Voice » 経済・経営 » デンマーク人は「飲み会でもはっちゃけない」日本人とは対照的な雑談の常識

デンマーク人は「飲み会でもはっちゃけない」日本人とは対照的な雑談の常識

2025年05月30日 公開

勅使川原真衣(組織開発専門家),針貝有佳(デンマーク文化研究家)

デンマークの雑談

日本の職場では、飲み会で"素の自分"をさらけ出し、同僚との絆を深めることが慣習となっている。しかし、5年連続でビジネス効率性世界一のデンマークでは、そのような飲み会は一般的ではないという。両国の雑談の場における振る舞いの違いには、どのような文化的背景があるのだろうか。

組織開発専門家の勅使川原真衣氏と、デンマーク文化研究家の針貝有佳氏による対談から、デンマークに学ぶべき雑談文化について探っていく。

※本稿は、『Voice』2025年6月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

「評価」というより「確認」のミーティング

【勅使川原】私は何よりも相手を否定しないコミュニケーションが大事だと考え続けてきましたが、デンマーク企業の雑談のベースにも、そういう考え方があるように感じます。

【針貝】デンマークでは保育園の段階から、児童たちが輪になって、ファシリテーターである先生のもと、一人ひとりの話や意見をみんなで聞く文化があります。小・中学校でもそのようなコミュニケーションが行なわれていて、逆に先生の権威がなさすぎるのは問題だと指摘する方もいるくらいです(笑)。

【勅使川原】面白いですね。日本の学校現場で先生がファシリテーターという立場をとりにくいのは、「評価者」としての威厳が邪魔しているのかもしれません。

【針貝】私もそう思います。さらに言うならば、日本では「先生と生徒」の関係性が「上司と部下」にそのまま移行してはいないでしょうか。

それに対して、デンマークのように教育段階で先生がファシリテーター役をしていると、企業でも上司がファシリテーターとして、部下がどう気持ちよく力を発揮できるようにするのか考えることができる。私のインタビューに対して、「上司の一番の仕事は部下の邪魔をしないこと」と話す方もいました。

【勅使川原】そういう上司のもとで働きたいと思う人は多いでしょう。でも日本の現実を見ると、部下の持ち味を活かして組み合わせよう、という発想にはなかなか至っていない。

【針貝】上司と部下の1on1ミーティングについてお話しすると、デンマークでは「評価」というより「確認」がされる場です。現状についての共有と、何か困ったことはないのか、これからどうするかという話ですね。頻度は年に一、二回くらいですから、多いわけではありません。とはいえ必要があればそれとは別に部下と話をするし、コーヒーを飲みながら立ち話をすることもあります。

【勅使川原】日本でも1on1ミーティングに取り組んでいる企業が増えています。ただし、上司が評価者目線をもったままだと、「今日は曇りだね......」みたいな白々しい話から始まってしまう。それは針貝さんが考える「雑談」ではありませんよね。

私がふと懸念したのは、デンマーク人の行動を表面上だけ真似する人が「雑談ハラスメント」を起こさなければいいな、ということ。やたらコーヒーマシンの近くで張っている上司とか出てきたら嫌だなって(笑)。

【針貝】それは怖い......、逆効果です(苦笑)。

【勅使川原】私が思うのは、「雑談」とは権力勾配がない状態で、しかも職務を定義したうえでやることで相乗効果が生まれるだろう、ということです。そうでないと、いわゆる「コミュ力」のある人が生き延びていくだけの社会になる気がする。口下手だとしても、職務さえ定義されていれば、立派に分業が成り立つ。それを体現しているのがデンマーク社会なのでしょう。

 

雑談と仕事が切り離されている

【針貝】日本でも、飲み会や喫煙所での立ち話などを連想して、「雑談」は少なくないとイメージする方もいらっしゃるかもしれません。ただ、デンマーク企業の日本法人に勤める方が話していたのが、「たしかに日本人も飲み会で雑談するんだけど、仕事と完全に切り離されている」ということでした。

飲み会などで思いきって自分の「素」を出したのに、翌日会社で会うとそんなことはなかったかのように皆が働いていて、「あれは何だったんだろう?」となるわけです。

【勅使川原】日本ではそれがむしろ「正しい社会人」として考えられているように思います。

【針貝】デンマークでは職場のメンバー同士の飲み会は少なく、あったとしてもそんなにはっちゃけたりしません。それはみんなが自重しているというわけではなく、働いているときと飲んでいるとき、どちらも自然体だということ。ですから、たとえ飲み会でも話したことが、その人の個性として仕事にも活かされていきます。

【勅使川原】デンマークは飲み会、少ないんですね。普段から仕事で抑圧されていないから、「ガス抜き」が必要ないのでしょうか。

【針貝】朝食会で済ませるケースが多いですかね。もちろん、どちらが善し悪しという話ではないでしょうが。

【勅使川原】針貝さんが言うところの「雑談」は、人と人、あるいは人とタスクを組み合わせることに結び付く会話のことですよね。一方で日本の喫煙所の会話は、往々にして「あいつはできる」「あいつはダメだ」など個人を評価する場になっている。しかも、そこには好き嫌いという要素も介在しているかもしれない。

ただ、私が少し気になるのが、組織である以上は当然、デンマークでも上司が部下を評価しますよね。そうであるならば、上司にはある程度の権威的な部分が残らないものでしょうか。

【針貝】日本よりも解雇が身近な国ということもあり、上司との相性は重要です。けれど、上司が上から目線で部下の能力を評価するというよりは、部下の特性がその仕事に合っているかを見ています。

デンマークではその会社に固執する必要はなく、転職先もすぐに見つかるだろう、という労働者側の心理があります。ですから、部下からすると上司との相性や方向性の一致はたしかに大事だけれども、かといって恐れるほどの権威としては捉えていない印象です。

【勅使川原】日本では「雇ってやっている」「雇っていただいている」という感覚が残っているのでしょうね。昨今明らかになった日本の大企業の不祥事やハラスメントの問題も、「こんな理不尽な会社なら辞めてやる!」と言えない労働環境の問題も大きいと思います。

【針貝】ただ、デンマークのメディア業界でもハラスメントが問題になったんです。権力者に逆らうとその後のキャリアが潰されるからと、ステップアップを望む女性に対するセクハラが横行していた事実が明るみに出ました。日本と同じく社会問題に発展したので、悪しき風潮が一掃されることを強く期待します。

 

著者紹介

勅使川原真衣(てしがわら・まい)

組織開発専門家

1982年、横浜市生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て2017年、組織開発を専門とする「おのみず株式会社」を設立。企業をはじめ病院、学校などの組織開発を支援。二児の母。2020年から乳がん闘病中。著書に『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社、紀伊國屋じんぶん大賞2024・8位)、『働くということ』(集英社新書、新書大賞2025・5位)、『格差の“格”ってなんですか?』(朝日新聞出版)など。

針貝有佳(はりかい・ゆか)

デンマーク文化研究家

1982年生まれ。デンマーク在住。早稲田大学大学院社会科学研究科にてデンマークの労働市場政策「フレキシキュリティ・モデル」を研究して修士号取得。2009年末にデンマーク移住後、現地情報を発信。著書に『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(PHPビジネス新書)がある。

Voice 購入

2025年3月号

Voice 2025年3月号

発売日:2025年02月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

ひろゆき氏の持論「高い学歴を持っておいた方がいい」は本質的? 学歴論争の現在地

勅使川原真衣(組織開発専門家)

デンマーク人が4時に帰れる理由とは? 「働きながら本を読める国」の思想

針貝有佳(デンマーク文化研究家),三宅香帆(文芸評論家)

満員電車に揺られ、文句も言わず働き続ける...日本人はなぜ“資本主義”が好きなのか?

佐伯啓思(社会思想家),斎藤幸平(経済思想家)