、「同時に、現場を見てみると、ここの業務改善も必須ではないですか」などの現場目線をふまえた改善点を院長に伝えるなど、対話を促進しています。
また、その土地の人間ではないからこそわかる地域の良さも、広報戦略に活かすようにしています。地域に住んでいる人は「(うちの町には)何もないよ」と言いがちですが、土地の魅力は意外と外の人のほうが気づくこともあるのです。
そのほかの取り組みとしては、病院と地域をもっとつなげようと、「病院祭り」を開催した病院もあります。たとえば昨年(2025年)11月には、千葉県鴨川市の鴨川市立国保病院にて、第二回「鴨国病院祭」を開催しました。病院長はもちろん、首長や議員、市の職員、さらに市民や子どもたちが参加して、健康講話のほか、スタンプラリーなどで交流しました。地域と医療のつながりを深められたのではないかと思っています。
――将来的に、日本の地域医療はどのようになっていくことが望ましいでしょうか。
【日下】人口が減少するなかで、すべての地域が盛り上がっていく、ということはどうしても想定しにくいでしょう。それよりも、いかに持続可能な体制をつくれるかが大事だと思っています。その際、医療機関が突然閉院しないような医療体制を整えるのも重要ですが、それ以上に公立病院を抱える自治体としての方針、そして居住環境や教育環境などが連関すると思っています。
医療では、「アドバンスケアプランニング」という概念があります。これは、もしものときのために、自分が望む医療やケアについて前もって家族や医療・ケアチームなどと繰り返し話し合う取り組みのことです。つまりは「残りの時間をどう生きていたいか」を考えることで、「抗がん剤を使って、人工呼吸器もつけて、できるだけ延命したい」という人もいれば、「ここまでもう頑張ったから静かに過ごしたい」という人もいます。
この考え方は、「消滅可能性自治体」と指摘される地方にも応用できるのではないでしょうか。地域について客観的なデータを現実的に判断し理解していただくことに加えて、「皆が何を望んでいるのか」を対話しながら、地域や医療体制をつくることも重要な視点ではないかと思います。
また、世の中には「病気でないこと」が正義であるかのような考え方がありますが、物差しは一つではありません。たとえば、「タバコを吸っていて肺がんになったけれど、タバコは生きがいだよ」と幸せに生きている人もいるわけです。それと同様に、地域の人びととの対話を通じて、一つの尺度ではなく「全体的な幸せ」を見つけること。それが持続可能かつ幸せに生きられる日本社会への第一歩ではないでしょうか。
更新:03月09日 00:05