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イーサリアム創設者ヴィタリック・ブテリン氏が語る「暗号資産の未来」

2024年12月20日 公開
2024年12月20日 更新

ヴィタリック・ブテリン(イーサリアム共同創設者)

暗号通貨

2022年にバブル崩壊を迎えた暗号資産市場の現状と未来とは――。暗号資産イーサリアムを開発した天才プログラマー、ヴィタリック・ブテリン氏に話を聞いた。(取材・構成:大野和基)

※本稿は、『Voice』2024年1月号より、より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

ビットコインとの出合い

――(大野)あなたは17歳のとき、父親の勧めで暗号資産(仮想通貨)のビットコインに興味をもったそうですね。そもそもなぜ、19歳で大学を中退するほど、ブロックチェーン(ネットワーク上にある端末同士を直接接続し、暗号技術を用いて取引の記録を分散的に処理・記録するデータベースの一種)が使われる暗号資産に魅了されたのでしょうか。

【ブテリン】実際のところ、ビットコインに関心を抱いてからのめり込むまでは結構な時間がかかっています。初めてビットコインの存在を知ったとき、いろいろな視点からワクワクしました。ビットコインを支えている数学やテクノロジー、暗号学の重大さを認識し、その経済的応用や不換紙幣の代替通貨という考えが、とくに魅力的に感じましたね。

私は当時からすでにオープンソース・ソフトウェア(ソースコードが公開されており、誰でも自由に無償で改変、再配布が可能なソフトウェア)のファンで、リナックス(Linux)というソフトウェアを使っていました。ビットコインのコードやアルゴリズムがどのように機能するかも興味がそそられましたね。

そこから私は『ビットコイン・ウィークリー』や『ビットコイン』誌の記者を経験し、2013年にプログラミングのプロジェクトも始めました。次第にビットコイン関連の仕事が増え、仕事の時間は大学生にして週20時間に上りました。そして大学を辞め、フルタイムでビットコインの仕事に取り組もうと思ったのです。

――父親からビットコインのことを教えてもらったときは、どんな話をしていたのですか。

【ブテリン】父からは「こういう新しい通貨があるけど、完全にデジタルで、誰も発行しておらずコントロールされていないお金だ」と言われましたが、当初は懐疑的でした。

というのも、お金の価値をどうやって維持しているのかわからなかったからです。でも他の人がビットコインについて話している姿を目の当たりにして、さらに深く調べました。すると、それが安定した価値を実際にいかにして維持しているかが理解でき、最終的には納得しました。

――大学に戻ろうとは思わなかったのですか。

【ブテリン】当初は、リップル(Ripple)という仮想通貨の会社で4カ月間働いたら大学に戻ろうと考えていました。私が通っていたウォータールー大学には、学業と仕事を両方させるコープ・プログラムがありました。それを5年間続けると借金なしで卒業できるというものです。多くの仕事を経験してから卒業できるというメリットがあり、しかも働く企業が自分の専攻に関係していればどの企業でも構わない。

ところがリップルではアメリカのビザが必要で、私はビザを取得できなかったのでスペインに赴き、『ビットコイン』誌の創設者の下で働くことになりました。彼ともっと一緒に仕事がしたいと思い、大学は1年間の休みを取りました。イーサリアムを始めたときは3、4カ月でプロジェクトが終わると想定していましたが、あまりにも大きな注目を集めたので、そのままイーサリアムに注力することになったのです。

――ビットコインの発明者は「サトシ・ナカモト」であると言われています。極めて日本的な名前ですが、実際の人物について何かご存知ですか。

【ブテリン】ナカモトについて、私が他の人より特別に知っていることはないですね。日本人の可能性が高いと言われていますが、じつはアメリカ人のなかにも、日本のマンガやゲームの影響もあり、ハンドルネームとして日本人の名前を使いたがる人が少なくありません。

――ナカモトは実在人物だと思いますか?

【ブテリン】一人の実在人物だと思います。

――あなたの父親かもしれませんね。

【ブテリン】その可能性もあります(笑)。

 

集中型としてのソーシャルメディア

――イーサリアムの時価総額は現時点で、ビットコインに次ぐ2位です。1位をめざしているのですか。

【ブテリン】1位になることにはアドバンテージもありますが、ディスアドバンテージもあります。ある点を超えると、より大きな注目を集めることが多くのマイナスを生むことに気づきます。イーサリアムは時価総額で1位になることよりも、システムを改善し続けることのほうが重要です。

――ビットコインという先駆的な暗号資産が存在するなかで、イーサリアムはどのような点で差別化を図ろうと試みたのでしょうか。

【ブテリン】イーサリアムにはビットコインと違って、内臓のプログラミング言語があります。もしアプリを使いたければ、一つのプログラムとしてつくってイーサリアムにアップロードできます。イーサリアムはそのプログラムを理解し、他の人も使えるアプリをつくります。

アプリはどんなものでもよくて、たとえばDAU(Daily Active Users:一日あたりのアクティブユーザー数)やNFT(Non-Fungible Token:ブロックチェーンを基盤にして作成された代替不可能なデジタルデータ)、さらに非金融資産もあります。

――あなたは著書Proof of Stake:The Making of Ethereum and the Philosophy of Blockchains(邦訳『イーサリアム 若き天才が示す暗号資産の真実と未来』日経BP)で述べているように、ブロックチェーンの「分散型」という点を重視しています。特定のプラットフォームにコントロールされない分散型とはそもそも何なのか、その重要性についても教えてください。

【ブテリン】分散型とは簡単に言えば、システムを運用する人間や組織がないということです。システムに誰が参加できて誰が参加できないのかを選べる人がいない、つまりルールを変えられる人がいないわけです。

分散型と異なる典型例がソーシャルメディアで、そのプラットフォームはすべて集中型です。X(旧Twitter)やレディット(Reddit)などは頻繁にルールを変えます。

たとえばXにはAPI(Application Programming Interface:接続先のOSを呼び出すことや、互いのソフトウェアやアプリケーション機能の一部を共有すること)があります。しかしイーロン・マスクはAPIに変更を加えて、各アカウントは600ポスト(投稿)までしか見られないようにしました。

このようにAPIが突然変えられると、人が何年もかけて構築したアプリの機能が非現実的になります。他方で先ほど述べたように、分散型のブロックチェーンであれば、少数の人がルールを変えようとしても変更されることはありません。

 

暗号資産バブル崩壊の余波

――2022年はFTX、セルシウス、スリー・アローズ・キャピタルといった暗号資産の有名企業の経営破綻が相次ぎ、暗号資産市場にとって厳しい1年でした。ここ数年の同市場の動向をどのように見ていますか。

【ブテリン】我々は2020年と2021年に非常に大きな暗号資産バブルを経験しました。このようなバブルが起きるたびに注目を集めますが、同時に持続可能ではない要素もあります。

大きな課題の一つは、暗号資産がまだ成長期にある段階でバブルが起きるたびに、新しいユーザーが多く出てくることです。彼らは暗号資産で何がうまく機能したのか機能しなかったかの教訓をまだ学んでいない。最終的に、筋が通らないものを買わせるプロジェクトがたくさんあります。

2022年に暗号資産バブルは終わりを迎えました。同年5月に大暴落したテラ(Terra/LUNA)は、まさに持続可能ではないプロジェクトの一つで、「ねずみ講」のような仕組みでした。崩壊して当然だと言えるでしょう。FTXは、オーナーが信用できない集中型の交換所でした。

――暗号資産バブルの崩壊は人びとにどのような影響を与えたと思いますか。

【ブテリン】バブル崩壊以来、人びとには2種類の異なる反応が見られました。一つは暗号資産をただ恐れること、もう一つはより分散化を進め、質の高いプロジェクトを促すことです。ユニスワップ(Uniswap:暗号資産の交換に利用される分散型金融プロトコル)はハッキングされることもありますが、全体として見れば大手の交換所よりも人びとのお金を守ることに長けています。

日本には、暗号資産を恐れる反応を示した人はほとんどいませんでした。日本にはすでに暗号資産に関する規制があり、顧客のアカウントについて、賭けをしているお金と分けるようにFTXに要求したからでしょう。私の理解では、日本の顧客は損失を出していません。

このように世界全体で見ると、必ずしもネガティブな反応ばかりではありません。いまは一つの波を越えて、暗号資産に対してやや楽観的になり始めています。

――暗号資産バブルの崩壊を受けて、イーサリアムはどのような動きを進めているのですか。

【ブテリン】イーサリアムのコアにいる人たちはいま、テクノロジーを改良し続けています。私がコア・リサーチャーとして懸念しているのは、株価がコンスタントに上昇する「強気市場」です。強気市場になると手数料が非常に高くなるからです。2021年のことですが、私が使いたいと思っていた多くのアプリのなかには、一回の取引で手数料が80ドルもかかるものもありました。

 

Xのコミュニティノートは理想に近い?

――イーサリアムコミュニティの自立分散型アプリケーション・プラットフォームは、「信頼できる中立性」を重視するあなたの「思索家」としての一面を象徴していると思います。なぜあなたは、「信頼できる中立性」を重視するのでしょうか。

【ブテリン】「信頼できる中立性」とは、要はシステムの規則がフェアであり、一つのグループをえこひいきしないことが明白であることです。これはブロックチェーンが人びとを魅了する大きな要素でしょう。

先ほどXのAPIが突然変えられる問題点を指摘しましたが、じつはXのなかには「信頼できる中立性」の事例も存在します。コミュニティノート機能です。誤解を招く可能性があるポストが生じた際、ユーザーが協力して正すための情報を提供することができます。

情報の修正については以前も「ファクトチェック」が存在しましたが、それは特別なグループによるものでした。一方でコミュニティノートは、完全にオープンなアルゴリズムです。この件については、今年(2023年)8月のブログにも書きました。

――「完璧ではないが、信頼できる中立性という理想を満たすのに驚くほど近い」という内容ですね。

【ブテリン】そうです。非常にオープンで民主的な方法で行なわれており、ユーザーからの信頼性が担保されています。私と同じように多くの識者が、コミュニティノートについてはポジティブな見方を示しています。

 

暗号資産は先進国では代替通貨にならない

――先にあなたが触れたように、日本では2017年、世界に先駆けて暗号資産に関する法律を成立させました。一方で暗号資産の保有者数は、日本よりも人口が少ないベトナムやトルコ、韓国よりも少ない水準です。あなたは、暗号資産市場において日本をどう見ていますか。

【ブテリン】一つ言えることは、そもそも個人的に大きな問題を抱えている人のほうが暗号資産を利用しやすいということです。日本は豊かな国で、たとえば深刻な通貨危機が起きたトルコと比べるとはるかに問題は少ないでしょう。

私が2015年に初めてトルコを訪れたとき、対ドルのトルコ・リラの価値は3.5対1ほどでしたが、現在は2.7対1まで差がついています。これは先進国では考えられない問題です。

先進国ではインフレ率が年に8%で騒がれますが、アルゼンチンの昨年のインフレ率は月に8%です。豊かな国同士でのお金の移動は簡単ですが、その他の国では困難な場合もあります。ですから暗号資産はそもそも、日本のような豊かな国ではなく、経済的に不安定な国のほうがニーズは高いのです。

――「暗号資産は国際送金等で非常に便利だが、法定通貨として確立されておらず、ドルや円に取って代わることはない」という声も聞かれます。この主張について、あなたはどう考えますか。

【ブテリン】個人的には、ビットコインやイーサリアムといった暗号資産が国の通貨に完全に取って代わることを期待していません。価値としての安定性がなく、代替通貨には向いていないからです。

なかには「暗号資産市場がもっと大きくなってより多くの人が使えば、安定性が自然と出てくる」と言う人もいますが、エビデンスはありません。安定した国では今後も、すでに使用している通貨を使い続けるというのが私の現在の見立てです。

暗号資産は、国際間の商取引や現行通貨が崩壊し始めたときの代替通貨という性質が強いと思います。エルサルバドルは2022年、法定通貨を米ドルから世界で初めてビットコインに変更しました。政府からすれば、ビットコインを使ったほうがアメリカのインフラに対する依存度が減ります。エルサルバドルのように経済的に不安定な国では、個人だけではなく政府においても暗号資産は魅力的です。

――では、暗号資産が日本の円と同じような国の通貨になるには何が必要でしょうか。

【ブテリン】それは素晴らしい質問です。まずは使いやすさでしょう。エルサルバドルでもビットコインが法定通貨に規定されたとき、商人たちはビットコイン・ウォレットを利用するのにかなり苦労したと言います。

ただ実際のところ、たとえ暗号資産によってベネフィットがあったとしても、一般国民にとってはいままでと異なる通貨に切り替える気持ちは湧かないでしょう。もし国が通貨危機に陥ったり、独裁政権が樹立するような事態が起きたりすれば、国民は進んで暗号資産に切り替えようとするかもしれません。

しかし日本のように政治的にも経済的にも安定している国では、法定通貨を暗号資産に切り替える理由がない。海外の顧客を抱えるいくつかのインターネットサイトは受け入れるでしょうが、国民全体が受容するインセンティブがないのです。

 

シティコインという選択肢

――地域における価値交換の手段として暗号資産を用いる「シティコイン」の試みが、米国のマイアミやニューヨークなど複数の都市で実践されています。その進捗度と課題について、あなたはどう考えていますか。

【ブテリン】シティコインの良し悪しは個別のものによると思います。私がそれに対して抱く関心は、いままで不可能だった都市経済での実験の機会を多くつくり出すことです。

具体例を挙げましょう。人が住む物理的な場所に投資する唯一の方法は、不動産を買って所有することです。この問題は、貯蓄の一つの形として不動産の購入に経済を依存していることです。不動産価格が上昇すれば、退職後の蓄えになる。でも家を買える人はいいですが、家を買えない人もいます。そこでシティコインへの投資という選択肢があれば、特定の都市の成功に投資する方法を人びとに提供することができます。

――『イーサリアム』の序文を書いたネイサン・シュナイダー氏には本誌で一度インタビューしたことがありますが(『Voice』2020年12月号)、彼は序文で「イーサリアムも類似のシステムも、人は利己的なものだという前提に従って設計されているが、ブテリン本人は禁欲的で、個人的には暗号資産で動く未来を実現すること以外、何も望んでいないように見える」と書いていますね。

【ブテリン】私が望んでいるのは暗号資産で動く未来だけではありませんが、自分の人生には満足しています。今後も自分のお城を持とうとは思いません。

――分断は暗号通貨には有害であるとシュナイダー氏が指摘しているように、あなたは暗号資産市場における協力的でかつ開放されたエコシステムを求めていますね。その実現には何が必要でしょうか。

【ブテリン】非常に重要なバランスが必要です。分断が必ずしも悪いとは言えません。逆に一つに統合することのリスクも伴います。イーサリアムとビットコインが二つの異なるブロックチェーンであることは望ましいことでしょう。

 

ゼロ知識証明技術×ブロックチェーン

――最後に、あなたが描く「暗号資産で動く未来」とはどのような姿でしょうか。

【ブテリン】さまざまな種類の未来が可能でしょう。私がよく使うアナロジーは、先にも触れたオープンソース・ソフトウェアのリナックスです。サーバー市場でリナックスは勝ち、ほとんどのサーバーはリナックスで動いています。

じつはアンドロイドも、リナックスから派生したものです。今後リナックスをデスクトップで使う人が増えてほしいと思いますが、いまそうしているのはごく少数の人でしょう。

暗号資産のテクノロジーも、一部の人しか利用せずに終わってほしくはありません。暗号資産は、貯蓄や商取引の方法として多くの人にとって価値のあるものです。

もっと深いテクノロジーになると、「ゼロ知識証明」(何かを証明したい人が「自分はある事柄を知っている」という事実を、それを確かめたい人に、その事実以外の知識を何も与えることなく証明する暗号学上の技術)が私をとてもワクワクさせます。その手法によって、自らのプライバシーについてあまり明らかにしなくても、自分が信用できる人であることをグループが証明してくれます。

この技術は非常に有用で、多くの集中型テクノロジーの初期機能になる可能性があります。政府が発行するデジタルIDプログラムに組み込むこともできるし、投票システムに利用することもできます。

ゼロ知識証明の技術をブロックチェーンと組み合わせることも可能です。将来、集中型のテクノロジーと分散型のテクノロジーを組み合わせることで、多くの新たな機会が生まれます。忘れてはいけないのは、ビジョンの10%でも成功すれば、非常に大きく重要なインパクトがあるということです。

 

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