もしトランプ氏が大統領選挙で再選を果たした場合、米国の対中東政策はどう変わるのか? 米国とイスラエル関係の行方、イランの核武装リスクといった問題について、書籍『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』より解説する。
※本稿は、宮家邦彦著『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)から一部を抜粋・編集したものです。
いまの世界では、欧州・アフリカ、中東・中央アジア、インド・太平洋という、従来は相互に半ば独立していた三つの戦域が一つに融合しつつある。これが筆者の見立てだ。中国、ロシア、イランの三国はいまや連動していると考えるべきであり、これら現状変更勢力の抑止は三戦域で、同時に、かつ連携して行なわなければならない。
日米のような現状維持勢力は、これら現状に挑戦する勢力をいかに抑止すべきかを、より広範な地球的規模で考える必要がある。欧州、中東、インド太平洋のどれか一つの戦域で抑止が破れても、それは直ちに他の戦域での抑止にマイナスの影響を及ぼすからだ。その点、昨今、日米両国がようやくグローバルな視点から動き始めたことは喜ばしい。
いま我々がインド太平洋地域で中国と北朝鮮を確実に抑止するためには、欧州でロシアを抑止できる強力なNATOが、また中東ではイランを抑止するための同地域の安定が、それぞれ不可欠となる。バイデン政権は曲がりなりにもこうした努力を続けてきたが、第二期トランプ政権にこうした努力を継続する知恵者がいるかどうかは未知数だ。
中東地域は米国・イラン間の代理戦争の様相を呈して久しい。現状、イスラエルとイランは限定的直接戦闘にとどまっているが、これが米・イラン直接戦争に発展した場合には、ガザという地域的紛争が、中東湾岸地域を巻き込む大戦争にエスカレートする恐れが出てくる。そうなれば、日本へのエネルギー供給が断絶するリスクは俄然高まるだろう。
影響はそれだけではない。中東地域を抑止するのに中東地域を担当する米海軍の第五艦隊だけでは不十分となれば、インド洋全体も所掌する米国インド太平洋軍の第七艦隊の一部を中東に投入せざるをえなくなる。だが、現在の米国には二正面・三正面作戦を遂行する能力はないので、最悪の場合、対中、対北朝鮮抑止力が低下する可能性すらあるのだ。
しかも、インド太平洋では、中国と北朝鮮が連動する可能性もある。仮に台湾有事と朝鮮半島有事が連動すれば、最悪の場合、多方面で「力の空白」が生まれ、その空白を埋めにくる勢力が現れることは間違いない。これは日本の安全保障上の大きな脅威となる。こうした問題意識を第二期トランプ政権は関係同盟国と共有するだろうか。不安は尽きない。
2024年5月20日、トランプ政権時代に国家安全保障担当大統領補佐官を務めたロバート・オブライエン氏、ジョン・ラコルタ元駐アラブ首長国連邦(UAE)大使、エド・マクマレン元駐スイス大使らトランプ氏の側近がイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相と会談したと報じられた(ロイター、2024年5月21日)。
今回の訪問の目的の一つはイスラエルの複雑な国内政治状況を理解することだと言うが、オブライエン氏はトランプ氏に近いものの、2024年の大統領選出馬を模索したこともある野心家であり、一種のスタンドプレーである可能性は否定できない。
いずれにせよ、こうした報道が出ること自体、パレスチナ問題が大統領選挙にとって無視できない要素であることを示している。また、ガザ戦争は当分終わりそうもないし、ハマースに虚を衝かれたネタニヤフ首相はハマース「殲滅」まで戦いを止められない。ガザ住民もハマースを拒否する力はなく、古くて新しい「二国論」による解決も難しいだろう。
こうした状況で、もしトランプ氏が再選したら、米国の対中東政策はどうなるだろうか。以下は筆者の現時点での見立てである。
•米外交の中東に対する関心と軍事的関与は一層低下
第二期トランプ政権の誕生で、ホワイトハウスの関心は内政にシフトし、突発的事態が生じない限り、外交の比重は低下していくだろう。
•トランプ中東外交の迷走で、米国との関係悪化を免れたネタニヤフは政治的に復権
2020年11月に勝利したバイデン候補に祝電を送り不興を買ったネタニヤフ首相とトランプ氏との関係は引き続き微妙だろうが、トランプ氏再選で米イスラエル関係は改善に向かい、一息ついたネタニヤフ首相が政治的生き残りに成功する可能性はある。
•ガザ情勢の如何にかかわらず、サウジアラビアとイスラエルの関係正常化が進行
ハマースのイスラエル攻撃直前まで水面下で進んでいたサウジアラビアとイスラエルの関係正常化交渉は、トランプ氏の再選以降、米国の仲介で再活性化される。
•米国の対イラン・ハマース政策は一層強硬化
逆に、第二期トランプ政権はイランに対する制裁や圧力を一層強化すると思われるので、米イラン関係は当分ギクシャクし続ける。
•イランはついに核武装を決意し、地域は一層不安定化
イラン国内では、こうした米国の強硬措置に対する反発が高まり、従来の政策を変更し、保守強硬派主導でついに核兵器製造に向かう流れが加速する恐れすらある。筆者がこう憂慮する理由は、保守強硬派で次期最高指導者の最有力候補といわれたエブラヒム・ライシ大統領が2024年5月19日にヘリコプター事故で死亡したことにより、今後イランの国内政治が流動化する可能性があると思うからだ。
従来イランの保守派は、強硬派であっても、米国との関係が決定的に悪化する「核兵器保有」には慎重だった。この立場は、7月5日に行なわれたイラン大統領選挙の決選投票で「改革派」のマスード・ペゼシュキアン氏が当選したことで、当面は維持されるだろう。
しかし、トランプ政権のもとで米国の対イラン政策が今後さらに厳しくなれば、イランの対米姿勢も一層強硬なものとなる可能性があり、高齢のハメネイ最高指導者の後継となる新たな最高指導者が従来の政策を変更する可能性も排除できないのである。
更新:11月21日 00:05