
AIの普及で"仕事消滅論"が叫ばれる中でも、なぜ「ブルシットジョブ」――本人が無意味だと確信しながらも、そうではないと周囲に取り繕わなければならない仕事――はなくならないのか?
本記事では、この問いに対し、鈴木貴博氏の新著『「AIクソ上司」の脅威 2030年、日本企業の序列がひっくり返る』より、書籍『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』の概念を援用した一節を抜粋し、その謎に迫る。
※本記事は鈴木貴博著『「AIクソ上司」の脅威 2030年、日本企業の序列がひっくり返る』(PHPビジネス新書)より一部抜粋・編集したものです。
日本政府が推進するマイナンバーカード事業では、個人情報が他人のマイナンバーカードと誤って紐づけされてしまうという、よくない事例が多数発生しました。
マイナンバーカードと健康保険証の紐づけが同姓同名の別人とつながってしまったとか、マイナンバーカードに紐づけられる銀行口座情報が違うひとに設定されるとか、そのような事象が多数発生してしまったことでメディアは怒り、デジタル庁には国の指導が入りました。
結果としてマイナンバーカードは総点検が必要だとされ、これまでの紐づけ作業を全部チェックするという新しい雇用が生まれてしまいました。
紐づけの間違いの原因は、主にヒューマンエラーにあったそうです。自治体がマイナンバーカードと健康保険証を紐づけする際に入力を間違える場合もあれば、個人が銀行口座を申請する際に、家族全員のマイナンバーカードを世帯主の口座に紐づけてしまったような間違いが起きていました。
個人情報侵害の問題ですから、総点検が必要だという意見はわからないでもないのですが、全部点検するというのは無駄な仕事のように思えます。そもそも大臣が「今後もヒューマンエラーはゼロにはならない」と述べているぐらいなので、エラーが発見されるたびにそれを正せばいいだけなのではないでしょうか。
しかし政府としてはきちんとやっているという取り繕いが必要です。ですから全部点検するという仕事を作り出しているのです。
それに加えて、デジタル庁の仕事に対して今度は立ち入り検査の仕事が発生することになりました。これもブルシットジョブなのかといえば、現実によくないプロセスの業務が行われているのですから、チェックして監査する仕事は重要な仕事ではあるわけです。
『ブルシット・ジョブ』という本に書かれている重要な洞察は、このような出来の悪い公的な仕組みは、その出来が悪ければ悪いほど、周囲の人たちにとっては都合がいいという記述です。
問題が解決しない限り、新たな監査や新たなシステム改修、新たな作業がつぎつぎと嫌になるほど発生するのに応じて新たな雇用もたくさん生まれる分、そこに費やされる税金もどんどん増えていきます。そして、問題が解決すると同時にこのサイクルも終わりを迎えます。
この観点からマイナンバーカードの事例を見直してみたところ、この事例も出来の悪い公的な仕組み問題に当てはまっていることに気がつきます。
そもそもマイナ保険証を導入することとなった背景としては、紙の保険証が年間で約20億件使われていて、そのうちの約500万件が間違いで差し戻しされているという問題があったからです。この問題を解決するために、マイナンバーカードと健康保険証を紐づけるプロジェクトが始まったのです。
つまりこのプロジェクトがうまくいってしまうと、年間500万件もあった間違った申請を処理するための仕事が大量に消滅してしまうことになるのです。税金を払う側の国民にとってはこのプロジェクトが早期に終了した方がいいのですが、関係者側からすると、つぎつぎと問題が起きてプロジェクトが長期化してくれた方が、無職の国民を生み出さずに済むので、政治的に都合のよい状況が続くのです。
この現象を俯瞰してみると、世の中は間違いが起きるほどどんどん雇用が生まれるという仕組みになっていることがわかります。グレーバーはこの点が世界中のブルシットジョブ発生の共通メカニズムにもなっていると指摘しています。
要するに、延々と解決できない社会問題が発生すると、そこに道徳と政治が望む新たな雇用ニーズ(ブルシットジョブ)が出現するというわけです。
そして各国の当事者たちは、こういった問題が長期にわたって解決されないことを望んでいます。国というお金の出し手が無期限・無制限にお金を出してくれる状況というのはとてもおいしいものだからです。
さて、この問題、常に国がお金を出してくれるというわけではありません。
日本では同じ時期にインボイス制度が始まりました。国がルールを変えたせいで、多くの事業者がインボイス制度対応のソフトウェアに買い替えたり、インボイス制度に対応するための新たな仕事が発生したりしました。
しかも、インボイス制度に反対する声が多くあがったことにより軽減ルールという新しいルールができ、また対応を迫られることになりました。このように、巻き込まれる側に請求書がまわってくることも多いのです。
これらはあくまで現象の1つの側面ですが、ブルシットジョブは現代社会では増殖する傾向にあることは間違いありません。
経済学の視点では、資本主義社会で企業が意味のない仕事にお金を使うような現象など、起きるわけがないと考えられてきたのですが、現実には、そこに道徳と政治が絡んでくると意味のない仕事が一定数生まれてしまうのです。
読者の皆さんもお気づきのとおり、このようなブルシットジョブ論を抜きにしてしまうと、AIによる仕事消滅論も未来予測を見誤ってしまいます。AIが業務を消滅させればさせるほど、社会は「クソどうでもいい仕事を生み出そう」と反作用を引き起こすからです。
この問題はIT業界で長く仕事をしている人間(私もそのひとりですが)にとっては、実はなじみ深い話なのです。インターネットのなかった30年前ですら、巨大なITプロジェクトを大企業に売り込む際に、私たちコンサルタントはその効果を定量化して大企業幹部を説得する武器にしていました。
「このシステム導入で、将来的に年間300人分の仕事をシステムに置き換えることができるので、1年間のコストが60億円削減できます」
などと説明していたのですが、その際に経営者がよくジョークでぼやいていたのが、
「過去10年間に導入したすべてのITプロジェクトで、君たちの提案どおりに人員削減が進んでいたら、今頃わが社の従業員はゼロになっているはずなのにな」
というものです。
ITプロジェクトを売り込む側の反論としては、その省力化で浮いた人員はすべて成長のための仕事に投入できるのですよ、というものでしたが、経営者の有力な再反論としては、その割にわが社は過去30年間でそれほど成長できていない、というものでした。
成長できない責任は経営者にもあるので、この論争が大問題になることはないのですが、なくなった仕事はつぎつぎとブルシットジョブに置き換わったのだと考えた方がこの現象は論理的に説明できるように思えます。
更新:06月23日 00:05