2024年12月09日 公開
現在の中国では公共建設ブームが過熱しているという。不景気の中でも「無駄なインフラ建設」を続ける理由とは? 『Voice』2024年12月号では、ハーバード大学ケネディスクール・フェローのリチャード・ヤーロー氏に現地でみた中国経済の動向について話を聞いた。
※本稿は、『Voice』2024年12月号より、より抜粋・編集した内容をお届けします。
――ヤーローさんは中国の現地に足を運んで実地調査を重ねていますが、最近中国を訪れたのはいつのことですか。
【ヤーロー】今年(2024年)の6月中旬から7月中旬にかけて1カ月ほど滞在しました。7月中旬の三中全会(中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議)について、現地の経済学者や金融関係者と意見を交換したかったからです。河南省にも滞在して、地元の工場を視察したり経済政策担当者に話を聞いたりしました。
――中国で研究活動を行なうことで、身の危険を感じることはありませんでしたか。
【ヤーロー】私個人を標的に嫌がらせをされたり尾行されたりすることはありませんでしたね。正直に言えば、中国の役人は友好的でした。彼らにとっても、アメリカ人学者の率直な意見は興味深いのでしょう。
とはいえ、困難がまったくなかったわけではありません。深センの国境では入国の際に部屋に連れていかれて、警察から2時間ほど取り調べを受けました。彼らが私を認識していたとも思いませんから、外国人に対してはつねに警戒しているのでしょう。北京では警察に連行されて質問を受けたこともありました。
――中国経済について、昨年に訪れたときと今年の夏では、どのような変化を実感しましたか。
【ヤーロー】全体的な傾向としては、中国経済には悪い兆候が表れていると感じました。たとえば、依然として建設ブームが続いていますが、これは主に政治経済的な意味合いで行なわれており、必ずしも利益を生む事業ではありません。ある種の景気刺激策で雇用などを生むことが目的です。しかし、私にはこれを素晴らしい政策としては評価できません。
現地で取材していると、インフラ建設が奇妙な分野まで広がっていることに気づかされます。顕著な例が地下鉄の路線の拡大で、日本で喩えるならば、東京から名古屋まで伸ばされているようなものです。中国では全土に高速道路網が整備されているのに、そのすぐ隣に地下鉄を建設するのであれば合理性を見出せません。また、地下鉄が建設されたことによって、時間やコストを節約できる利用者も少ないでしょう。
問題なのは、このような「無駄」なインフラ建設に対して誰も文句を言わないことです。一般国民からすれば、プロジェクトの資金がどのように調達されて、どれだけのお金が何に使われているのか見えにくいでしょう。その結果、彼らはとくに気にすることなく、「新しい電車の路線ができるのはよいことだ」と感じる。このような現象は、中国のいたるところで見受けられます。
これこそが、今日の中国の歪みであり、雇用面も含めて消費者経済が上手く回っていないことを意味します。
――そうした中国の状況は、はたしていつまで続くとお考えですか。
【ヤーロー】たとえば、中国中の田舎に地下鉄を建設するわけにもいきませんから、政府高官もいつかは、この政策を続けることを正当化できなくなるでしょう。そう考えるならば、極端な公共建設の計画については、5年以内に停止せざるを得なくなるかもしれません。それでも、資金が尽きるまでは走り続けるでしょう。
もしも建設ブームが終わったならば、いま建設業界に流れている資金は、どこに向かうのでしょうか。私が今回の中国取材で目にしたのは、多くの場所で次々と「新しいバブル」が生まれていることでした。
たとえば、あらゆる地方でソーラーパネルを見かけました。作物に水を行き届かせるためのインフラがない地域でさえも、ソーラーパネルが設置されていたのです。先進国の農業の観点から見れば、必然性や合理性に欠けているでしょう。
もちろん、ソーラーパネルの普及そのものは批判されるものではありません。新しいエネルギー源を確保できるのですから。でも、中国の北部は必ずしも晴れの日が多いわけではありませんから、太陽光では多くのエネルギーを得られるわけではない。生産的なお金の使い方とは言えないでしょう。まさに「新しいバブル」であり、いつかは必ず崩壊します。
ちなみに、ソーラーパネルの普及は、「半分の意味では良いインフラ」という点で、現在の中国で行なわれている公共公園の整備と似ています。中国政府は近年いたるところに公園を建設し、遊び場や公共カラオケなどを充実させています。小さな町にとっては歓迎すべきことで、一部の人びとの生活環境は改善されます。
他方で、これは上海の経済学者が話していたことですが、その公園で食事をしたり眠ったりできないのであれば、人びとにとっては具体的な利益がありません。雇用や収入を生み出すわけではないのですから。むしろ、その代わりに維持管理費などのコストが発生します。
いずれにせよ、現在の中国にとってのリスクは建設ブームであり、日本でも報道されているとおり不動産投資は大きな問題となりました。これらの事業は遠くないうちにバブルが弾けるでしょう。
――先ほど今回は現地の工場を視察したとお話しされていましたが、どのような発見がありましたか。
【ヤーロー】中国全土の工場をくまなく見て回ったわけではありませんが、それでもいくつかの工場をこの目で見ることができたのは貴重な経験でした。その経験と現地の経済学者から聞いた話を合わせると、国内市場向けの産業はかなり厳しいですね。
たとえば、私はある家具工場を訪問しましたが、国内向けに製造販売している家具メーカーの収益はコロナ禍以前の3分の1から4分の1に減少しています。中国では家計が厳しい家庭が多く、また雇用の見通しも明るくないため、新しい家具はなかなか買われないからです。
他方で、輸出市場向けの企業はかなり好調です。もちろん輸出に頼る以上、不確実性から逃れることはできませんが、少なくとも現時点においては貿易黒字が拡大しています。
好調な中国企業を見ると、さまざまな種類のサービス産業が黒字を叩きだしていることがわかります。旅行会社のトリップ・ドットコムやオンラインショッピング企業のアリババやテム、あるいは教育サービスの企業やゲーム会社などが挙げられます。
福建省のゲーム会社を訪問したところ、同社の幹部は「国内市場は低迷しているが、当社は海外市場を軸にビジネスを展開しているので上手く回っている」と説明してくれました。これらの市場は好調であり、海外での消費は依然として旺盛です。
――たとえば、テムのオンライン・プラットフォームではじつに安い値段でさまざまなモノを買うことができますが、彼らはいったいどのように利益を生み出しているのでしょうか。
【ヤーロー】賃金の抑制もさることながら、広範囲にわたるデフレ現象が関係していると私は考えています。また少なくない投資家たちが、いまは利益をあげられていなくとも、5年後、10年後には国際市場を独占して利益を生み出せるだろうと期待して、いまのうちに投資している可能性もあります。
しかし、中国の輸出企業は好調ではあるものの、リスクも存在しています。たとえば、今年のデータを参照すると、スマートフォンなど携帯電話関連の輸出が急激に減少していることがわかります。実際の輸出額と輸出量は数年前と比較して大幅に減少しているようで、これは言うまでもなく悪い兆候です。
――アメリカのトランプ前大統領時代の対中関税の引き上げの影響でしょうか。
【ヤーロー】そうだと思います。トランプ政権時代以降も、好調を維持する輸出企業は存在していたし、依然として中国からアメリカに向けてかなりの規模で輸出されていました。しかし、次第に特定の分野で変化が見られるようになりました。それがスマートフォンなどの製品です。
電気自動車(EV)などと比べてセキュリティの問題に関わる製品であるため、アメリカ側が慎重に取り扱っていることが理由の一つでしょう。以上の点に鑑みれば、いまはまだ好業績の中国の輸出産業も、大きなリスクをはらんでいることがわかります。
なお、私は中国の役人やビジネスパーソンから、何度も「インドやベトナムについてどう思いますか?」と聞かれました。彼らはおそらく、製造拠点が中国からほかの地域に移ることを心配し始めているのでしょう。
ただし、一方でアメリカのビジネスパーソンと話すと、とくに製造業では産業能力をほかの国や地域に移転する「脱中国」のプロセスは非常に難しいと口にします。中国に代わる生産拠点は、いまの時点ではなかなか選択肢がないのが現実です。
――インドも選択肢にはならないのでしょうか。
【ヤーロー】じつのところ、一般的に語られているほどには魅力的な場所ではありません。官僚主義が厳しすぎるため、事業を立ち上げることが非常に難しいし、訓練を受けた労働者の数も充分ではありません。
インドに進出したアメリカ企業が、現地で人材を集められず、中国の工場で働くエンジニアを派遣したケースもあると聞きました。この企業はベトナムやメキシコにも中国人労働者を派遣して、現地の人に仕事を教えさせているといいます。
――「脱中国」を進めることが難しいならば、私たちのサプライチェーンは今後も中国に縛られたままなのでしょうか。
一部にはそうした悲観論もありますが、私からすれば短絡的で視野の狭い議論です。いま中国を歩けば、工場の質がかなり低水準だった25年前と比べて、目覚ましい発展を遂げたことがわかります。
彼らは産業能力を劇的に向上させたわけですが、ほかの国でも中国と同じように力を集中させて、しかも時間さえかければ、ある程度は産業能力を向上させられるでしょう。中国にできたことをほかの国では不可能と考えるのは、歴史を顧みない非理論的な言説です。
更新:12月17日 00:05