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日本で続々とヒットする韓国文学 消えつつある「日韓の文学の垣根」

2026年06月22日 公開

金承福(株式会社クオン代表取締役)

近年、韓国でベストセラーになった本が日本でヒットしたり、その反対に日本で人気の本が韓国で話題を呼んだりする傾向が強まっている。日本の韓国書籍市場を切り開いてきた出版社の代表が語る「日本と韓国のいま」について話を聞いた。

前編では日韓の若者たちの読書事情に迫ったが、後編となる本稿では、さらに踏み込んで、日本の読者が「韓国文学」に何を求めているのか、そして韓国の出版・書店業界のリアルな事情まで深掘りして紹介する。

聞き手:編集部(阿部惇平)

※本稿は、『Voice』2024年5月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

韓国の文学と曖昧な境目

――日本では「韓国文学」も読まれ始めています。たとえば、2016年に韓国で発刊されたチョ・ナムジュ氏の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)は、日本で約30万部のベストセラーになりました(韓国では136万部)。「韓国文学」を読む層にも「変化」があるのでしょうか。

【金】昔は、「韓国文学」を読む日本人は一握りでした。書店では「アジア文学」の棚のなかに、中国文学などとひとまとめにされているような状況でしたね。ところが近年では、ご紹介いただいた『82年生まれ、キム・ジヨン』や『菜食主義者』(ハン・ガン著、クオン)などの作品が日本でも話題になったことで、「韓国文学」の棚を設ける書店が増えた気がします。

――日本の読者は、何を求めて日本ではなく韓国の小説を読んでいるのでしょうか。

【金】『82年生まれ、キム・ジヨン』が大ヒットした5年ほど前は、フェミニズムや社会の生きづらさを扱っている作品が多いから、「韓国文学」を読むという人が大半だった気がします。ただ最近では、「韓国の小説=フェミニズム・生きづらさ」といった図式は成り立たなくなってきています。

実際、日本ではいま、韓国のSF小説や推理小説などの翻訳出版に興味を示す出版社が増えています。

また、大型書店の「韓国文学」の棚には、「チョ・ナムジュ」や「ハン・ガン」といったように作家名で本が区切られるところも目立つようになった。要するに、「韓国文学」だから手に取るのではなく、「このテーマ」「あの作家」だから読んでいるわけで、まさしく国境を越えて、純粋な興味関心で作品を選ぶ人が増えてきているのです。

――一方で、「日本文学」は、韓国ではどのように読まれているでしょうか。

【金】同じような傾向が見てとれます。日本の小説が韓国に入ってきたころは、やはり「日本文学」というジャンルに惹かれて作品を読む人が大多数でした。とくに人気だったのは、日本特有の「私小説」だったと記憶しています。

ただし最近は、「村上春樹だから読む」「東野圭吾だから手に取る」読者が圧倒的に多い。つまりは、「日本文学」「韓国文学」という枠組みが、読者にとっては徐々に曖昧になってきている気がします。

――判断基準が「国」ではなく「作家」や「テーマ」になってきている、ということですね。

【金】そのとおりです。日本の若い女性がBTSやNewJeans(韓国の五人組ガールズグループ)のファンになるのとほぼ同じ理由です。

彼女たちは「韓国のアイドル」だからBTSなどを好きになったのではなく、あくまでも一アーティストとして惹かれて、それがたまたま韓国のグループだったというわけです。

思い返せば、グルメの分野では「チーズタッカルビ」という韓国料理が日本でも一時期流行りましたが、それは「韓国料理が食べたいから」ではなく、「美味しいから」です。もっと言えば、「SNSで映えるから」というきわめてシンプルな理由もあったでしょう。とくに日本の若者世代は、かなり「フラット」に韓国の文化を見ているように感じます。

――韓国の若者は日本の文化をどう見ていますか。

【金】日本の若い人たちと同じですよ。「好きなものは好き」「かっこいいものはかっこいい」と、色眼鏡なく日本の文化と接している人が多い印象です。

他方で、50代以上の韓国人は、若者と比べると日本に対する印象が違うかもしれません。

わかりやすく言えば、いまでも日本に「ライバル意識」をもつ人はいますから、彼ら彼女らは日本の文化に対しても「追いつけ、追い越せ」という姿勢で評価しています。

ですが、先ほども申し上げたように、いまの韓国の若者たちは、日本に対する「憧れ」も「劣等感」も持ち合わせていません。日本の若者と同じく「フラット」な目線で、日本で「かっこいいな」と思ったカルチャーがあればSNSで共有するし、「秋葉原の文化が面白い」と思えば旅行で訪れるわけです。

――韓国の若者は、日韓のあいだに存在する「政治的な問題」はどう見ているのでしょうか。

【金】「文化需要」という面では、私の知る限りでは政治に影響を受けている様子は見られません。政治家の発言や政治の雰囲気を文化交流にまで持ち込まないタイプの韓国人が、若い世代を中心に増えている気がします。

 

「韓国でしか売れない本」はあるか

――現在の若い世代が社会の中心になるころには、韓国でしか売れない本、反対に日本でしか受け入れられない本は徐々に減っていくのでしょうか。

【金】難しい質問です。たとえば、韓国の「労働問題」を扱った本は、国内でも2000部売れたら良いほうです。もちろん、日本でベストセラーになる可能性はゼロに近い。

ただ、最近では日本の出版社から、専門書の翻訳オファーが来ることがあります。大ヒットは見込めなくとも、「必要な人がいるから出版する」という発想が根底にあるのでしょう。

それはつまり、韓国特有の問題を扱った書籍でも、それを読みたいと思う読者は国内外に必ず存在することを意味します。

また、韓国の「徴兵制」は現在の日本にはない制度ですが、いまでは日本でも若い女性を中心に、その制度について解説したイベントや書籍に関心が集まっています。なぜかと言えば、好きなK-POPアイドルが兵役に就くことをきっかけに、どんな制度でどんな生活を送ることになるのか、気になるからです。

その意味では、何をきっかけにその国への関心が深まるかは予想できるものではなく、「どちらかの国でしか売れない本」はおそらく減っていく気がします。

 

出版・書店業界への支援が手厚い韓国

――出版・書店業界全体では、日本と韓国で大きな違いはありますか。

【金】韓国の人口は約5000万人で、日本よりもはるかに少ない分、出版業界も厳しい状況に置かれています。ただ、公的な支援策は日本よりも充実していると思います。

じつは、韓国の書籍が日本で数多く売られるようになった背景には、韓国政府の強力な支援や施策がありました。もちろん、ほかの国にも同じような制度はありますが、韓国ではそれらと比べても、じつに手厚い支援制度が整えられています。

第一に、韓国では本や雑誌は免税されています。たとえば、カフェと併設している書店では、飲食の売上には税金が発生しますが、 本や雑誌での売上は消費税が免除されます。

第二に、国が1000万ウォン分の書籍を出版社から仕入れて、図書館に納品する制度があります。つまりは、助成金を出すだけではなく、国が「良質な本」を買い上げることで、出版社の経営を支援しているわけです。買い上げた本は、海外の機関に販促見本として送付されることもあります。

第三に、韓国には「軍」に書籍を納品する制度もあります。小説や詩集、エッセイ、歴史書などジャンルは多岐にわたり、軍に納品すれば出版社は何万冊単位の受注につながります。韓国の出版社に勤める知人から、「今年は軍に納品できたから経営が上向いた」という声を実際に聞いたことがあります。

第四に、出版社が海外に進出する際の支援策も充実しています。たとえば、ベトナム、タイ、台湾、日本、スペイン、 アメリカなど、海外のブックフェアに出版社が参加するときには補助金が出ます。もちろんエントリー制ですが、選ばれれば少なくない給付金が国から支給されるのです。

――韓国政府が出版社や書店への支援をそこまで手厚くするのは、なぜでしょうか。

【金】「本の文化を絶やしてはいけない」という想いがあるからだと思います。韓国は、じつのところ日本ほどには「読書」が社会に根付いていません。だからこそ、何も手を打たなければ「出版業界が崩壊する」という危機感を抱いているのでしょう。

町の小さな書店や市民の読書会を支援する仕組みも、韓国では整っています。事実、小さな書店が作家の講演会を開催するときは、作家への謝礼は国が負担してくれます。もちろん申請してそれがとおればのはなしです。また、市民の読書会の費用も、申請さえとおれば国から助成金を受けられる。こうした支援施策の裏には、「出版社・書店を潰してはいけない」という焦りが見てとれます。

――日韓ともに出版を取り巻く環境が厳しいなかで、金さんは今後、どんな活動を行なっていく予定ですか。

【金】私は韓国出身ですから、日本の編集者よりも早く、韓国で出版された本を読むことができます。また日本で出版社を営んでいますから、韓国の編集者よりも早く、日本で話題の本を手に取ることができる。

その強みを活かして、日本と韓国をつなぎ、もっと多くの人に日本と韓国それぞれの「良い本」を届けたいと考えています。「良い本」を知ってもらうことが私の幸せですが、それは「みんなの幸せ」にもつながっていくはずです。日本と韓国の若者たちのように、あくまでもフラットな目線で、これからも「良いコンテンツ」を発掘していきたいですね。

 

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