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デンマーク人が4時に帰れる理由とは? 「働きながら本を読める国」の思想

2024年11月05日 公開

針貝有佳(デンマーク文化研究家),三宅香帆(文芸評論家)

デンマークの働き方

なぜデンマーク人は会社を4時に帰っても成果を出すのか――。デンマーク文化研究家の針貝有佳氏は、その背景には「無理しない・させない」同国の労働観があるという。一方で、読書史と労働史に詳しい三宅香帆氏は、日本は人間関係への気遣いを重んじる働き方だと指摘。両氏の対談から、デンマークに学ぶべき労働観と日本の強みを探る。

聞き手:編集部(中西史也)

※本稿は、『Voice』(2024年11月号)より、より抜粋・編集した内容の後編をお届けします。

 

ホワイトな働き方の根底にある「思想」

――針貝さんの著書『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(PHPビジネス新書)は、「世界一ゆるい」けど効率の良いデンマーク人の働き方について現地での取材をもとに書かれています。三宅さんの著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)は、趣味と労働の両立という問題意識に基づき、日本人の働き方に警鐘を鳴らす本です。

今回はお二人に、デンマーク人と日本人それぞれの働き方の強みや課題、そして根底にある価値観の違いなどについてお話しいただければと思います。まず針貝さんにうかがいますが、著書のタイトルにあるように、ずばりデンマーク人はなぜ四時に帰っても成果を出せるのでしょうか。

【針貝】根幹にあるのは、デンマーク人の「(自分が)無理しない・(相手にも)無理させない」というマインドです。この考えがあるから、仕事で「優先順位の低いことはしない」という割り切りができます。

三宅さんの本を読んで再認識したのは、日本だと「全身全霊」で働くことが是とされ、期待されていることです。昨今は日本でもワークライフバランスの重要性が叫ばれていますが、それでも「一所懸命に働くほうが良い」と無意識に植えつけられている気がしていて。

その点デンマークでは、「人びとは皆、仕事だけしているわけではない。家族や趣味の時間を楽しむなど、いろいろな顔をもつ一人の人間なんだ」という認識が一般的です。

【三宅】私の周りでもヨーロッパで働いている日本人の友人、あるいは日本在住でもヨーロッパ出身の方は、日本で働く日本人とは明らかに働き方が違うと感じていました。その違いが気になっていたこともあって、針貝さんの著書をとても興味深く読ませていただきました。

あらためて気づいたのは、針貝さんが仰ったように、日本人とデンマーク人では労働に対する価値観が根本的に異なるということです。ヨーロッパでは早く仕事を切り上げる、長期のバケーションを取るという具体的な行動もさることながら、その働き方を当たり前とするマインド面に差があると思うんです。

いわゆる一般的な日本企業で「明日から4時に退勤しましょう」と急に言われても、実現するのは簡単ではないはずです。背景にはやはり、多少無理してでも頑張って仕事を終わらせよう、成果をあげよう、会社に貢献しよう、という意識がある気がします。

【針貝】私もデンマーク人に話を聞くまでは「なんだかんだ言っても仕事は頑張るもんでしょ」と思っていて、そういう姿勢を自分にも他人にも求めていました。でも、たとえばスケジュールが厳しいところを何とか調整してもらうのは、相手が家族と過ごす時間や趣味の時間を奪っているんだ、と気づかされたんです。

【三宅】人生の重きを必ずしも仕事に置かないデンマーク人の働き方を体感されたからこその気づきですね。

【針貝】はい。あと「デンマーク人が4時に帰れる」のは、「4時に帰らなくてはいけない」事情もあります。そもそも保育園が5時に閉まるし、5時ギリギリに迎えに行くのは保育園で働いている人の負担になる、という意識がある。逆算すると4時には退勤しないとね、という暗黙の了解が浸透しているんです。

デンマークで保育園が5時に閉園する仕組みが整備されている根底には、保育士の労働時間への配慮とともに、「子どもを早く迎えに行って家族の時間をもちましょう」という考え方があります。つまり、システムの元になる「思想」がそもそも日本とは違うんです。

【三宅】日本でもたとえば小学生だったら4時頃に帰るのは当たり前で、それに合わせて親が帰ることもありますよね。でも「家族の時間を大切にする」ことが前提というよりは、主に女性が、給料を下げて勤務時間を調整する時短勤務を取ることになります。やっぱり仕事や会社の事情が優先される「全身全霊」の価値観は根深いのでしょう。

【針貝】仰るとおりです。三宅さんは著書の最後で、仕事や家事に全力を傾けるのではなく、自分の一部は仕事、一部は家事・趣味といったように「半身」で生きようと提言されていますね。驚いたのは、全身全霊で働けない人が給料を下げて時短勤務をするのではなく、皆で半身の働き方になろうと訴えていることです。「そうだそうだ」と共感しながら読ませていただきました。

【三宅】デンマークの方はまさに半身の働き方を実践しています。仕事を持ち帰る場合はあるとはいえ、いったん「4時に帰ると決める」のは半身の考え方そのものだと言えますね。

 

人間関係を重視して仕事をする日本

――デンマークがいまのホワイトな働き方になるには、どういう経緯があったのでしょうか。

【針貝】デンマークも以前は他の先進国と同様に労働時間が長かったのですが、1950年代後半からだんだんと減ってきました。

近年はコミューン(市)や民間企業でも、週休3日を導入するケースが増えています。背景にあるのは、仕事以外の「余白の時間」がクリエイティビティを引き出し、むしろ仕事の生産性を高めるという発想です。家族や友人とキャンプを楽しむ、自然のあふれた場所でペットと散歩する。こうした時間は「仕事にも役に立つ」と考えられているんです。

【三宅】週休3日の場合、1日の労働時間を増やして1日分を休みとして捻出するのか、あるいは週全体の労働時間を減らす場合、比例して給料も抑えられるのか、そのあたりはいかがでしょうか。

【針貝】さまざまなパターンがありますが、理想は完全に休みを1日分増やして給料は据え置くパターンです。これが難しい場合は、まずは1日の労働時間を増やす代わりに休みを1日分増やす形で週休3日を導入する企業もあります。

テイク・バック・タイムという企業を経営しているペニーレさんによると、週休3日にしたほうが仕事の生産性や満足度は向上すると言います。

いずれにしても、社員の要望に応じたフレキシブルな働き方を許容する文化がデンマークにあるのは間違いありません。

【三宅】書店に行くと、北欧の先進的な働き方を取り上げる本は以前からありましたよね。それでも日本の働き方がデンマークのように思い切って変わる気配は薄いように感じます。全身全霊のマインドか否か以外に、日本とデンマークでは何が違うのでしょう。

【針貝】デンマークに来て痛感したのは、優先順位のつけ方の大胆さ、言い換えれば優先順位の低いものを「捨てる力」です。たとえば仕事のなかで重視すべき業務を1位、2位、3位と決めたら、4位以下は「これは本当にする必要があるのか?」とつねに疑い、不要だと考えたら捨ててしまう。

日本は良くも悪くも「そこに球があると拾ってしまう」文化です。だからこそ顧客・消費者に優しいサービスを提供できているとも言えます。

とはいえ、読者の皆さんのなかにも「何となく進めているけど、この仕事はする必要があるのか?」と思っている方も少なくないはずです。

【三宅】よくわかります。針貝さんの著書を読んで面白いと思ったのが、先ほど名前を挙げられたペニーレさんが提起された「1時間の会議は50分に設定する」です。あえて中途半端な数字にすることで時間に意識が向き、会議がダラダラと延びにくくなるという狙いですが、自分がこのやり方を実際に仕事相手に提案できるか自信がないとも思ってしまって......。

【針貝】なるほど。

【三宅】なんで言いにくいのか考えてみると、「時間を短く設定したら、相手を軽んじていると思われるのではないか」という不安があるのだと気づきました。特別な理由もなく「1時間ではなく50分でお願いします」と伝えたら、「あなたとの時間は1時間も取りたくない」と言っているように聞こえなくもないなと......(笑)。

【針貝】たしかにそう捉える人もいるかもしれません(笑)。

【三宅】相手を軽んじていると思われたくないという思考は、日本では仕事全般に言えることだと思います。残業を断れないとか、必要か疑わしい会議や飲み会に参加してしまうとか。仕事において生産性ではなく人間関係に重きを置く文化は日本らしいですね。

一方で針貝さんの著書のなかで、デンマーク人は人付き合いをあまりしないと書かれていて、やはり人間関係の部分が日本とは違うのかなと考えていました。

【針貝】デンマーク人、友達も少ないですよ(笑)。仕事においても、日本のように人間関係重視の進め方はしませんね。ランチは30分だけ、打ち合わせでは忙しい相手だと5分だけ用件を話して終わり、という場合も珍しくありません。

【三宅】仕事の本質と関係のないコミュニケーションに時間を割かないことが暗黙の了解になっているんですね。

【針貝】はい。メールも用件を簡潔に伝えることが求められ、私もデンマークに来たころは「なんか淡泊だな......」と感じました。でも慣れれば気にならないし、むしろ丁寧でも長々と文章を書くことは、その分相手の時間を奪ってしまうのだなと痛感したものです。

【三宅】私自身も、仕事の内容そのものではなく、相手への気遣いや礼儀といった形式的な部分に時間を取られている実感があります。

【針貝】コミュニケーションは片方が気遣うと、もう一方はそれに応えようとしてしまうものです。デンマークのように、「別に仕事がすべてではないよね。格式ばった慣習はいらないよね」と割り切る姿勢が、サステナブル(持続可能)な働き方への第一歩なのかもしれません。

 

労働者の負担とサービスの質は表裏一体

――逆に、日本の働き方の良い点を挙げるとすれば何でしょうか。

【針貝】一つは先ほども少し触れましたが、日本は労働者というよりも顧客・消費者にとってありがたい国だと思います。

【三宅】祝日でもお正月でも、スーパーやコンビニは開いていますね。サービスを受ける側にとっては、とても便利で安心です。

【針貝】あと日本は、会社内の「横の連携」がしっかりしています。直接の担当ではない人に問い合わせても、その人が会社の代表として対応してくれたり、丁寧に取り次いでくれたりする。

デンマークだと、事前に担当者を見つけてピンポイントで連絡しないと、「私の業務ではないので」と一蹴されることもあります。

【三宅】「これは自分の仕事、これは自分の仕事ではない」というすみ分けがはっきりしているのですね。日本企業よりも職務要件が明確というシステムの問題もあるのでしょうか。

【針貝】そうですね。労働者の負担と消費者へのサービスの質は表裏一体ですから、デンマークの「ゆるい働き方」によって失われているものもあります。

私が以前、行政の窓口にある問い合わせをしたら「最大60日以内に回答します」と自動返信が来て、期限最終日の60日目に回答が返ってきました。日本なら期限内でもなるべく早く対応してくれるのが不文律になっている節もありますが、デンマークはあくまでも「無理しない」仕事のやり方が当たり前なのです。

 

「即レス」をやめよう

――デンマーク人は仕事でも人生全体においても、優先順位をはっきりつけるというお話がありました。お二人は日々の生活のなかで、「仕事」「家族」「趣味」「その他」などでどのような優先順位をつけていますか?

【針貝】私は「仕事」と「趣味」がほとんど一体になっていて、それらが人生の大きなやりがいになっているのは間違いありません。また今回の本を書くにあたって、デンマーク人の夫から「ちゃんと睡眠と休暇を取って、家族との時間も大切にしてほしい」と言われ、デンマーク式の働き方を私自身も実践したところ、家族との関係が良好になりました(笑)。

一方で、以前よりも優先順位を明らかに下げたのが「交友関係」です。同じ人に頻繁に会ったり、何となく行っていた会合に足を運ぶのをやめました。あとグループチャットでの即レス(すぐ返信すること)もやめました。たとえ交友関係を削っても、本当に大事な人との関係は自然と続くものですし、それでいいと思うようになったんです。

【三宅】私の最優先は「健康」です。身体を壊したら何事も楽しめなくて、元も子もないので。

次に「仕事」と「家族」が同じくらいで、その次が自分の「趣味」という順番ですね。私も針貝さんと同じように、仕事と趣味が密接につながっています。直近の仕事と直接関係のない本を読むことを「趣味」とすると、私にとってそれは「心の健康」のために重要な営みですから、最優先事項の「健康」にも結びついています。

一方で私はもともと、LINEやメールといったメッセージの優先順位が低いというか、苦手なんです。リアルに会う友達との食事や旅行の時間は大切にしますが、会っていないときのメッセージの時間は無意識のうちに手放していますね。

【針貝】三宅さんは「即レスしない」を自然と実践されていて素晴らしい! 私の夫もそうですが、デンマーク人は「相手と一緒にいる時間」をとても大事にします。

とはいえ、スマホ依存は日本だけではなく、デンマークでも若い世代を中心に社会問題になっていて、睡眠障害やうつ病など健康への影響も指摘されています。三宅さんの著書のなかの「働きながら本を読むコツをお伝えします」で、iPadにはSNSアプリを入れず、通知も切ると書かれていて、これはいいアイデア、本当にそのとおりだなと頷いていました。

【三宅】ありがとうございます。ぜひ読書のときくらいはスマホを手放して、本の世界観に没入してほしいなと思います。

 

働きながら本を読める国

――デンマークでは、読書の文化はどれほど根づいているのでしょうか。

【針貝】国際的に比較すると、「働きながら本を読めている国」だと言えます。上田修一氏の論文「どのような大人が本を読んでいるのか~OECD 国際成人力調査のオープンデータに基づく多国間調査~」(2019年)によれば、「仕事外で小説やノンフィクションの本を毎日読む」大人の割合は、デンマークは28.9%で対象国のなかで3位、日本は10.0%で26位でした。

デンマークではとくに長編小説やミステリーがよく読まれています。日本の作家さんでは村上春樹さんが人気で、講演会のチケットが一瞬で売り切れになるほどです。文学への関心が高く、村田沙耶香さん、多和田葉子さんのイベントが首都コペンハーゲンから遠く離れた島で開催されたときも、会場が満席で驚きました。

【三宅】デンマーク人が「働きながら本を読めている」背景には、今日お話しした働き方や人生の優先順位のつけ方があるのかもしれません。時間もそうですが、心のゆとりがないと、ゆっくり読書をすることは難しいですから。

【針貝】人生のなかで自分が何を大切にするのかを見極めれば、優先順位は自ずとつけられるはずです。仕事においても、業務に取りかかる前に「この仕事は本当に必要なのか?」と問いかけてみることが大事でしょう。

【三宅】私も肝に銘じたいです!

【針貝】それでも「この仕事いらなくないですか?」とはなかなか提案しにくいでしょうから、まずは「定時で帰る」を実践して、「定時で帰るキャラ」を確立するのは良いかもしれません。プライベートのグループチャットでは「即レスしないキャラ」を確立することもおすすめしたいですね。

 

著者紹介

針貝有佳(はりかい・ゆか)

デンマーク文化研究家

1982年生まれ。デンマーク在住。早稲田大学大学院社会科学研究科にてデンマークの労働市場政策「フレキシキュリティ・モデル」を研究して修士号取得。2009年末にデンマーク移住後、現地情報を発信。著書に『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(PHPビジネス新書)がある。

三宅香帆(みやけ・かほ)

文芸評論家

文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院博士前期課程修了(専門は萬葉集)。京都天狼院書店元店長。IT企業勤務を経て独立。著作に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない——自分の言葉でつくるオタク文章術』、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』など多数。

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