2024年05月14日 公開
本稿の前編では、男女分業制が効率的とされてきた日本社会について取り上げた。これまでは男性は仕事、女性は家事に専念すべきというステレオタイプな考えが浸透していた。
しかし男女雇用機会均等法が制定され、人生100年時代が当たり前となった現代においては、理想的な働き方として「ジョブワーク(仕事)」「ホームワーク(家事育児介護)」「スタディワーク(学び)」「ギフトワーク(ボランティアなど社会貢献活動)」の4つのワークにバランスよく取り組むことが提唱されるように変化したのだ。
後編となる今回は、誰一人取り残さない「男女共同参画社会」を目指すために、いますべきことを萩原なつ子氏が語る。
※本稿は、『Voice』(2024年3月号)より、内容を編集したものです。
多くの日本企業において、女性管理職が少ないことは事実でしょう。昔と比べれば、露骨な差別は少なくなり、能力があれば性別に関係なく昇進したり登用されたりしています。
しかし、女性が能力をつけて、力を発揮するうえで、依然として男性とのあいだにさまざまなギャップが存在するのが現在の日本です。たとえば女性管理職を育成するための仕組みが十分ではなく、しかも、リスキリングをしたくても、給料が十分でないので、個人的に能力を伸ばすことも容易ではないのです。
私は23年前、アファーマティブアクション(積極的格差是正措置)で宮城県庁に環境生活部次長として招聘された経験があります。当時の宮城県庁は女性の次長を登用しようと思っても、そもそも課長職の女性がいないという課題を抱えていました。そこで外部から人材を迎え入れようと考え「女性の管理職登用」という目的を達成するために、新しい仕組みのもと、ご縁をいただいて私がそのポジションに就いたのです。
県庁の人材から女性次長を選べなかったことについては、そのときの県知事などの責任というよりは、採用の段階で管理職に育てうる女性を採用していなかったことが問題なのです。
組織は採用のタイミングから男女を問わず、「この人は管理職に育てる」という環境をつくることが大事だと思います。そうして若いうちから責任ある仕事、ホットジョブを与えていくことが、幹部育成では重要になるのです。
人の上に立つには、責任ある仕事を少しずつやりながら、失敗をしたり達成感を抱いたり、いろいろな人と知り合ったりすることが功を奏します。その過程で、コミュニケーション能力や、チームをまとめたり部下を指導したりするのに相応しいスキルが身に付くのです。
これまでの女性たちは長いあいだ、管理職の道を歩むレールには最初から乗っていないので、その過程の経験が圧倒的に足りていませんでした。
企業向けの講演をしていると、最近では管理職の評価のなかに女性の管理職を増やすための取組みとして、「スポンサーシップができているか」という項目を入れている企業が増えていることに気付きます。
たんに部門の売り上げを伸ばせたかどうかではなくて、女性管理職に必要な能力をつけるための働きかけやサポートをしたりしているかという点も評価されているのです。とくに外資系ではこのような発想の企業が多い印象です。
私はかつて、広告代理店にも3カ月のあいだ勤めていました。男女雇用機会均等法がない時代で、4年制の大学を卒業予定の女子学生の求人はほとんどありませんでした。やっとみつけても、自宅通勤のみとか、容姿端麗という条件も珍しくありませんでした。男性にはない条件ですから、明らかに男女格差、男女差別です。
それでも、なんとか小さな広告代理店に勤務することができました。男性の営業の事務補佐です。名刺もありません。電話番とお茶くみ、時々お使いみたいな仕事でした。そのときは「こんなもんなのかな」と、正直にいえば、当初の私は違和感を抱きませんでした。
でも、入社3カ月で結婚した際には、「女性は結婚したら退職」という当時の慣習で自分の意思ではなく、辞めることになりました。
ただ、3カ月でわかったことがあります。上司だけでなく、同期の男性社員の働き方が長時間労働で、異常であることです。男性もまた「人間らしい」働き方をしてないということです。
そのころはすでに、女性の社会進出、社会参加が言われ始めていて、メディアでは「キャリアウーマン」という言葉がもてはやされていました。たった3カ月ですが、男性の長時間労働、滅私奉公的な働き方そのままの枠組みのなかに、女性が参入することへの違和感を感じるようになっていました。
この違和感はなんなのか、なぜ、男女格差はあるのかといったモヤモヤを明らかにするために、結婚後、社会学部に編入学して、学び直しをしました。その後大学院にも進み、キャリアを積んで、現在があります。4つのワークのうちの「スタディワーク」の大切さを身をもって体験しています。
私より若い世代、とくに20代、30代の世代は、生まれたときから男女雇用機会均等法があって、表向きは私たちと同じような苦労を経験することはないでしょう。だからこそ私も、彼ら彼女らの新しい価値観に期待しています。
ただ一つ望むことがあるとすれば、私は、ぜひとも歴史を学んでほしいと思っています。男女雇用機会均等法や男女共同参画社会基本法など、なぜこういう法律ができているのか、その背景や意義を知ってほしいです。
まだまだジェンダー・ギャップ、ジェンダー・バイアスは根強くあります。少しでも違和感を抱いたことを一つずつチェックするなど、つねに学び続ける姿勢はより良い社会に変えていくために欠かせません。
それでも、この社会を一気に変えていくのは難しいのが現実で、焦ることなく地道に取り組んでいかなければなりません。もちろん、一気に変えなくてはいけない局面もあり、とくに法の制定などは速やかに行なわれるべきです。
法律の存在は大きいです。男女雇用機会均等法は当初、努力義務ばかりで「ザル法」などと揶揄されましたが、その後改正を重ねて、「女性活躍」を推進するためにはなくてはならない重要な役割を果たしています。
私が20代のころ、動物行動学者の日高敏隆先生とお話ししているときに、「先生、私のもとにこんな思いもよらぬ仕事が来たのですが......」と相談したところ、「あなたにできると思って依頼が来ているのだから、やりなさい」と言われました。
一度やるとなれば勉強もしますから、新しい知識や力がつきますし、それまでに蓄積してきた知識や経験もあいまって、エンパワメントする、そうするとまた別の依頼がやってくるというわけです。
若い人たちにはできるだけ得意なもの、好きなことだけでなく、いろいろなことに関心をもち、目を向けてほしいし、依頼が来たらチャンスがもらえたのだと発想の転換をしてほしいですね。
何が言いたいかと言えば、あらゆる分野において女性が少ない現状では「女性だから」という理由でキャスティングされることもありますが、それに対して気後れしたり、ネガティブにとらえるのではなく、「自分ならではの経験や知見を評価されて依頼されたのだ」とポジティブに思えばいいのです。
私が宮城県庁での2年間の勤めを終えたときに、頑張って良かったと実感したのは、ある女性の部下から「ロールモデルとしてではなく、自分らしくやればいいんだということを萩原さんの姿から学べた」と言われたことです。
組織のなかで与えられた役割を自覚しつつ、一人ひとりのキャラクターをいかして新しい姿を見せていく。そうして次世代の人たちが、「私にもできそう」「やってみたいかも」と感じて挑戦していく。
そのように部下に将来に希望をもたせ、彼ら彼女らがやりたいことを諦めさせないようにすることが、いまあらゆる組織で上に立つ人に求められていることではないでしょうか。
更新:11月21日 00:05