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Z世代は「消費の主役」 若手社員の不安を煽ってロックオンする企業の目論見

2025年07月17日 公開

舟津昌平(東京大学大学院経済学研究科講師)

Z世代

企業の現場、とくに若手社員をめぐって昨今話題にあがる「不安型離職」。不安の実態と対処法を、書籍『Z世代かする社会』が話題を呼ぶ経営学者・舟津昌平氏が論じる。

※本稿は、『Voice』2024年7月号より、内容を一部抜粋・編集したものです

 

若手社員をめぐる懸念

「Z世代」とよばれる人びとがいる。1990年代後半から2010年代序盤生まれの15~25歳くらいの人びとを指す。Z世代はいろんな意味で「われわれ」と違った人びとだとされており、「デジタルネイティブで創造的」「倫理的な消費を好み人権や環境意識に敏感」などの特性がよく話題にのぼる。

キラキラした印象が語られる半面、「Z世代の採用において気をつけるべきことは何か」「Z世代の部下とどう接してよいかわからない」といった問いが、企業実務の現場から頻繁に寄せられる。未来を担うべく社会問題をつねに懸念する希望の使者たちが、「身内」になった途端に頼りなさを感じさせ、未知のエイリアンのように扱われるのが偽らざる現実であり、不思議な矛盾である。

筆者はそうした若者をめぐる言説をテーマにした書籍『Z世代化する社会』の執筆過程で、多くの「Z世代」に聞き取り調査を行なった。Z世代に対して「懸念」を示す方のほとんどは、実際にZ世代と深い会話をした経験に乏しい。

「利害関係」が生じる上司と部下が腹を割って話すなんて難しく、親子ですら、親子だからこそ知ることのできる範囲は限られている。筆者は経営学者という立場上、教育の現場、就活の現場、そして職場の一端を垣間見ることができる。この「特権的立場」から得た知見を、本稿で共有したい。

 

不安型離職とヨソ通問題

理解を促進するために具体例から始めよう。Z世代をめぐる言説、とくに職場をめぐる話題として「不安型離職」がある。じつは近年、職場の「不満」は改善傾向にある。20年前に比べて、働き方改革の影響もあって残業時間は週5時間程度減少し、入社後3年の間に怒られたことのない人の割合は約10%から25%に急増している(*1)。残業もない、怒られることもない。その他指標でも職場への不満は徐々に減少していて、それは単純に良いことだろう。

しかし、そんな不満の(少)ない職場を、とくに若手社員が離れる傾向があるという。その根拠が「不安」なのだ。曰く、叱ってくれない、不満が少ない「ゆるい職場」は、自身の成長が見込めない職場。そんな職場じゃ能力が伸ばせなくて、自分は他の部署や他社――総称して「ヨソ」――で通用しないという不安をもつようになる。これが不安型離職だという。このヨソで通用しないという不安を抱える問題を、造語ではあるが「ヨソ通問題」と名付けておきたい。

確認した限り、不安型離職とヨソ通問題は2022年の冬に大手メディアで扱われ始め、その後既成事実のように報道が重なり、「対策本」の類もみられるようになってきた。ちなみに主な論者は「Z世代が特有の傾向をもつ」ことに否定的で、不安型離職はゆるい管理・厳しい管理の二元論に陥る上司の問題だとする。そのうえで、Z世代が「成長」を求めることに着眼し、成長実感を与える施策――たとえば副業や外部のキャリアコンサルタントの活用――を促進していこう、と提言する。

率直に、筆者はこの言説に疑問を感じた。筆者が日々触れている若者の多くは、職場がゆるいならゆるいで別にゆるくていいじゃない、と働かないオジサンみたいなことを思っていて、失礼ながらそのような殊勝な「高邁な精神」を掲げているようには思えなかったからだ。いったい何が「真実」なのか。何が起きているのかを突き止めようというところから研究が始まった。

 

不安には根拠がない

一連の議論のキーワードである「不安」は、じつは高名な学者たちが挑んできた難解な概念である。哲学者ハイデガーの『存在と時間』の中心テーマであり(*2)、英ブレア政権のブレーンとして著名だった社会学者ギデンズは「存在論的不安」という概念を呈示している(*3)。

また心理学者の山岸俊男や(*4)、社会学者のルーマンらが主として扱った「信頼」概念も(*5)不安と表裏一体で、同様の性質をもつ。彼らは分野が違うこともあって、まったく同一の概念を論じているわけではない。

しかし彼らの知見には少なくない共通項も見出せる。彼らが遺した豊かな議論を大きく削ぎ落とすことを承知で、不安および信頼の性質――現代社会においても看過できない重要な性質――を指摘したい。われわれがそれら不安や信頼を抱くことに、根拠が要らないという点である。

杞憂という故事成語がある。空(天)が落ちてこないか不安で仕方なくなった人が語源だそうだ。空が落ちるというのも随分と詩的な表現で、多くは呆れて笑うのだけど、はたしてわれわれは「空が落ちてこないこと」をいかに信頼したのだろうか。はっきり言って、根拠はない。

乏しい経験値からなんとなくの蓋然性を感じて、統合的に「それはない」と思っているにすぎない。われわれが不安を感じずにいられることにたいした根拠はない。ましてや昨今取りざたされる「科学的根拠」など、そうそう見つかるべくもない。もし日常の信頼にいちいち科学的根拠が必要ならば、われわれは杞憂にまみれて生きることになる。

何が言いたいのかというと、職場に不安を感じる社員が増えていて、とくに若手社員にその傾向があって、というところまでは事実だったとしても、その不安には何の根拠もないのかもしれないのだ。

 

鋭さを増すビジネスの論理

そしてこの「不安」は、ある種の人びとにとってこのうえなく便利な道具になり得る。ビジネスを営む人びとである。現代では、ますます「ビジネスの論理」が先鋭化し、不安をお金で解決したいという欲求に企業はすぐさま呼応する。そしてZ世代は「消費の主役」と目され、主たるターゲットになっている。

たとえば就活ビジネスのような社会性が高いはずのビジネスにおいても、Z世代の不安を煽ってロックオンする業者が出現している。筆者は、学生に対し堂々と不安を煽る業者を眼前にしたことがある。「隣の友達が内定あるのに、自分がなかったら嫌ですよね。一年生から就活始めましょうね」。

いやいや、不安を商売に利用するのは現代に始まったことではないでしょ、と思う方もいるだろう。たしかにある種の新興宗教などは、信者の不安を利用した集金システムを確立している。しかし、旧来的なそうした「不安型宗教」は、仏教やキリスト教といった伝統的な宗教との関係を喧伝するなどビジネス性を秘匿し、一応は「宗教」の正統性を纏おうとしてきた(*6)。

ところが現代では、宗教、美学、倫理といったオブラートを脱ぎ捨てて、むき出しの営利を主張することがかえって支持を得つつある。YouTuberやインフルエンサーといった人びとの一部が、自分は何万人のフォロワーがいて、いくら儲かって、これだけ高いものを買った(だから偉い)と声高に発信する構図は象徴的である。

 

就活を支配する唯言

さて、このように入社する前の就活から、すでに不安による支配が始まっている。インタビューに真摯に答えてくれたあるZ世代は、何度もこう言っていた。

「私は、コミュ力(コミュニケーション能力)ないので」

そのZ世代は、初対面の筆者との受け答えを一時間半こなし、「これで合っていますか」「こういう意味の質問ですよね」など応答を重ねながらインタビューに応えてくれた。こんな方が、「自分にはコミュ力がない」と言ってしまうのだ。

それが現代の謙譲語なのだとしても、もはやコミュ力に意味内容などないも同然で、言葉がまるで実態を表してはいない。こんな悲惨な状況を、大学やおとなは救ってくれない。それどころか、煽り続ける。

「もはや詰め込み教育など意味をなさない、VUCAの時代を生き抜くには、コミュニケーション能力が必須であり......」。いったいそれが何なのかまともに教えてくれないまま、「コミュ力」だけが上滑りし、空中戦が展開される。これが筆者の見た、就活と学生の現実である。

この様相は、唯言(論)という概念で表現できる。意味内容の呼応しない、ただの言葉が存在を規定するという意味だ。この概念はどうやら一般的ではない。確認した限り、少数の学術文献と(*7)、心理学者の岸田秀とソシュール研究で著名な丸山圭三郎が対談で用いたのが見つかった程度だ(*8)。この扱いの乏しさを勝手に想像するなら、「ただの言葉」がこれほどに社会で猛威を振るうとは、過去の学者も想定していなかったのではないかとすら思える。

言葉が独り歩きするエピソードを挙げれば枚挙にいとまがない。「レジリエンス」に自信がありますと胸を張っていた部下が、注意するとすぐ萎縮してしまう。なんじゃこりゃと思っていたら、そう言っておけとエージェントが教えているらしい、とか。

昨今の就活では「挫折経験」がよく聞かれるらしい。社会人になった(元)学生曰く、「ある面接で挫折経験を聞かれたので、ないって答えました」。一笑に付され、あのね貴方、準備くらいしてきなさいと窘められたそうだ。

「優秀な就活生」は、挫折経験をじつにうまくパッケージして語るというのに。当然面接に落とされたという学生は続けた。「本当に私に挫折経験があるとしたら、親が死んだことなんですけど、それ、聞きたいんですかね」。

秘めておきたい個人的なことも、いかにも「面白く」、「ウケる」ように語ることを強いられる。そうしないと、準備不足と処断されて歯牙にもかけてもらえない。「あのねえ、そんなの面接官もみんな、わかってやってるの。青臭いこと言ってないで、その場だけ演技すりゃいいんだから」。そんな偽悪的なアドバイスも聞こえてきそうだ。

ただ、そうやって繊細なところを見ぬふりできるくらい図太いはずの人びとが、たかが職場がゆるいだけで不安になるというのも、なんだか奇妙な話だ。

いまははっきりした意見をもつ先述の学生も、溜息まじりに漏らす。「でも、一年前の自分じゃそこまで思い切って考えられないですねー。不安ですからね」。上滑りした唯言の世界を生き抜いて、学生は会社に入っていく。しかし、入社まもなく「不安」になり、ゆるい職場に不安を感じて、成長意欲の行き所をなくして、そして会社を離れていく。そんなZ世代に対して、上司や周りは何ができるのだろうか。

 

それは本当にZ世代「だけ」か

ところで、Z世代の不安型離職が増えていると言うのだけど、ゆとり世代や氷河期世代はそうならないのだろうか。上司は無関係なのだろうか。そもそも、不安型離職に関して最も不安になっているのは、じつは会社と上司である。辞められたら困る、と不安が不安を呼び、他者に金銭を払うことで解決を試みる。

不安型離職という概念から真に読み解くべきは、Z世代の「真の動向」でもないし、Z世代をうまくコントロールできるハッキング手法でもない。不安になっている人びとがいるよ、と言われて不安になるわれわれ自身をいま一度省みる必要性を、Z世代化する社会は教えてくれている。

社会における新たな構造や、より人びとを「刺しに」くるモノ――たとえば企業のマーケティング――が生起したとき、若者のほうが先に反応し、呼応し、順応する。だからZ世代をみれば、たったいま起きていることを観測できる。そして結果として見出された社会構造は、若者以外にも決して無関係ではないのだ。

また、不安への対処法も考えておきたい。特効薬はないのだけど(そんな簡単な問題なら、錚々たる学者がこんなに不安を研究するわけがない)、端的には「根拠のない自信をもとう」となるだろうか。

なんだそれ、何の解決にもならないだろうが。呆れた話だ。そう思った方は正しい。そうでしょう、バカバカしい解決法ですよね。でもおそらく、あなたが抱える不安の根拠も同じくらいバカバカしいですよ、ともお伝えしたい。

 

プッシュと仕事:組織がもつべき2つの視点

とは言っても、根拠なく余裕をもってくださいなんて学者じゃなくても言えることではあるので、経営学の視点から二つ提言したい。一つは、製品開発戦略における「技術プッシュ(プロダクトアウト)」と「ニーズプル(マーケットイン)」の考え方である。

要は、企業が製品を世に出すとき、大別して「得意な技術で勝負する」と「市場でウケるものを出す」の二種がある。そして「Z世代には特殊な傾向があるので、それをしっかり学んで対応しましょう」というのは、じつはかなり極端なマーケットイン志向だ。

マーケットイン志向の弱点は、サントリー社が「消費者調査などで生活者の声に耳を傾け真面目にモノづくりをすればするほど同質化が進む」と述べたように(*9)、結局似たような知見しか得られず、他社と差ができにくいことだ。Z世代におもねってニーズを満たせば大丈夫だろう、という弱気すら垣間見える。もっと「自社の良いところを訴求していく」プッシュの姿勢があってよい。

もう一つ、リーダーシップ論の古典であるPM理論(*10)を紹介しよう。三隅二不二が考え出したこの理論では、リーダーシップの要件をパフォーマンス(仕事の管理)とメンテナンス(人間性の配慮)の二軸で捉える。これまた簡潔で使いやすい。そして、現代のリーダーシップは、少なくともZ世代をめぐる言説は、あまりにも人間性配慮に傾倒している。もう少し仕事に注意を払ってもよい。

「Z世代の考えていることがわからない」と嘆く上司の方もいると聞く。考えてみると、よくわからない人だけど仕事はちゃんとしている、みたいな人も職場にはけっこういるはずなのに、相手が若いというだけで妙な不安を抱えているのだ。人間性へのこだわりは少しおいておき、仕事中心の職場観を採用すると、少し景色が変わるかもしれない。

つまり、職場のあれこれを簡単な二軸で捉えたうえで、偏りを自覚し、バランシングを試みる。それだけでも、日本企業が抱える不安は多少なりとも払拭されうるはずだ。まったく新たな解決法を探そうとせずとも、偏りを是正してみたり、会社にすでにあったはずの解決法を探してみたりすることで、不安ななかでも活路は開けるかもしれない。

そしてそれは、若手社員と先輩や上司の、共同作業でなされるものでもあるはずだ。不安がうずまき、ビジネスがそれに拍車をかける社会で、日本の会社も、そこで働く方々も、もっと根拠のない自信をもっていただきたいと切に思う。

 

【参考文献】
*1:古屋星斗(2022)『ゆるい職場―若者の不安の知られざる理由』中公新書ラクレ
*2:M・ハイデッガー(1977)『存在と時間』細谷貞雄・亀井裕・船橋弘訳、理想社
*3:A・ギデンズ(2005)『モダニティと自己アイデンティティ―後期近代における自己と社会』秋吉美都・安藤太郎・筒井淳也訳、ハーベスト社
*4:山岸俊男(1998)『信頼の構造』東京大学出版会
*5:N・ルーマン(1990)『信頼―社会的な複雑性の縮減メカニズム』大庭健・正村俊之訳、勁草書房
*6:清水剛(東京大学)による拙著への書評(東洋経済オンライン)に詳しい。
*7:全在紋(2015)『会計の力』中央経済社
*8:岸田秀・丸山圭三郎・三浦雅士(1984)『唯幻論vs唯言論』はーべすたあ編集室
*9:食品新聞、2024年3月2日 https://shokuhin.net/93852/2024/03/02/inryou/inryou-inryou/
*10:Misumi, J., & Peterson, M. F. (1985). The performance-mainte nance (PM) theory of leadership: Review of a Japanese rese arch program. Administrative Science Quarterly, 198-223.

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