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「プーチンの判断ミス」で国家の危機に...NATOに裏切られた屈辱的な記憶

宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)

クレムリン

ロシアによるウクライナ侵攻を巡っては、「NATOの東方拡大がプーチン大統領の疑心暗鬼を招き、侵攻を誘発した」という見方がある一方で、「プーチン大統領の戦略的判断ミスがロシアを弱体化させる」という分析も存在する。西側の対ロシア外交の成否や、今後の国際情勢に与える影響について、一体何が真実なのだろうか?

本稿の冒頭では、ロシアの情勢について「公式見解」ではない、場合によっては悪意に満ちた分析や陰謀論をささやく「悪魔のささやき」。そして、正統で常識的ながら、往々にしてあまり面白くもない分析や結論をさえずる「天使のさえずり」を紹介する。

天使のさえずりが常に正しく、悪魔のささやきが常に間違っているという保証はない。悪魔と天使の意見が出揃った後、ロシアの現状を著者が詳しく解説し、最善と考えられる解答を示す。

※本記事は宮家邦彦著『トランプ2.0時代のリアルとは? 新・世界情勢地図を読む』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。

 

プーチンの判断ミスで国家の危機に

ロシアはとても悲しい国です。自分たちはヨーロッパの一部だと自負していますが、西欧諸国はもちろん、東欧諸国ですら、心の底ではそれを認めてくれません。歴史的には過去数世紀の間に帝国主義的拡大を続けたロシアも、1991年のソ連崩壊により大きな壁に直面しました。更に、2022年にはウクライナ戦争というプーチン大統領の戦略的判断ミスにより、ロシア国家は重大な試練に直面しています。

 

●悪魔のささやき

①ソ連崩壊後、欧米諸国がNATOの東方拡大を進めたことで、ロシア、特にプーチン大統領の対西側疑心暗鬼が高まり、ジョージアやウクライナへの侵攻を招いた点で、結果的に西側の対ロシア外交は失敗した

②資源大国たるロシアは、エネルギー価格の急騰を背景に、ロシアの天然ガスへの依存を高めている西欧諸国に対する影響力を強めており、ヨーロッパ諸国は対露エネルギー依存から簡単には脱却できない

③プーチン大統領は、ロシアの戦略的脅威がアジアではなく、西方NATO方面から来ると考えており、ウクライナがNATO化する恐れがあった以上、同大統領にウクライナ侵攻以外の選択肢はあり得なかった

④プーチン大統領のウクライナ侵攻を正当化することはできないが、同時に、欧米側にも相応の原因があったことも事実であり、同大統領が侵攻せざるを得なかった背景はよく理解すべきである

 

●天使のさえずり

①プーチンの戦略的判断ミスにより、ロシアの国力の低下は不可避だが、ロシアを過小評価すべきではない

②経済制裁と戦費増大はボディブローで効いてくるので、ロシア経済の低迷とロシア人の人材流出は続く

③第2期トランプ政権誕生によりウクライナ戦争をめぐる国際環境は急変し、ロシアは国際的孤立を回避するだろう

④他方、プーチン失脚でも、ロシアが民主政治に回帰する保証はなく、ロシア民族主義的傾向は続く

 

宮家邦彦氏の解説

①ロシアの地政学的脆弱性

現在のロシアの原型は15世紀のモスクワ大公国でした。ロシアの外敵を防ぐ山脈は、アジアとの境界にあるウラル、中東方面のカルパチア、南アジア方面のコーカサス(カフカス)でいずれも遠く、モスクワの周辺は山や海のない平坦な地形です。モスクワは強力な外敵にあまりにも脆弱でした。こうしたロシアの弱さはロシア人の安全保障観を独特なものにしていきます。

 

②永遠に緩衝地帯と不凍港を求め続けるロシア

13世紀のモンゴル来襲はロシアの危機感を決定付けました。陸続きの国境は脆弱で、100%の安全を確保するためには、敵との間の十分な「緩衝地帯」と、いざという時に海へ逃げられる「不凍港」が必要ということでしょう。その後、モスクワはこの課題を貪欲に実現していきます。

不凍港を目指すロシア

 

③ゴルバチョフの改革はなぜ失敗

ゴルバチョフほど評価の分かれるソ連の政治家はいないでしょう。西側にとっては漸くソ連に誕生した改革派で、ソ連との平和共存を可能にする政治家でした。逆にソ連では西側に過度に譲歩した危険なリーダーであり、共産主義体制そのものを危機に晒す可能性すらあると危険視されました。

結果的にゴルバチョフが考えた改革はソ連システムの延命を図るどころか、逆にその衰退を早めることになりました。そのことを鄧小平を含む同じ共産主義中国の保守派指導者が正確に理解していたからこそ、1989年の天安門事件では民主化を求める学生たちを徹底的に弾圧したのでしょう。

 

④プーチンを大統領にしたエリツィンの功罪

エリツィンがなぜプーチンを後継者に選んだかについては議論があります。1999年大晦日に辞意を表明したエリツィンは、全体主義を脱して明るい未来への期待を抱いた国民に応えられなかったことを自省し、民主主義の原則を守って辞任する旨を述べました。

後継にプーチン首相を指名した理由は明らかにしませんでしたが、それはプーチンが民主主義者だからではなく、生涯エリツィンを刑事訴追から免責することを約束したからに過ぎないと思います。その意味で晩年のエリツィンは、判断力が衰えていたか、もしくは本当の民主主義を理解していなかったのかもしれません。

ソ連ロシアの歴史

 

⑤NATOに裏切られたプーチン

プーチンが大統領に就任した頃、NATOの東方拡大は既定路線となっており、ロシア側にこれを阻止する力はなかったでしょう。しかし、あの時点からプーチンがNATOの東方拡大をロシアに対する潜在的脅威と考えていたことは間違いなく、この屈辱的な記憶が2014年からのロシアによるクリミア侵略に繫がっていったのだと思います。

 

⑥プーチン体制はいつまで続く

ウクライナ戦争の行方次第でしょう。プーチン自身、負けるとは言えないし、負けるとも思っていません。それはゼレンスキー大統領も同様でしょう。しかし、第2期トランプ政権の登場で停戦交渉が動き出す可能性も出てきました。

プーチンはトランプ政権の反NATO・EU感情を最大限利用し、停戦に向け有利な立場を確保しようとするでしょうが、予断を許しません。停戦後プーチンが失脚する可能性は低いですが、仮に失脚しても、ポスト・プーチン時代も国粋的・民族主義的政治家がリーダーになるでしょう。

 

⑦北方領土はどうなる

近い将来、日露交渉の再開はないでしょう。そもそも、ロシアが北方領土を日本に返還するとすれば、それは中国がロシアにとって戦略的脅威となり、ロシアが日米などとの関係改善を本気で考える時だけです。残念ながら、プーチンは対NATO関係に固執する、戦略的判断のできない指導者であり、日露関係の変化はポスト・プーチン時代以降に期待するしかなさそうです。

 

 

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