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日本を「失われた三十年」に陥れた、財政支出を抑制した政府

2025年01月31日 公開

中野剛志(評論家)

失われた三十年の原因

1990年代から始まった経済停滞。「失われた三十年」の主因は、バラマキではなく緊縮財政だった――。書籍『入門 シュンペーター』より解説する。

※本稿は、中野剛志著『入門 シュンペーター』から一部を抜粋・編集したものです。

 

「失われた三十年」の原因

1990年から続く日本経済の長期停滞、「失われた三十年」の発端は、1990年代初頭の資産価格の暴落、いわゆるバブル経済の崩壊です。

当初、日本政府は、公共投資の拡大などの経済対策を講じていました。まさに、政府が需要を創造し、貨幣供給を増やしていたわけです。

これは、規模は不十分だったかもしれませんが、デフレ対策としては正解です。おかげで、1990年代半ばまでは、なんとかデフレにはならず、経済も成長していました。

ところが、1996年に成立した橋本龍太郎政権は、公共投資の拡大によって増加した財政赤字に恐れをなし、これを縮小すべく、財政支出を抑制し、さらに消費税率を3%から5%へと引き上げました。

しかし、貨幣循環理論が明らかにしたように、財政支出の抑制とは、政府の資金需要を減らし、貨幣供給を減少させることです。そして、消費税の増税とは、貨幣を破壊するために経済から引き抜いてくることです。つまり、デフレを引き起こすということです。

その結果、日本経済は、1998年から、理論どおりにデフレに陥ってしまいました。

それにもかかわらず、2001年に成立した小泉純一郎政権以降、財政支出の抑制は続けられました。それどころか、2010年代には、安倍晋三政権の下で、消費税率が5%から8%へ、さらには10%へと引き上げられました。これではデフレから脱却できず、経済も成長しなくなって当然でしょう。

貨幣循環理論やシュンペーターの貨幣理論を応用することで導き出せる結論は、デフレから脱却し、経済を成長させるために必要だったのは、財政支出の拡大だった、ということになります。

 

日本政府は、バラマキをやってきたのか

このように言うと、やはり違和感を覚える人が少なくないかもしれません。

なぜなら、「財政政策では経済は成長しない」とか「これまで、さんざんバラマキをやってきたけれど、政府債務がふくらんだだけで、経済は成長しなかった」とかいった主張が広く流布されているからです。

ですが、朴勝俊・シェイブテイル『バランスシートでゼロから分かる 財政破綻論の誤り』(青灯社、173ページ)の図によると、1997年から2017年までの20年間、主要31か国の中で、日本は、経済成長率が他のどの国よりも低いだけではなく、政府支出の伸び率も最低レベルの国なのです。

少なくとも、「日本政府は、これまで、さんざんバラマキをやってきた」という前提が間違いであることは確かなようです。財政支出を拡大しても無駄かどうかを問う前に、そもそも、日本は、財政支出をほとんど拡大させていないのです。そして、他の主要三十か国は、日本よりもはるかに財政支出を拡大させています。

日本は、世界に冠たる緊縮財政国家であったのです。

 

なぜ、日本の財政赤字は減らないのか

では、日本はこれほど財政支出の抑制に努めてきたのに、どうして、財政赤字は拡大し、政府債務は増大してきたのでしょうか。説明しましょう。

そもそも、経済全体で考えると、誰かの債権は別の誰かの債務であり、誰かの黒字は別の誰かの赤字に必ずなります。全員が黒字になることはできません。

そうすると、次の式が成り立ちます。

「民間部門の収支」+「政府部門の収支」+「海外部門の収支」=0

説明を簡単にするために、海外部門の収支を無視すると、こうなります。

「民間部門の収支」+「政府部門の収支」=0

このように、「民間部門の収支」が黒字ならば、その裏返しで、「政府部門の収支」は赤字になるはずです。

デフレになると、企業は投資をせずに貯蓄に走らざるを得なくなり、「貯蓄超過/投資不足」になります。つまり、経済全体で見ると、「民間部門の収支」は黒字になるのです。

そうすると、当然の結果として、その裏返しで、「政府部門の収支」は赤字になります。民間部門の貯蓄超過と政府部門の債務超過は、表と裏の関係なのです。

言い換えれば、デフレで企業が投資できずに貯蓄超過でいる限り、政府債務が減るはずがないのです。1997年から20年間、政府支出を抑制してきたのに財政赤字が拡大してきたのは、デフレだったからだということです。

したがって、財政赤字を削減するには、デフレを脱却して、企業が積極的に投資を行なうようになり、民間部門が投資超過になるようにすればよいのです。

それにもかかわらず、デフレで民間部門が貯蓄超過になっているのに、無理やり、政府部門の赤字を減らそうとしたら、国民所得が減るという形で減らすしかありません。

しかし、それは、恐慌を引き起こすということです。民主国家の政府では、そんな国民を犠牲にする乱暴な政策を強行することはできません(そもそも、そんなことを強行する意味もないのですが)。だから、日本政府は、財政赤字をなかなか減らせないのです。

というわけで、日本の財政赤字の拡大は、財政支出を過剰に拡大し続けてきたからではなく、その逆に、財政支出の拡大が不十分だったからだということになります。

 

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