
経営戦略コンサルタントで「未来予測のプロ」である鈴木貴博氏は、生成AIの急速な普及が、日本の労働市場における労働力の需給バランスと、長らく続いた年功序列制度を大きく変える可能性があると予測している。
本記事では、鈴木貴博氏の新著『「AIクソ上司」の脅威 2030年、日本企業の序列がひっくり返る』より、「生成AIが日本社会にもたらす変化」について触れた一節を紹介する。
※本記事は鈴木貴博著『「AIクソ上司」の脅威 2030年、日本企業の序列がひっくり返る』(PHPビジネス新書)より一部抜粋・編集したものです。
書籍の『ブルシット・ジョブ』から興味深い話を1つ紹介したいと思います。経済学者の間で、ブルシットジョブと社会的な意義のあるエッセンシャルワークのどちらが、より多くの社会的価値を生み出しているのかについて議論されたことがあります。本の中で、イギリスのニューエコノミー財団のある研究論文が紹介されていました。
その論文が書かれた2009年当時の為替レート、1ポンド=146円で換算して紹介すると、イギリスでは地位の高い仕事に従事するひとは年収2000万円以上でしたが、エッセンシャルワーカーは年収200万円以下の生活を強いられていました。
具体的な数字で紹介されていたエッセンシャルワーカーの年収は、病院の清掃員が190万円、リサイクル業従事者が183万円、保育士が168万円でした。これは2009年の論文で、その後イギリスでは2023年までに1.5倍のインフレが起きているので、現在の病院の清掃員はだいたい年収290万円、リサイクル業従事者は270万円、保育士は250万円といった水準になっていると思われます。
財団の研究では、そこから社会的投資収益率分析という手法を用いて、その仕事が推定でどれくらいの社会的価値を生んでいるかを分析しています。すると驚くことに、病院の清掃員の仕事は2023年の価値にすれば年間2800万円の社会価値を生んでいたのです。同様にリサイクル業従事者は3300万円、保育士は1800万円でした。
一方で、年収2000万円以上を貰っているひとたちの仕事はどうかというと、実は年収以上に社会的価値を破壊しているようだという検証結果が出ているのです。まさにブルシットジョブです。そして、これは私たちも薄々気づいていたことではないでしょうか。
社会に必要なエッセンシャルワーカーの仕事は、給料が低くても生み出す社会的価値は遥かに大きいというのがこの研究結果になります。社会的価値をその仕事ひとりあたりが生み出すGDPだと読み替えれば、エッセンシャルワーカーの仕事は年収2000万円前後の価値があるのです。にもかかわらず、エッセンシャルワーカーの給与が極端に低くなってしまう理由は2つあります。
1つは、需給がそうなっているからです。もう1つは、エッセンシャルワーカーが生む社会的価値を搾取するブルシットジョブがその周りにたくさん存在するからです。財団の研究では、銀行家や税理士といった仕事にその疑惑が向けられています。
この先、少子高齢化で働き手の数が減れば、それに応じて最低賃金は需給に応じて上昇していくでしょう。そもそも、日本の最低賃金はその価値と比較すれば低すぎるとも言われています。
日本の最低賃金の全国平均は2023年にようやく1000円を超えました。一方海外では、アメリカ・カルフォルニア州が3000円、オーストラリアで2300円、ドイツが2000円、イギリスが1700円という水準です。日本が最低賃金1500円を目指しているのは、方向性としては正しいのです。
さらにアメリカでは、エッセンシャルワーカーの給与は需給によって最低賃金を上回っています。アメリカのアマゾンの倉庫の最低賃金は19ドルですし、カルフォルニアのマクドナルドの最低賃金は22ドルです。ちなみにマクドナルドの時給は、レストランの従業員よりも高いのですが、その理由はレストランと違ってチップがもらえないためだということです。
AIに置き換えることができないエッセンシャルワークの報酬が、本来の社会的価値に少しでも近づいていく未来が描けるかどうかは、日本社会においても重要なテーマなのではないでしょうか。
生成AIの利用が拡大し、結果的にホワイトカラーがだぶついてくると、労働力の需給環境の想定が変わる可能性があります。政策的には、日本の最低賃金が1000円から1500円に向けてじわじわと上がっていくと期待されていますが、ホワイトカラーの労働力がだぶついてしまうと、全体の最低賃金を上げるのは難しいかもしれません。
そうなると、首都圏のスーパーや飲食チェーンが最低賃金を大きく上回る賃金設定で人手を確保しているのと同じような動きが、人手不足の不人気業種全体にも広がっていく可能性があります。ブルーカラーのエッセンシャルワーカーの給与が最低賃金の1.5倍ほどの水準で上回れば、だぶついたホワイトカラーがブルーカラーに転職していくような社会現象が起きるかもしれません。
一方で、日本企業の年功序列制度が壊れてきているとはいっても、年齢序列で給与が上がっていく制度はまだ残っています。しかし、AIアシスタントが普及することで経験がもたらす生産性の差が縮小し、結果として年齢が高いから給料が高いという構図が正当化されにくくなるシナリオが想定されます。
経験がものを言わなくなる世界になれば若い人ほどエネルギッシュに働けるので、若い労働力を高い時給で確保したいと考える企業が増える可能性があります。こうして将来、どこかのタイミングで給与体系が年功逆序列へと変わっていくような逆転現象が起きることも想定しておくべきです。
ホワイトカラーの一般事務よりも、エッセンシャルワーカーの給料が高くなる現象とともに、年齢に伴う人材価値が今と将来でどう変わるのかを注視していかないと、未来を見誤る結果になるかもしれません。
更新:06月23日 00:05