2022年01月21日 公開
AIや最新テクノロジーは人の仕事を奪うかもしれない――しかし、それを新たな社会をつくるチャンスと捉えようとする思想が、アメリカのミレニアル世代から生まれてきた。彼らがめざす「素晴らしい新世界」は実現可能なのか?
※本稿は、岡本裕一朗著『アメリカ現代思想の教室』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
10年ほど前までは、資本主義に代わるようなオルタナティブは、ほとんど想定されなかった。2008年にアメリカで金融大崩壊が発生し、社会システムを変えるには最も適したその時期に、左翼の大物であるジジェクは「実行可能である代案が示せない」と告白していた。この2008年に示せなかったら、もう永久に示せないのではないか、と思われたのである。
ところが、最近になって「資本主義以後」が少しずつ描かれるようになった。ポール・メイソン(1960―)が2015年に『ポストキャピタリズム――資本主義以後の世界』を出版し、さらにもっと若い世代のニック・スルニチェク(1982年生まれ)とアレックス・ウィリアムズ(1981年生まれ)が力強い発信を行なっている。彼ら自身がミレニアル世代であるが、2013年に「ポスト資本主義」への展望をウェブ上で発表し、若い世代から支持されたのだ。今回はこの二人の思想について取り上げたい。
二人がウェブ上で発表したタイトルは、「#加速せよ:加速主義派政治宣言(#ACCELERATE MANIFESTO for an Accelerationist Politics)」であるが、今ではさまざまな言語に翻訳されている。この宣言について、注目しておきたいのは、「加速主義」という思想である。
これは、21世紀になって特定の立場として姿を現すようになった思想で、もともとは「暗黒の啓蒙のニック・ランドに由来している。ただ、ランドの場合は、「オルタナ右翼」と結びついたが、それとは違った方向へ加速主義を進めようとしたのが、スルニチェクとウィリアムズである。一般的には、彼らを「左派加速主義」と呼ぶことがある。
やや分かりにくい思想なので、「加速主義」についてかんたんに説明しておくと、次のように表現されている。
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資本主義に対する唯一のラディカルな応答は、それに抵抗することでも、それを中断することでも、批判することでもない。(……)むしろ、資本主義の根を奪い、疎外し、脱コード化する抽象的な諸傾向を加速することである。
(ロビン・マッカイ/アルメン・アヴァネシアン『加速主義読本』)
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ポイントとなるのは、資本主義に反対してその動きを中断させるのではなく、資本主義をドンドン進め、加速して、その先にそれを突き抜けていくことだ。
同じ加速主義といっても、ランドの場合は、超え出るのは「近代デモクラシー」であり、その先は「反―近代デモクラシー」だった。それに対して、スルニチェクとウィリアムズが出て行く先は、「ポスト資本主義」である。そこで、次のように語られることになる。
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ネオ・リベラリズムの形態をとった資本主義が自認するイデオロギーとは、創造的破壊の諸力を解き放つことを通じて、技術的・社会的革新を絶えず自由に加速させていくことなのである。
(スルニチェク、ウィリアムズ「加速主義派政治宣言」)
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ここで注意しておきたいのは、加速主義では、資本主義で進化するテクノロジーを全面的に活用することである。「ウォール街を占拠せよ」といった左翼の「素朴政治」を批判しながら、次のように強調される。
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左翼は資本主義社会によって可能になったあらゆるテクノロジー的、科学的な成果を利用しなければならない。(同宣言)
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左派加速主義の主張は、資本主義のテクノロジーを思う存分活用することによって、資本主義の外、つまりポスト資本主義へ突き抜けていこう、というわけである。たしかに面白い発想ではあるが、具体的にどう考えればいいのだろうか。それを理解するには、彼らが著作として出版した『未来を発明する(“Inventing the Future” )』を確認する必要がある。
更新:11月21日 00:05