
関東大震災における朝鮮・中国人の悲劇を掘り起こした『中国・朝鮮人の関東大震災』(慶應義塾大学出版会)。そして、コロナ禍を振り返り、政治と科学のあるべき関係を模索した『きしむ政治と科学』(中央公論新社)。現代社会を生きる私たちにとって重要な指針となる二冊を、京都大学教授の奈良岡聰智氏が紹介する。
※本稿は、『Voice』2024年1月号より、より抜粋・編集した内容をお届けします。
武藤秀太郎著『中国・朝鮮人の関東大震災』(慶應義塾大学出版会)
2023年は、関東大震災から100年目となる節目の年であった。震災が発生した9月1日は防災の日となっているが、今年は例年以上の盛り上がりを見せた。近い将来、首都直下型地震や東海・南海地震の襲来が確実視されるなかで、日本人の防災意識は高まっているようだ。
阪神・淡路大震災や東日本大震災に際して、ボランティアや国際支援の活動が活発化したことは記憶に新しい。本書は、このような現象が関東大震災においても見られたことを明らかにした労作である。
日中関係は対華二十一カ条要求以来悪化していたが、日本の赤十字社にあたる中国紅十字会が派遣されるなどした結果、好転した。中国側からは、被災した日本人に対する共助の精神が様々なかたちで発揮された。
東京都復興記念館が位置する横網町公園(墨田区)には、大震災の犠牲者を追悼する「幽冥鐘(ゆうめいしょう)」がある。この鐘は中国から寄贈されたもので、震災時の共助の精神を象徴している。その後、日中関係はふたたび悪化し、やがて日中戦争に至るが、著者は、関東大震災を契機とした日中の連帯は、「東日本大震災でうけた支援と同じく、今後も語り継ぐべきものである」と指摘している。
大震災後の混乱のなかで、多数の朝鮮・中国人が虐殺されたことはよく知られている。不況下で朝鮮・中国人と日本人の労働者のあいだで競合関係が激化していたこと、第一次世界大戦後、朝鮮人の独立運動が活発化していたことなどが背景となっていた。
本書はこれらを分析したうえで、平時から在日外国人との共生の意識を高める必要があると説く。東京都知事が朝鮮人犠牲者の追悼式典に追悼文を送らないなど、この問題は現在も波紋を呼んでいる。大震災は、日本が過去と向き合う姿勢を問われるテーマともなっている。
牧原出、坂上博著『きしむ政治と科学』(中央公論新社)
「コロナは遠くになりけり」。最近国内外から多くの旅行者が京都に殺到しているのを見ると、そう実感する。コロナ禍発生当初、約100年前の「スペイン風邪」の検証記録があまり残っていないことを知り、不思議に思ったものだが、いまとなっては納得がいく。感染症によるパンデミックが終わり、社会経済が平常に復すると、あえて苦しかった時期の経験を振り返るモチベーションが社会のなかで働きにくくなるのだ。
100年前はウイルスが未発見で、感染症拡大の原因も定かではなかったのだから致し方ないが、新たなパンデミックの到来も予測される今日、それでは困る。今後に備えるため、コロナ禍の経験を客観的に振り返る作業がぜひとも必要である。
本書は、今次のコロナ禍に対する政府の方針策定で中心的役割を果たした尾身茂氏へのインタビューをまとめたものである。インタビューは2021年4月~23年2月に、政治学者の牧原出氏らにより24時間以上にわたって行なわれた。安倍、菅、岸田三首相に対する印象、専門家会議内部の様子、今後の課題などが率直に語られており、たいへん価値の高い記録となっている。
尾身氏ら専門家たちは、将来「歴史の審判」を受けることを意識しながら活動していたという。コロナ禍発生当初、厚労省に設置されていた専門家会議では議事録が作成されず、批判を浴びたが、その後メンバー一同によって活動を振り返る文書が発表され、2020年7月に発足した「新型コロナウイルス感染症対策分科会」では、議事概要と速記録が作成されることになった。速記録は非公表だが、10年の保存期間が満了すると国立公文書館に移管され、公開されることになっている。
本書で示されているのは尾身氏個人の見方であり、異なる見方や反論もあり得る。コロナ禍は、政治、行政と医療・感染症の専門家の役割分担がいかにあるべきかという課題を日本に突き付けたが、政治家や厚労省の側からの発信は不十分である。今後の検証が待たれる。
更新:04月01日 00:05