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現地で見た「中国経済暗転の兆し」 ハイテク産業にも迫るバブル崩壊の足音

2024年12月13日 公開
2024年12月13日 更新

リチャード・ヤーロー(ハーバード大学ケネディスクール・フェロー)

北京の街並み

中国の不動産バブル崩壊は日本においても大きく報道された。国内経済は不調に陥っているイメージがあるが、実態はどうなのか? 『Voice』2024年12月号では、ハーバード大学ケネディスクール・フェローのリチャード・ヤーロー氏に現地でみた中国経済の動向について話を聞いた。

※本稿は、『Voice』2024年12月号より、より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

中国が陥る「常態化した景気停滞」

――中国では電気自動車やドローン、半導体、人工知能(AI)などのハイテク産業を「新質生産力」と呼んで力を入れています。これらの産業の動きについてはどう見ていますか。

【ヤーロー】いずれも活況で、新しい工場が次々とオープンしています。経済合理性という観点から見ると疑問符がつきますが、彼らが生産能力を急速に拡大させているのは事実です。ただし、それらもやはりバブルであり、弾ける可能性は否定できません。

私には中国経済の暗転を予期させる2つの懸念すべき兆しが見えていて、一つはいま申し上げたように、好調に見える産業もバブルであるという点です。中国の企業はすべからく自社製品が持続的かつ安定的に需要があると確信する前に、生産を拡大させてしまいます。これはある意味では、中国における典型的な産業政策と言えるでしょう。

もう一つの懸念すべき兆しが、私のボスでもあるハーバード大学のローレンス・サマーズ教授(元アメリカ財務長官)が言うところの「常態化した景気停滞」(セキュラー・スタグネーション)です。

「常態化した景気停滞」とは、先進国では今後、少子高齢化などで需要の伸びが止まるため、いわゆる「マイルドな不況」と高い失業率が常態化し、新しい民間投資も促進されず、高成長や完全雇用はバブルの時期だけに見られる例外的な現象になるという考え方です。そして私は、これからのビジネスは、雇用の必要性がそれほどには大きくない領域が中心になると見ています。

この20年間のアメリカ経済を見たとき、急成長した企業を挙げると、グーグルやフェイスブック、オラクルなどが挙げられますね。それぞれの企業は株式市場に上場して支配的な存在となり、莫大な利益を手にしています。

ただし、ソフトウェア会社は製造業などと比較すると、それほど多くの従業員を必要とするわけではありません。それは言い換えれば、ハイテク企業が成長したとしても、国内の雇用を牽引してくれるわけではないということです。雇用が促進されなければ、賃金サイクルは好循環せず、消費は促進されません。これがアメリカの社会で起きたことです。

前置きが長くなりましたが、じつのところ、中国も同様の問題を抱えています。私は「新質生産力」に関与している中国企業の工場をいくつか訪れましたが、その敷地面積は大きくてもサッカー場数面分でした。そこで何人の従業員が働いていたと思いますか? たったの12人のケースもありましたよ。

一方で、ある家具工場を訪れたときには、500人の従業員が働いていましたが、その企業は業績不振に陥っています。国内の経済が回復して収益が上がらなければ、少なくない従業員が解雇されてしまうでしょう。

――中国では伝統的に大量の雇用を必要としていた産業分野が盛んでしたが、現在は労働力を必要としないビジネスが隆盛というわけですね。

【ヤーロー】もちろん、そうした企業にも波はあり、先ほども申し上げたようにバブルが弾ける可能性があります。そして何よりも、社会に好循環を生みません。中国はこの問題を解決するために、何か手を打つ必要があることは疑う余地がないことです。

――中国で暮らす人びとの経済状況はどのような状況でしょうか。あなたは前回のインタビューでは(『Voice』2024年4月号「市民の声が伝える『中国経済危機』」)、一般の労働者の給与が25%から50%減少していると話していました。現在はどうでしょうか。

【ヤーロー】前回のインタビューでは、主に小売業から始まった低賃金のトレンドが教師をはじめとする公務員や医者などに広がったとお話ししました。そのトレンドは現在も続いていますが、今回の訪中で感じたのは、皺寄せが金融業界にも及び始めているということでした。さすがに一気に賃金が下がるということはありませんが、ボーナスなどには制限が設けられるでしょうし、雇用にも影響が出てくるでしょう。

私が中国に滞在していたとき、金融関係の若い女性職員が新居をローンで購入したものの、家の価値がすぐに下落したことに気づいて自殺した、というニュースが大きな話題でした。彼女が働いていたのは一流の金融機関であり、そんな立場の人間でさえお金の問題を抱えていることは、多くの中国人の絶望を象徴するニュースだと捉えられたようです。

経済に対する失望は、人びとのメンタルヘルスの問題に発展します。政府は国民を心理的に支援しなければいけませんが、この点については、中国は日本の歴史に学ぶべきかもしれません。日本もバブル経済の崩壊を経験してから、およそ10年後に自殺者数が統計開始後で最多の数字を記録した歴史があります。

 

矛盾している対外政策

――経済に暗い兆しが見えていることは、中国の対外政策に影響を与えるでしょうか。たとえば、外国からの投資を得たいがために、中国が今後大人しくなる可能性はあるでしょうか。

【ヤーロー】この問題に限らず、中国の政治家が行なうことを予測するのはじつに難しいことです。なぜならば彼らの決定は、北京のごく少数の人びとのあいだに委ねられているのですから。

いま明らかなことは、中国は輸出に大きく依存しているということです。すでに強調したとおり、国内の経済は非常に低迷しています。今後5年間、中国がもしも幸運であれば、輸出に依存しながら経済成長を遂げることができるかもしれませんが、そのためには輸出先の国と良好な関係を築く必要がある。

エドワード・ルトワックが著書『自滅する中国』(芙蓉書房出版)で指摘しているとおり、中国が地政学的な主張と輸出主導による経済成長を同時に実現させることは、不可能とは言いませんが確率は非常に低い。この2つは矛盾した政策なのです。

では、中国が輸出主導による経済成長を選び、地政学的な主張を諦める可能性はあるでしょうか。私には断言できませんが、それでも、政府が経済とは別の政策を優先する国家が存在することは、古今東西の歴史を見ればかわることです。

もしも私が中国政府にアドバイスを送る立場であれば、「友人が必要だ」と言うでしょう。そうでなければ、彼らは雇用を維持することができないかもしれない。

6月に世界経済フォーラムが主催する夏季ダボス会議が大連で開催されたとき、中国共産党のナンバー2の李強(りきょう)首相が世界経済の有力者たちに「中国に投資してほしい。中国は5%の成長を維持できる」と呼びかけていました。

ところが、中国は南シナ海周辺ではフィリピンとのあいだに軍事的な緊張を続けている。これでは中国政府の政策が分裂していると言われても仕方がない。おそらくは、国内のプレイヤーのあいだでも意見がわかれて衝突しているのでしょう。

私が懸念しているのは、国内の経済に対する不満から目を逸らさせるため、中国が「戦狼外交」をさらに加速させることです。尖閣諸島や台湾の問題で日本と対立することもあり得ます。中国がすぐに大規模かつ直接的な行動をとる可能性は高くありませんが、私を含む安全保障分野の専門家は大いに憂慮しています。

東南アジア諸国の研究者も、同じような心配を吐露していました。すなわち、国外に「敵」をつくることで、国内の不満を和らげる陽動作戦のようなものを展開する懸念です。

私個人の考えとしては、それほどその可能性が高いとは思いませんが、とくに中国政府はどのようなアクションを起こすかわかりません。だからこそ私たちは、中国という国をさまざまな角度から研究や分析をしなければいけないのです。

 

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