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東大入試を突破できない生成AIが、「文系上司」の強力な武器となる理由

2025年03月31日 公開
2025年06月11日 更新

鈴木貴博(経営戦略コンサルタント)

AIのイメージ

経営戦略コンサルタントで「未来予測のプロ」である鈴木貴博氏は、生成AIを利用した根回しやご機嫌うかがいだけで生きてきた「旧来型上司」が跋扈する未来の到来を予測している。そんな環境の中で生き残るためには、私たちはどうあるべきなのだろうか?

本記事では、鈴木貴博氏の新著『「AIクソ上司」の脅威 2030年、日本企業の序列がひっくり返る』より、「生成AIの限界」と「新たな支配者層」について触れたい一節を紹介する。

※本記事は鈴木貴博 著『「AIクソ上司」の脅威 2030年、日本企業の序列がひっくり返る』(PHPビジネス新書)より一部抜粋・編集したものです。

 

「東ロボくん」が示すAIの限界

本記事では、人工知能の性能の限界について説明いたします。

知識の範囲という意味で人工知能が「知の怪物」となったとしても、思考力では依然、人間の方が強い領域が存在することがわかっています。そのため、人工知能により大量の仕事が消滅するとしても、「人工知能が人類を支配する」というのは絵空事だと考えられるのです。その根拠についてお話ししたいと思います。

仕事消滅論が起きた当時、国立情報学研究所の新井紀子教授が率いる「東ロボくんプロジェクト」に日本のAI関連の頭脳が集結していたことで、現行方式のAIの性能限界がある程度はっきりすることになりました。

東ロボくんプロジェクトとは、「人工知能を育てることで東大受験を突破できるか」を試みたプロジェクトでした。結果としては、人工知能は東大入試を突破できないというのがプロジェクトチームの結論になりました。

その理由ですが、数学や世界史といった分野ではAIは非常に高い偏差値をたたき出すのですが、国語と英語では偏差値が50近辺以上には上がらなかったのです。2016年の模試で総合偏差値が57.1まで上がったところで、公式なプロジェクトは終了しました。

東大に入学するためには偏差値が70台に達する必要があります。偏差値70以上というのは、1000人の中で上位22人に入っていることを意味します。言い換えると97%の人類よりも勉強ができないと、この水準に入ることができません。

一方で偏差値50前後とは、1000人の中で500位前後に入っていること、つまり人類の平均レベルの学力だという意味です。東ロボくんが到達した偏差値57は上位24%を意味します。

国語にしても英語にしても、試験で問われるのは読解力です。文章に書いてあることを正確に読み取る能力が、いくら学習しても人工知能は並の力しか獲得できなかった。だから人工知能には人間と正しくコミュニケーションする力は備わらない、ということが明らかになりました。

 

人工知能によるコミュニケーションは「空虚」

実は東ロボくんプロジェクトが解散した後、人工知能の語学力はそこからかなり向上したという報告があります。2019年のセンター試験の英語筆記試験で、人工知能が偏差値64.1を記録したのです。GPT-4が会議の議事録や論文の要約をまとめられるのは、その能力向上の一端を窺わせます。最近のグーグル翻訳の精度が上がってきたことからも、そのことが推測されます。

ただ、AIの能力が上がってきたことは確かですが、AIが文章の意味を理解できるようになったわけではありません。確からしい答えを推測で返してくるその精度が上がっただけです。二進法の計算機の限界をAIが超えられていないことに変わりはありません。

つまりここで判明している人工知能の限界は、人工知能は論理力や記憶力には優れていても、読解力やコミュニケーション力には決定的な欠陥があるということです。

具体例を1つ挙げると、金融機関が販売する「仕組み債」のような複雑な金融商品があります。見た目上利回りが大きくて有利な金融商品に見えるのですが、隠れたリスクが小さい字でどこかに書いてあって、本当は消費者の不利になる投資商品だったりするものです。この仕組み債の説明書(目論見書)をAIに読ませて「この商品のリスクを教えて」と訊ねても、現在のAIはもちろん、未来のAIですらそれをきちんと見抜くのは容易ではないかもしれません。理由は、AIには緻密な文章を正しく読み取る国語力がないからです。

もっと身近なものとして、携帯電話のプラン比較も同じです。国語力が人間よりも劣るAIツールに、各社のさまざまな携帯プランを学習させて、「私にぴったりのプランはどれ?」と訊いても、間違った答えがはじき出される可能性が高いわけです。

でも、もっともらしい返事はできます。先ほどSNS企業が生成するAIはあなたのよい話し相手になると言いましたが、それはあなたのSNSのタイムラインに表示されるポストを読んで、それと同じような「もっともらしい意見」や「共感を得られそうな返事」を生成しているだけです。つまり話し相手にはなるのですが、その会話は実は意味を理解していない空虚なものなのです。

 

AIは人類を支配しないが、「新たな支配層」を生み出す

人工知能の性能限界がわかったことで一番勢いづくのは、文系のビジネスエグゼクティブでしょう。何しろ自分の弱点である論理的思考や分析思考といった理系の能力はAIツールで補うことができるようになる一方で、人を動かすコミュニケーション力ではAIツールよりも自分の方が力量が上なのですから。

この限界からわかることは、この先の未来では人工知能が人類を支配するのではなく、人間が人類を支配するという点には変わりがないということです。しかも人類を支配する人間は、AIによってパワーアップした強化人間になります。この点で、AI強化上司はこれまでの支配者たちよりも新しい支配者ははるかに手ごわい敵になるはずです。

逆に悲しいことに理系の技術者はこれまでどおりというか、これまで以上に日本企業の中では冷遇されるようになるかもしれません。会社の中では理系人材は、口先が回って政治力があるうえにAIでパワーアップした文系のライバルに出し抜かれてしまいます。そして自分の専門価値は生成AIの台頭によって徐々に削られていきます。

例外が、理系でもAIに関わるエンジニアです。勉強のできる理系の学生はこの先、競って情報工学分野に進学するようになるでしょう。私立の医学部の偏差値が旧帝大並みに高いように、この先、私立の情報工学部の偏差値は、東大や京大の機械工学科や建築学科の偏差値を上回るようになるでしょう。

そしてここまでの議論について一番気をつけなければならないのは、こういった議論が当てはまるのは、偏差値で言えば本当に上の上の方の人たちだけだということです。論理力に優れ語学力が平均並みのAIは、人間で言えば偏差値60台の存在になりますが、それが意味することは、生成AIは最近でも人類全体の上位16%には入るということです。「AIは語学力が大きく劣るので、人類の手足となるだけで支配者にはなれないだろう」という観測は結論としては間違ってはいないのですが、その劣った語学力のAIでも、人類の50%はそれよりもさらに劣るというのが現実です。総合力では84%の人類はAIには勝てません。

ここで議論しているのは人工知能の性能論なのですが、その性能を前提に、上位16%の支配者たちが「人間の半数は近未来のAIよりも語学力が低い」と判断するようになります。一方で、16%の支配者はAIを武器として強化人間へとパワーアップします。そしてそれらのAI強化上司は、普通の人間たちを徐々に見下すようになるかもしれません。そんな「AIの冬」がやってくるのです。

プロフィール

鈴木貴博(すずき・たかひろ)

経済評論家、経営戦略コンサルタント

1986年、東京大学工学部卒業。ボストン コンサルティング グループにて数々の戦略立案プロジェクトに従事。2003年に独立し、百年コンサルティングを創業。著書に、累計20万部を超える「戦略思考トレーニング」シリーズ(日経文庫)や『日本経済 予言の書』(PHPビジネス新書)などがある。

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