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ロボットは家族の一員になり得る? 研究者が語る「1家に1台」普及の未来像

2024年07月16日 公開

青木俊介(ユカイ工学株式会社 代表取締役CEO)

青木俊介

人に共感する未来のファミリーロボット「BOCCO emo」(ボッコ エモ)、しっぽのついたクッション型セラピーロボット「Qoobo」(クーボ)、やみつき体感ロボット「甘噛みハムハム」など、ユニークなロボットを次々に開発、販売しているロボティクスベンチャー、ユカイ工学。

生み出す製品はいずれも、社名の通りユーザーをワクワク愉快にさせ、メディアの注目を集めている。「ロボティクスで、世界をユカイに。」をビジョンに掲げて取り組むものづくりについて、創業者でCEOの青木俊介氏が語る。

取材・構成:長尾 梓 写真撮影:にったゆり 写真提供:ユカイ工学

※本稿は『[実践]理念経営Labo 2023 SUMMER 7-9』より、内容を抜粋・編集したものです。

 

誰のどんなアイデアも形にして真価を検証

自分たちが自由闊達にものづくりをできる場をつくりたい ――。ユカイ工学設立の背景には、そんな想いがありました。エンジニアというのは、基本的にみんなものづくりが好きな人たちです。

しかし、実際に自分のアイデアを思ったように形にする機会に恵まれている人は、そう多くないでしょう。組織が大きくなればなるほど個人のアイデアは生かされにくくなりますし、お客様の注文を受けて開発するとなると、たいていの場合、裁量の余地はほとんどありません。

本来の楽しさ、ワクワク感にあふれたものづくりをどこまでも追求したい――。当社は従業員数約30名の組織ですが、心からそう願っているメンバーが結集しています。

社名の「ユカイ」は、ソニー創業者の井深大氏が起草した同社設立趣意書の一節「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」という考え方に共感してあやかりました。自由闊達にアイデアを出して形にできる組織と企業風土をつくり、「ユカイ」なものづくりを通して世界中のユーザーにも楽しさやワクワクを感じてもらうことが、当社の目指すところなのです。

「ユカイ」な組織であるために、当社ではエンジニアやデザイナーはもちろん、営業やPR、人事、経理のスタッフまで、誰もが自分の企画を提案できるようにしています。それもただ単に企画書として提出するのではなく、各々がまず試作品をつくってみます。

というのも、いい企画を生み出すことに立場はまったく関係ありませんし、いろいろなアイデアがあったほうが「ユカイ」なものづくりにつながるはずです。

また、製品が持つ本当の価値というのは、実際に形にして触れてみないとわからないものです。たとえばセラピーロボットの「Qoobo」は言ってみれば「動くしっぽの生えたクッション」ですが、企画書でいくら説明されても、それのどこが「ユカイ」なのか、いまひとつピンときませんよね。でも、実際に撫でて、しっぽが振れる様を目にすると、驚きや発見が生まれてきます。

もちろん、商品化まで至らないケースも数多くありますが、どんなアイデアでも検証する価値はあるはずです。たとえ一度ボツになったとしても、時を経て新たな可能性が生まれてくることもあるので、アイデアはすべてわれわれの財産であると考えています。

 

安心して妄想を語れる仕組みづくり

当社ではアイデアを出す場として、「妄想会」という会議を毎週開催しています。画期的で「ユカイ」なアイデアは、他者の要請からよりも、むしろ個人の妄想的な願望から生まれるものです。

「誰かの課題を解決する」という第三者的な視点ではなく、「誰にどう言われようと自分はこれが欲しい!」という強い想いをみんなで披露し合います。

それらの妄想は、年1回開催する「メイカソン」で形にします。これは短期間で集中してプロトタイプ(試作モデル)をつくる全員参加の一大イベントで、毎年3月、4月頃から約2カ月かけて準備をして試作品を発表してもらっています。「甘噛みハムハム」や「Qoobo」など、ヒット商品がいくつもこのメイカソンから生まれました。

このように、各人から出てくる妄想は、いわば当社の貴重な経営資源です。それを生み出すために重要となるのが、どんなアイデアでも安心して発表できる環境を整えること。

「こんなに現実離れしたアイデアでは、くだらないと笑われたりするかも......」と不安に思ってしまうようでは、自由闊達に自分の妄想を語ることなどできません。誰もが安心して自分のアイデアを語り合える社内環境をつくるには、やはりまず社員がお互いをよく知ることでしょう。そのために、普段から社員同士で多くの時間を共有することが大切です。

当社ではそれを促す仕組みの一つとして、部活制度を設けています。一定数以上の部員を集めると発足でき、活動費は会社から補助しています。業務時間外で一緒にバーベキューをしたり、ゲームをしたり、スポーツをしたりと、楽しい時間を共有する活動が盛んです。

子育て中の社員もいるので、ファミリーで参加できるイベントも増えてきています。仕事とは一見関係なさそうに思えるこうした社員同士のふれあいこそ、実は「ユカイ」なものづくりを行なううえでとても大切だと考えています。

 

人の心を動かすロボットでイノベーションを起こす

私がロボットの開発を事業に選んだ理由は2つあります。1つは、昔からロボット開発に憧れがあったこと。中学生の頃、アメリカのSFアクション映画『ターミネーター2』を観て、ロボットそのものよりも、ロボットを開発しているエンジニアに対して「カッコいいな」と思い、それ以来、ロボットやAIを開発するような仕事がしたいと考えていました。

もう1つは、2005年に開催された日本国際博覧会「愛・地球博」で、たくさんのロボットが登場するのを目の当たりにしたことです。トヨタやホンダ、ソニーなどの大企業はもちろん、中小のメーカーもロボットを出展していて、スタートアップ企業でもロボットをつくれる時代になってきていることを実感しました。そして近い将来には、ロボットが1家に1台以上あるような時代が必ずくるはずだと確信したのです。

かつて任天堂のゲーム機「ファミリーコンピュータ」が広く世界で普及したように、国内外の多くの家庭で愛用されるデバイスが、ロボット業界においても必ず生まれるだろうと考えました。ファミコンは、「ゲームはゲームセンターでやるもの」というそれまでの常識を打ち破り、自宅で手軽に楽しめることを当たり前にした革新的な製品でした。

そのようなイノベーションをもたらす製品を自分たちの手で生み出し、世界中の人に使ってもらいたい。この想いを、当社のビジョン「ロボティクスで、世界をユカイに。」に込めているのです。

では、どのように「世界をユカイ」にしていくのか。そのカギは、ロボットの役割にあります。私は、ロボットが人とAIなどのデジタル技術とをつなぐインターフェースであり、人の心を動かすことができるところに一番の強みがあると思っています。そのため、1家に1台普及するロボットとなると、それはおそらく、家事の効率を高めるという類のものではないと考えました。

たとえば、食器洗いでいうと、人がするように1枚1枚ピックアップして洗う家事ロボットはいまだ登場していません。その作業はロボットにとって、とても難しい課題なのです。

しかし、それにはすでにあるような家電の食器洗い機があれば十分間に合うわけですから、結局のところ、そういったタスクは家電に任せればいいでしょう。家電のほうが効率的でコストも安いので、そこをわざわざロボットに置き換える必要はありません。

むしろ、これからのロボットは、もっと人の心に寄り添い、暮らしを「ユカイ」にするようなものが主流になるはずです。こうした考えにもとづいて、当社ではいずれの製品においても愛着が湧くような可愛らしいビジュアルや動きを持たせ、キャラクターとしての魅力を追求しています。

言うまでもなく日本のアニメやキャラクターは世界中で人気がありますし、少し前のいわゆる「ゆるキャラ」ブームもまだ記憶に新しいところです。

さらに歴史をたどれば、日本では妖怪のような、ただ恐いだけでなくどこか愛嬌のある存在も語り継がれてきました。つまり、日本には昔からキャラクターを愛する文化が存在しており、現代のロボット開発においても、キャラクター文化の強みを生かさない手はありません。その文化に根差したものづくりこそが、世界で闘うためには必要だと考えています。

 

インターフェースとして広がる可能性


↑撫でるとしっぽを振って心を癒してくれる 「Qoobo」(左)と「Petit Qoobo」(プチ・クーボ)

当社の製品で、とりわけデジタル技術とのインターフェースとしてご好評をいただいているのは、コミュニケーションロボット「BOCCO emo」です。

このロボットを介して家族と音声やテキストでメッセージをやり取りできるほか、「今日はゴミ出しの日だよ」と音声で教えてくれたり、ユーザーが何かつぶやけば、その気持ちに共感してほっぺを赤らめたりしつつ、独自の言葉で応えてくれます。

現在、様々な領域の企業とパートナーシップを築き、すでに本サービス化がスタートしているものもあります。セコム様との共同事業「あのね」もその一つで、「BOCCO emo」を使ったシニア向けの声かけサービスを提供しています。

なかでも特に喜ばれているのが、薬を飲むリマインド機能です。シニアの方が「薬を飲んでね」と自分の子供や孫から言われると、人間同士の感情が邪魔して素直に聞き入れにくいこともあります。でも相手がロボットだとその心配はなく、シニアの方も喜んで応じてくれることが多いそうです。

メッセージというのは単に伝えればよいわけではなく、相手に受容されなければ意味がないので、そこを補完するのがロボットの役割の一つだと考えています。

たとえば車の運転中、急ブレーキや急発進をして助手席の人に注意をされると、イラッときますよね。でも、ロボットが驚いて怖がると、「ゴメンね」という気持ちになって、安全運転を心がけるようになるでしょう。

実際に、「BOCCO emo」とカーナビを連携させた名古屋大学との実証実験でも、ロボットがいるほうがスピードが下がるという結果が出ています。このように「BOCCO emo」は、いろいろなものと連携させて機能を増やせるプラットフォームとなっています。

他にも、ダイエットや語学の習得など、ユーザーがなりたい自分に近づけるようにサポートする機能をどんどん強化することを目指しています。

こういうと、「目標としては、人気アニメの『ドラえもん』のようなイメージですか?」とよく聞かれます。それに対する私の答えは、「YES」でもあり、「NO」でもあります。「ドラえもん」というと、いろいろなひみつ道具を出して問題を解決することが注目されますが、その点は明らかに違います。

私はむしろ、「ドラえもん」の最大の役割は、のび太の成長をサポートすることにあると思うのです。人間は誰しも苦手や弱い部分を持っていて、自分一人で何でもできる人はいません。たとえばダイエットや語学の勉強をすると決意しても、自分の意志だけで続けるのはなかなか難しいものです。そうしたときに、うまく誘導して習慣づけをしてくれるような機能をロボットに持たせる。これが私の考える「1家に1台のロボット」なのです。

ただし、1台にあらゆる機能を詰め込もうとすると、ムダが多く生まれ、高価格になってしまいますので、あまり現実的ではありません。「Qoobo」であればしっぽを振る、「甘噛みハムハム」であれば甘噛みというように、コアな機能だけに絞っているのもそのためです。

できるだけ用途はシンプルにして、1台といわず、2台3台と「多頭飼い」されるようになれば、「ユカイ」の度合いも相乗的に高まるのではないかと考えています。

 

子供たちのワクワクで「世界をユカイ」に

最近では、NHKと全国高等専門学校連合会が後援する「小学生ロボコン」の大会もお手伝いしており、公式キットの販売を手がけています。キットはモーターにいろいろな素材を取りつけて、段差を乗り越えるロボットやピンポン球を飛ばすロボット、飾りをくるくる回すロボットなど、様々な動きが実現可能です。

もし間違えても何度でもやり直せて、改良を加えることもできます。この活動を始めたのは、日本全国の小学生にものづくりやプログラミングの楽しさを伝えたいとの想いからです。

というのも、私は子供の頃にピアノを習わされたことがあり、基礎練習ばかりでとてもつまらない思いをしました。人類が太古から楽しんできたはずの音楽が、まったく面白くないものになってしまったのです。

プログラミングが必修化されたときに子供たちに同じ思いをしてほしくないので、幼い頃からワクワクする楽しいものづくりに触れる機会をできるだけ多く提供したい。そうすれば、やがて子供たちが成長して、ワクワクするものづくりでユーザーをまたワクワクさせるはず。そんな好循環がどんどん広がれば、「世界をユカイ」にできるのではないかと考えています。

 

【青木俊介(あおき・しゅんすけ)】
1978年神奈川県生まれ。東京大学工学部計数工学科卒業、東華大学信息科学技術学院修了。2001年、大学在学中にチームラボ株式会社を設立し、CTOに就任。’11年ユカイ工学株式会社を創業、CEOに就任。

 

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