
唯一の被爆国として核兵器廃絶を訴え続ける日本。しかし、世界に目を向ければ、インドやパキスタンの核保有、北朝鮮の核開発など、核兵器の拡散は依然として深刻な状況にある。各国がむしろ軍備増強に邁進する中で、核軍縮は果たして絵空事に過ぎないのだろうか。
本稿の冒頭では、「公式見解」ではない、場合によっては悪意に満ちた分析や陰謀論をささやく「悪魔のささやき」。そして、正統で常識的ながら、往々にしてあまり面白くもない分析や結論をさえずる「天使のさえずり」を紹介する。
天使のさえずりが常に正しく、悪魔のささやきが常に間違っているという保証はない。悪魔と天使の意見が出揃った後、軍縮・軍拡問題の現状を著者が詳しく解説し、最善と考えられる解答を示す。
※本記事は宮家邦彦著『トランプ2.0時代のリアルとは? 新・世界情勢地図を読む』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。
軍縮は「ディスアーマメント」の訳ですが、アメリカ政府はこの言葉を使いません。軍事技術の進歩は日進月歩ですから、軍備を縮小・廃止することは現実問題としてできない。できるとすれば、それは軍縮ではなく、軍備管理(アームズ・コントロール)だと考えているからです。百歩譲ってそれが軍備管理だとしても、歩みは遅々として進みません。今後もこのようなペースでしか進まないなら、核軍縮など不可能なのでしょうか。
●悪魔のささやき
①インド・パキスタンの核兵器保有、北朝鮮の核兵器開発、イランの核開発疑惑など、今世界では核兵器の拡散が進んでおり、NPT(核兵器の不拡散に関する条約)体制はもはや風前の灯である
②武器・兵器システムの技術的向上は日進月歩であり、最新兵器の縮小・廃止に前向きな国家は少なく、軍備管理の対象となる兵器システムの多くも、時と共に陳腐化するので、交渉は常に後手後手となる
③そもそも、アメリカは「軍縮」ではなく「軍備管理」を使用するなど、現実の国際政治では「軍拡」が進んでおり、交渉によって核兵器を含む軍備が縮小・廃止される例はむしろ稀である
④通常兵器でNATO側に敵わないロシアは核兵器の近代化を進め、中国は数千発の核兵器を持つアメリカ、ロシアと核兵器のパリティ(対等化)を実現すべく、保有核弾頭の大幅増大を目指している
●天使のさえずり
①軍備をゼロにすることはできないが、それを管理することで大規模な紛争の発生を抑止することは可能
②同様に、軍拡競争を止めることも難しいが、そのプロセスを減速させることは決して不可能ではない
③その意味で、軍備管理の歴史とは、軍拡のスピードを遅らせる歴史だが、それでも一定の意義はある
④過去には、実際に核開発を断念した国もあったので、粘り強く働きかけるしかない
①核兵器はなぜなくならない?
日本は世界で唯一核兵器による攻撃を受けた国ですから、一般国民の核兵器に対するアレルギーも当然世界一です。しかし、誤解を恐れずに申し上げますが、残念ながら、日本以外の国にはそのような特別な感情はありません。ここが核兵器廃絶に関する議論の最も難しいところなのです。
日本人には受け入れ難いことですが、日本以外の国の多くの軍や安全保障の専門家にとって、核兵器は戦争を抑止するために必要な武器の一つでしかありません。もちろん、核兵器の使用がもたらす悲惨さを理解していない訳ではないのですが、絶対に使用できない兵器だとは思っていないのです。
②NPT体制は続くのか
NPTは1968年に署名、1970年に発効し、締約国数は191カ国・地域ありますが、インド、パキスタン、イスラエル、南スーダンは未加盟です。
条約の目的は「核不拡散、核軍縮と原子力の平和利用」となっていますが、最大の問題は、同条約が米露英仏中5カ国を「核兵器国」と定める一方、「核兵器国」以外への核兵器の拡散防止を定めるのみで、「核兵器国」の核保有そのものは禁止していないことです。残念ながら、これは条約発効当時の核兵器をめぐる国際政治的現実を追認したものであり、NPT体制の存続と発展・強化にとって大きな障害となっています。

③核兵器を放棄した国
それでも、NPT体制は決して無意味ではありません。南アフリカは保有していた核兵器を放棄して1991年に加入しましたし、1992年にはフランスと中国が、更に1994年までにベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンが核兵器をロシアに移転してNPTに加入しました。その後もアルゼンチン、ブラジル、キューバ、東ティモール、モンテネグロ、パレスチナが加入しており、NPT体制はそれなりに拡大を続けています。
④核開発を続ける国
一方、懸念すべき動きも幾つかあります。まずは、NPTの非締約国であるインドとパキスタンが相次いで核兵器の保有を宣言したことです。更に困ったことは、締約国でありながら、条約上の義務を履行しないケースが出てきました。具体的には、1991年にイラクで、1993年には北朝鮮で、更に最近ではイランで、それぞれ核兵器開発の疑惑が表面化し、大きな問題となりました。
幸いイラクについては核開発が続くことはありませんでしたが、北朝鮮はその後も弾道ミサイルの開発と核実験を続け、今や事実上の核保有国となっています。
また、イランについては2015年の「イラン核合意」により一定の歯止めがかかりましたが、2018年にアメリカの第1期トランプ政権が同合意から離脱したため、イラン核開発疑惑は必ずしも解消していません。

⑤核抑止論は今でも有効か
核抑止論の専門家には失礼ですが、核抑止論は理論よりも信仰に近いと私は考えています。例えば、「相互確証破壊」理論では、「一方の国家が全面核攻撃を仕掛ければ、相手の核兵器によって自国も確実に破壊されるので、核攻撃は抑止される」というのですが、それはあくまで双方が合理的判断を下すことを前提とする、一種の「頭の体操」なのだと思います。
⑥アメリカ、ロシアに追い付こうとする中国
私が最も懸念するのは、最近の中国核戦力の飛躍的向上です。中国の核兵器数が例えば1000発を超え、数千発持つと言われるアメリカやロシアと肩を並べるレベルに近付けば、核軍縮交渉もアメリカ、ロシアだけでなく、中国を加えた3次元方程式となる可能性があります。そうなれば、合意形成には従来以上の複雑な交渉が必要となり、核抑止力の効果は減殺されていくかもしれません。

更新:04月20日 00:05