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「里山スタジアムは聖堂である」岡田武史氏の地域コミュニティ再生に寄せる思い

2025年11月28日 公開

岡田武史(FC今治会長)

岡田武史

2025年8月、愛媛県今治市を舞台に、次世代リーダー候補が集うワークショップ「Bari Challenge University」が開講された。これまで計7回、若い世代の成長と新たな挑戦の場づくりに取り組んできたプログラムだ。本稿では、主体性と自主性の違い、FC今治の本拠地がもつ意味を、岡田武史氏に聞いた。

※本稿は、『Voice』2025年11月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

遺伝子にスイッチを入れる

――16歳から28歳まで広い世代に、次世代リーダー育成プログラム「Bari Challenge University」(BCU)の参加を募った理由は何でしょうか。

【岡田】 高校生も参加できるようにしたい、ということと、大学生にとどまらず、社会へ出た人が加わったほうが多様なメンバーで新しい発想が生まれる、という狙いありました。ただしあまり年長者が入ると、上から目線の意見でチーム内にギャップが生じてしまう、という点も考慮しています。

――BCUのプログラム初日には、なんと「FC今治高校生徒によるオリエンテーション」がありましたね。

【岡田】 「今治にあるコミュニティを知る」というテーマを企画して各地域を案内、紹介してもらいました。FC今治高校里山校の生徒は日ごろから地域のコミュニティと接して活動しているので、ごく普通のことです。なかには参加者側ではなく、BCUの運営サイドを手伝っている生徒もいますよ。

――それはすごい。1点、気になるのはインターネット・SNSが当たり前のデジタルネイティブ世代に特有の「ネットに頼ってしまう」懸念です。

【岡田】ネットを利用することは悪いことではないし、もう避けて通れないと思っています。
また、2024年に開校したFC今治高校里山校には、野外体験教育のカリキュラムがあります。たとえば、お遍路。「四国巡礼チャレンジウォーク」と題して1年生から2年生、3年生がタスキをつなぐようにリレーを行ない、各年400km、計1200kmを歩く旅です。

このように、野外体験を通じて生きる力に目覚める経験を、われわれは「遺伝子にスイッチを入れる」と呼んでいます。

われわれ人類には、氷河期や飢饉など絶滅の危機を生き抜いた祖先の遺伝子があります。便利・安全・快適な現代の生活から離れ、生存本能を起動させることで、AIもITも関係なく、自分の力で道を開く力を身につけてもらいたい。

たしかに人間には絶滅へ向かいかねない愚かさがあります。たまに噓をつくし、悪いこともする。かといってAIにすべてを委ねて人類をコントロール下に置いたら、この社会から自由は消えるでしょう。いま、われわれ人類がどのような道を歩むかの選択が問われている。

こうした話を生徒にすることで、高校生のうちから危機感と主体性をもってもらおう、と考えています。

 

主体性と自主性は違う

【岡田】BCUについては毎年、運営や参加人数、期間に関してさまざまな変遷がありました。われわれが事業として利益を得られるわけではなく、スタッフの負担も決して少なくない。持ち出しを重ねるわけにもいきません。

スポンサーの支援をいただきながら、やれる範囲でどこまでできるか、試行錯誤を重ねています。参加者への負荷が軽すぎて正直、得られた成果が乏しい年もありました。

2025年の今回に関しては、本気で社会を変えるため、地域の現場を自分の目で見て、考え方の異なる仲間と時に衝突しながら、協力して死に物狂いでアイデアを絞り出すことを求めました。「就職に有利かもしれない」という甘い気持ちでは参加できない厳しさが求められます。

――「参加者1人ひとりが自分自身と徹底的に向き合い、主体的に挑戦すること」が開催趣旨に記されていますね。

【岡田】これからは社会に生きる1人ひとりに、当事者意識と主体性がなければいけない。思うに、主体性と自主性は異なるものです。

自主性というのは親や学校、会社が「こうしてほしい」と決めた範囲のなかで自ら動くこと。主体性というのは、めざす行き先も含めて自ら決め、行動することです。決定するのは自分ですから、親や教師、上司のせいにはできません。

われわれはこの国で生きるにあたり、自分の人生を周囲の環境や他人のせいにしてはならない。自ら歩く道を決めることで、はじめて当事者意識が生まれてきます。そのあたりの変化も今回、BCUの開催で期待しているところです。

 

聖堂としての里山スタジアム

――岡田さんが今治を訪れてから、はや十年以上がたちました。現在の心境をお聞かせください。

【岡田】最初は地元の人に全然、相手にしてもらえず「有名人が田舎に来て、ちょっとしたら帰るんだろう」「今治のことをおまえは何もわかっていない」といわれました。自家用車にガムテープでポスターを張って街中を回り、駅前でビラ配りをしても2、3年は駄目で、よそ者扱いでした。

しかし徐々に空気が変わり、「こいつ、まだいる、帰らないぞ」と。転機はFC今治がJリーグに加盟し、J2に昇格したこと。そして最大の変化は、本拠地のアシックス里山スタジアムが完成したことです。

よく布教の条件として、教祖・経典、儀式・教会が必要である、といわれます。里山スタジアムはまさに今治の人びとが集う教会であり、聖堂といってよい。

ご覧のとおり、このスタジアムの周りには壁もフェンスもありません。いつでも、誰でも散歩の途中にでも入ることができる。設計時に「夜中に侵入者が訪れ、芝生の上でボール蹴りをしてスタジアムを荒らされますよ」といわれたけれども、私は内外に「日本一モラルの高いスタジアムにする」と宣言し、地域に対して開く方針を変えませんでした。

さらによく見れば、スタジアム内や周辺にゴミが落ちていないことに気付くはずです。散歩で訪れる人がゴミ袋を持ち、拾ってくださっているんです。自分たちの地域にとって大切な施設だとわかれば、わがものとして綺麗に保とうと思います。われわれのことを認めてくださった証として、誇りに思っています。今治を訪れてから10年間で、大きな変化が生まれています。

プロフィール

岡田武史(おかだ・たけし)

FC今治会長

1956年、大阪府生まれ。天王寺高校から早稲田大学政治経済学部へ進学し、卒業後、古河電気工業サッカー部に入団。80年に日本代表に選出される。現役引退後はチームコーチを経験、97年のフランスW杯アジア予選で日本代表監督に起用され、史上初の本戦出場を果たす。2010年の南アフリカW杯で再度監督に就任、日本代表をベスト16に導く。14年にFC今治のオーナー会社である今治.夢スポーツの代表取締役に就任。24年4月よりFC今治高校里山校の学園長を兼務する。

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