2024年04月24日 公開
2024年12月16日 更新
日本も例外ではない、陰謀論やフェイクニュースの影響。背景にある実態を知ることで、われわれは適切なメディアリテラシーを身につけなければならない。日本大学危機管理学部教授、同大学院危機管理学研究科教授の福田充氏が解説する。
※本稿では、『Voice』2024年4月号「フェイクと陰謀論が民主主義を破壊する」より抜粋した内容の前編をお届けします。
「トランプ大統領は闇の政府(ディープステート)と戦う救世主=光の戦士」であるという陰謀論を信奉した「Qアノン」や「プラウド・ボーイズ」のメンバーたちがトランプ大統領の「議会を目指せ」というメッセージに煽動されて起こした事件が、2021年1月6日の米連邦議会襲撃事件である。
共和党のトランプ候補と民主党のバイデン候補が激突した大統領選挙において、「大規模な不正があった」とするフェイクニュースが数多くネット、SNS上で拡散された。その証拠とされた画像、動画も捏造されたフェイク画像であった。
陰謀論とは「大事件や社会問題の背後には隠された裏の権力による謀略がある」とする信念に基づいたナラティブのことであるといえる。アメリカでは大事件が起きるたびに、「真実は隠されている」「この事件の背後には闇の権力の存在がある」という態度によってさまざまな陰謀論が生み出されてきた。
戦後の事例だけを見ても、ケネディ大統領暗殺事件やジョン・レノン暗殺事件といった政治的、文化的リーダーの死の背後には「CIA陰謀説」が生み出され、アメリカ同時多発テロ事件においても「自作自演説」がまことしやかに流行した。
旅客機によるワールドトレードセンターへの激突は、「戦争屋=軍産複合体」が儲けるために引き起こした自作自演であるという陰謀論である。
トランプ前大統領は、こうしたフェイクニュースや陰謀論を意図的にプロパガンダ(政治的宣伝)に利用した政治家であり、それによって米連邦議会襲撃事件という民主主義の破壊行為が引き起こされたことは負の歴史として語り継がねばならない。フェイクニュースや陰謀論は、政治的にそれだけの大きな力をもっていることを肝に銘じなくてはならない。
「ゼレンスキー大統領はネオナチである」というフェイクニュースを世界中にプロパガンダしたのはロシアのプーチン大統領であった。
「ゼレンスキー大統領自身の出自がユダヤ系である」という公開された事実を知っていれば、またナチスドイツがそのユダヤ人を大戦中に大量虐殺したというホロコーストの事実に関する知識をもっていれば、この言説に根本的な矛盾があることに気付けるはずであるが、それを理解できないのが陰謀論信者である。
そのプーチン大統領が引き起こしたロシア軍によるウクライナ侵攻さえも、「ロシア・ウクライナ戦争は存在しない」という陰謀論の対象となる。ロシア軍による「ブチャの大虐殺」に関するメディア報道で使用された画像、動画自体がフェイクであると陰謀論者が攻撃した。
発端は、ロシア軍が侵攻したウクライナ北部の町、ブチャで住民がロシア軍によって大量に殺され、その遺体が大量に道路に放置されていた動画の存在である。この動画自体がフェイクであるという言説から、この住民を殺したのはウクライナ軍であり、これも自作自演であるという言説まで発生した。
これこそがプーチン大統領が実践してきた「ハイブリッド戦争」(hybrid war)である。戦争において軍事や経済などハードパワーだけで戦うのではなく、文化や情報などソフトパワーを駆使して政治的な優位を保ち勝利しようとする戦略である。
そこで重要になってくるのが、テレビや新聞、雑誌、ネット、SNSなどのメディアにおいて語られる戦争の言説「ナラティブ・ウォー」(narrative war)である。
実際の戦争において、事実がどのようなものであったかよりも、時間軸と空間軸を超えて、メディア空間においてその戦争がどう語られているか、それを制御することによって戦争の勝敗は決するという考え方や社会情勢がその背景にある。
かつて第二次世界大戦において、アウシュビッツでのユダヤ人大量虐殺はなかったとするフェイクニュースも現代まで繰り返し拡散され、日本でもこの言説を1995年に記事として流布した雑誌『マルコポーロ』は国際的な非難を浴び当時廃刊となった。
このように陰謀論は、権力による暴力、不正義を隠ぺいする機能ももつ。つまり事実に対してそれをフェイクニュースとラベリングすることによって、暴力の事実や不正義の事実を隠ぺいすることに加担しているのである。
社会不安を引き起こす重大な危機において、何が真実で何が虚偽であるかを判断することにリテラシーを要するようなインフォデミックな状況において、陰謀論はフェイクニュースによって虚偽の事実、デマを拡散させるだけではなく、反対に真実の情報をデマだとしてプロパガンダするという両面の機能をもつ。
陰謀論は世界中の文明国において発生しているが、日本もその例外ではない。世界規模でパンデミックを引き起こした新型コロナウイルスに関しては数多くのフェイクニュース、陰謀論が発生した。
新型コロナは研究所で製造された人工ウイルスであるといったものから、コロナワクチンがヒトのDNAを書き換える有害なものであるといったものまで多岐にわたるが、それによって日本国内でも「神真都Q(やまとキュー)」による反ワクチン運動なども広がりを見せた。
自然災害でも陰謀論は発生し、東日本大震災で発生した人工地震説は、今年の元日に発生した令和6年能登半島地震においても見られた。
これらの日本の陰謀論の共通点は、感染症や自然災害といった高度な自然科学の知識を背景とした領域において、ほぼオカルト信仰に近い似非科学がいまだに蔓延しているという点である。
この自然科学の最先端とオカルト信仰的似非科学の結合は、80年代後半からのカルト、旧オウム真理教の信者拡大にも見られる現象であり、この旧オウム真理教はその後、松本サリン事件、地下鉄サリン事件などの無差別化学兵器テロ事件を引き起こした。
旧オウム真理教の信者拡大と政界進出のための選挙戦出馬、無差別テロ事件への一連の流れは、似非科学と宗教、陰謀論の結合が政治状況を混乱させ、カタストロフをもたらすという、トランプ前大統領の支持者とQアノンの結合による米連邦議会襲撃事件というアメリカのカタストロフを、4半世紀も先取りしたものであったといえるかもしれない。
さらに近年のものでは、「安倍晋三元首相の銃撃事件には真犯人がいる」という言説も陰謀論の類のものである。これは先述したケネディ大統領暗殺事件の陰謀論に近いケースであり、洋の東西を問わない普遍的な陰謀論である。
他にも安倍元首相にまつわるものでいえば、2017年の北朝鮮ミサイル危機において、北朝鮮が弾道ミサイルを数多く発射したが、そこで全国瞬時警報システム(Jアラート)が発表される際には、必ず安倍首相が首相官邸に宿泊していたため、「この弾道ミサイル発射は安倍首相が脅威を演出するための自作自演である」という言説がネット上で発生した。
事実は、北朝鮮を常時監視しているアメリカの情報衛星から得られた情報分析によって、北朝鮮が近日中に弾道ミサイルを発射する可能性が高いという確度の高い分析結果が得られていたために安倍首相は首相官邸に宿泊していたのであり、その期間に予測どおりに北朝鮮が弾道ミサイルを発射したというのが、事実に基づいた経緯、因果関係である。
これはアメリカ軍のインテリジェンス活動、とくに情報衛星の画像情報分析によるイミント(IMINT)によるインテリジェンスの成果である。陰謀論者はこのインテリジェンス活動を理解するリテラシーをもたず、その原因と結果を捻じ曲げ、逆転させて、つねに事象の結果から遡って万能な悪の権力者像を妄想することにより、陰謀論を完成させるのである。
これらの陰謀論には他にも共通点がある。それは、陰謀論の背景にあるものが、社会全体が注目するような大事件、危機事態であるという点である。そしてこうした大事件、危機事態においてメディアスクラム(集中的過熱報道)とも呼べるような報道キャンペーンが発生しているという点である。
その報道の言説において語られている主流派の解釈、解説に対して疑義を呈するのが陰謀論の特徴である。つまり、「社会全体はこの主流派メディアが報道していることを信じ込んでいるが、じつはこのメディア報道は裏の権力によってコントロールされていて、真実は隠されている。一般市民の多くはこの報道によって騙されている」というのが陰謀論者の思考パターンである。
つまり、陰謀論の問題、フェイクニュースの問題は民主主義を支えるジャーナリズムの問題であると同時に、危機管理におけるリスクコミュニケーションの問題であるともいえる。
更新:12月21日 00:05