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心理学者が指摘する「無料のMBTI診断」の正体 利用者に問われるネットリテラシ―

2024年12月20日 公開
2025年01月06日 更新

小塩真司(早稲田大学文学学術院教授)

MBTI診断

「MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)診断」をご存じだろうか。

若者を中心に昨今流行している自己理解メソッドとされるもので、「外向:Eまたは内向:I」「感覚:Sまたは直観:N」「思考:Tまたは感情:F」「判断的態度:Jまたは知覚的態度:P」の四項目でどちらの傾向が強いかを判定し、計16のタイプに分けられる。

自分のタイプを認識するのはもちろんのこと、友人との会話で互いのタイプを聞きあったりすることや、SNSのプロフィール欄に明記したりすることも珍しくない。こうした類のタイプ別診断は言うまでもなく、「MBTI診断」に始まったものではなく、過去にもさまざまなトレンドがあった。

しかし、このような診断で自分の「タイプ」を知ることは、本当に自己理解につながるのだろうか。その懸念すべき点については、見逃されていないだろうか。「MBTI診断」をはじめとするタイプ別診断の功罪についてパーソナリティ心理学の専門家に話を聞いた。

※本稿は、『Voice』2024年1月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

若者のあいだで流行する「MBTI診断」の正体

――小塩先生は日々、大学で学生と接していると思いますが、「MBTI診断」が彼ら彼女らの関心を集めていると実感するでしょうか。

【小塩】大学では「パーソナリティ心理学」の講義などを担当していますが、一昨年ぐらいから「MBTI診断」について聞かれたり感想を求められたりする機会が増えたのは事実ですね。

「ネットで診断しましたが、あれは正確なのでしょうか」「就活中で自己分析の一環でやっています」といった声のほか、「私はこのタイプなのですが......」と最初から診断結果を明かしてくる学生も少なくないですね。

講義では昔から学生にアンケートを書いてもらっていて、時代とともに流行りの診断は変わりますが、ここ2、3年は「MBTI診断」がトレンドであることは間違いありません。

――とはいえ、現状の「MBTI診断」には懸念すべき点もないでしょうか。そもそも、多くの日本人が受けているネットでの診断は、本来のMBTIとは異なりますよね。

【小塩】まさにそのとおりで、私も憂慮している問題です。本来のMBTIは現在、日本では「日本MBTI協会」が取り扱っています。これはたとえば「無料性格診断テスト16Personalities」などのようなネットに流布している診断とは別物で、自分自身を理解する研修の中で使用される一種の分析ツールのようなものです。

――具体的には何が違うのでしょうか。

【小塩】質問項目から回答の仕方まで異なります。本来のMBTIでは、たとえば「社交家である」と「控えめである」というフレーズの比較ですが、ネットで無料提供されているのは、受検者は一つの文章に対して自分がその内容にどれだけ当てはまるか、七段階程度で回答します。それにもかかわらず、診断結果に関しては、本来のMBTIと同じ16タイプの分け方が採用されているのがネットの無料診断です。

――「日本MBTI協会」と無料診断サイトでは診断の内容が異なるというわけですね。

【小塩】さらに申し上げるならば、あのような診断をネットで「無料」で受けられるのはなぜか、立ち止まって考えるべきでしょう。

どのような診断であれ、検査を作成することにも提供することにもそれなりのコストがかかります。「MBTI診断」に限った話ではありません。それにもかかわらず無料で提供できているのは、一つはネット広告で収入を得ているからで、もしかしたら個人情報を収集することが目的かもしれない。診断前に性別や年齢を入力させられるケースもありますし、相手のサイトは少なくとも受検者のIPアドレスなどは入手しているわけです。

なかには「結果を送ってほしい方はメールアドレスを入力してください」という画面が出てくるサイトもある。その仕組みまで意識して気を付けたうえで、ネットの無料診断を受検した人がどれほどいるでしょうか。

――私たちのネットリテラシーも問われている、ということですね。

【小塩】そういうことです。私の研究室の学生も自身の研究の過程でさまざまな調査を行ないますが、協力していただける方には、必ず調査母体を明らかにしたうえで、得られたデータの活用目的を事前に開示します。研究以外の目的では使用しないと明記するし、そのうえで同意いただける場合には回答していただく。

ですから私は学生が何がしかの無料診断をネットで受けたときは、「そうした手続きはありましたか」と聞くんです。使用目的が英語でしか書いていないケースもあるし、しかも読むと「信頼できる結果は出ません」という内容が書いてあることも珍しくありませんから。

――一方で、本来のMBTIの中身はどう評価できるのでしょうか。

【小塩】MBTIの歴史はかなり古くて、もともとは100年以上前に提唱されたユング理論からきています。1940年代にアメリカで作られ、2000年に正式な日本語版が発表されていますが、アメリカの心理学者のなかには、MBTIを批判している人も少なくありません。

じつは、そんなMBTIの歴史をさかのぼると日本人が大きく関わっています。1960年代、MBTIに注目して、アメリカから権利を取得したのが、リクルートの創業者として知られる江副浩正氏を含む研究グループでした。彼らは「MBTIを日本に適用する」という趣旨の内容で、当時の日本教育心理学会で学会発表までしています。

以上について、詳細は経営者のバイブルでもある『心理学的経営』(大沢武志著、PHP研究所)に書かれています。同書の副題は「個をあるがままに生かす」。社員一人ひとりが個性を発揮する経営を試みるなかで、MBTIの活用を考えたのでしょう。

なお、MBTIは当時のアメリカで流行っていたわけではないのですが、日本の実業家からそれだけ注目されているということで、その後、アメリカのMBTI協会までも次第に大きくなっていきました。

しかしそもそも、本来のMBTIは、適性検査や診断という目的で用いるものではありません。専門家のサポートを受けながら結果を見返し、自分自身で振り返る中で自己分析をするためのツールです。気軽に診断をする「性格検査」ではありませんので、その点は注意が必要です。

 

「タイプ別診断」が生み出す構造

――現在の「MBTI診断」の流行は韓国から日本の若者のあいだに流入したと言われています。そもそもタイプ別診断について、小塩先生はどのように評価しているでしょうか。

【小塩】どのタイプ別診断も似たような構造を生み出します。すなわち、受検者をいくつかのタイプに分けて、そのなかで上位と下位を設定する。そうして人びとのあいだに優越感や劣等感を生み出すことで、コミュニティができたり、違うタイプの人を攻撃したりする人が出てきたりします。血液型で言えば、しばしばB型が理不尽なバッシングを受けるのと同じで、多数派が安全圏から少数派をバッシングするという構造です。

「MBTI診断」のケースでも、ネット上には社会に不適合なのはこのタイプで、性格が良いのはこのタイプといったネット記事が氾濫していますね。それを読んだ人たちが「自分が生きづらいのはこのタイプだからではないか」「嫌いなあの人はこのタイプじゃないかな」と考えて診断を受けるようになるのです。

日本で長年流行ってきた血液型の性格判断も、ここ数年は頭打ちです。社会ではそれに代わるようなものが求められていて、だからこそ多くの人が「MBTI診断」にとりつかれているというのが私の見立てです。

――「診断系」と同じような構図で人びとの心をつかんでいるのが「占い」ではないでしょうか。

【小塩】大前提として、占いとは誰もが運勢の良い時期と悪い時期があるとされますから、必ずしもタイプ別診断と完全に合致するとは言えません。でも、たとえば星座占いでも「さそり座は怒りっぽい」などとタイプ別に分ければ、その瞬間に優劣の構造が生まれます。このように自分と他者のあいだに優劣をつけたがるのは人間の本質のようなもので、あらゆるところで昔から繰り返されてきたことでしょう。

――現在の「MBTI診断」の流行が終わっても、また新しいタイプ別診断が出てくるのでしょう。

【小塩】間違いないでしょうね。あるいは過去と同じ診断がふたたび流行することもある。血液型診断はもともと1970年代に書籍がベストセラーになり、2004年には多くのテレビ番組が放送されました。何が流行するかは、おそらくは偶然の要素も大きいのだと思います。

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