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陰謀論者は“歪んだ承認欲求”で社会を分断している

福田充(日本大学危機管理学部教授)

陰謀論の影響

日本も例外ではない、陰謀論やフェイクニュースの影響。背景にある実態を知ることで、われわれは適切なメディアリテラシーを身につけなければならない。陰謀論はどのように発生し、社会に影響を及ぼすのか? 日本大学危機管理学部教授、同大学院危機管理学研究科教授の福田充氏が解説する。

※本稿では、『Voice』2024年4月号「フェイクと陰謀論が民主主義を破壊する」より抜粋した内容の後編をお届けします。

【前編記事はこちら】

 

陰謀論はインテリジェンスの「こじらせ」

陰謀論は大衆が注目する危機事態において発生するインフォデミックのなかで培養される。陰謀論者は、自分の信念にとって都合のよい情報に接触し(選択的接触)、その情報を都合よく解釈し(選択的解釈)、都合よく記憶する(選択的記憶)という社会心理学の「認知的不協和」のモデルに基づいて、陰謀論を形成する。これは人間の情報処理過程の問題とみなすことができる。

かつてテレビやラジオ、新聞、雑誌などのマスメディアが主流であった20世紀の時代にも陰謀論は存在したが、そこにはマスメディアがつくり出す情報環境においてマスコミが一方的に流す主流派のメッセージに対する、アンチテーゼとしての陰謀論が存在した。

マスコミは民主主義における第四権力であり、その権力が社会の情報をコントロールしているという前提のもとに、陰謀論はアンダーグラウンドなカウンターカルチャーを形成していた。

しかしながら、インターネットの時代からスマホ、ユーチューブなどの動画サイト、SNSによる情報爆発の時代を経て、情報環境におけるメインストリームとカウンターの区別は相対化され、多様な情報源からインフォデミックな情報環境が形成される時代に突入した。このSNSの時代に、新しい時代の新しい陰謀論が誕生し始めた。その一例がQアノンであり、反ワクチン運動である。

現代の陰謀論にはさまざまな特徴が見られる。数々の陰謀論研究が明らかにしてきたように、陰謀論者に見られる知性、リテラシーの欠如に加えて、インテリジェンスの「こじらせ」が発生している。

それは、インテリジェンス活動の失敗事例として有名な「インテリジェンスの政治化」とは異なる、「インテリジェンスの個人化」「インテリジェンスの稚拙化」によって発生する。たとえば、社会の複雑な事象を単純化する思考、因果関係理解の失敗、社会の一般的言説への裏張り欲求、ドラマティックな劇場型言説の欲望などの心的態度がその原因と考えることができる。

また、社会のほとんどの一般市民は権力によって騙されているが、「自分だけが真実を知っている」と思いたいという選民意識、「自分は他者より賢い」と思いたいという願望、それを社会に示すことによって得られる承認欲求など、これらの歪んだ現代人の欲求を最も容易に満たすことができるのが陰謀論なのである。

こうした現代人の反知性主義的態度を満たす陰謀論やフェイクニュースを供給することで社会にダメージを与えることが、権威主義国家のハイブリッド戦争の目的である。心理学的に人びとの認知構造を歪める認知戦、これこそが、ロシアや中国が展開するハイブリッド戦争の実態だ。

 

陰謀論は分断を生み出す

ナチスドイツのヨゼフ・ゲッペルス宣伝大臣は「嘘も100回言えば本当になる」と述べたが、これはプロパガンダで用いたデマゴギーも、何回も繰り返して言い続けることで、社会において信じる人が増えれば「社会的な真実」になるというプロパガンダの鉄則を意味している。

つまり、「何がファクトか」が大事なのではなく、「人びとが何をファクトだと信じているか」が大事な社会が「ポスト・トゥルース社会」である。

つまりこのポスト・トゥルース社会においては、ウォルター・リップマンが「疑似環境」と名付けたメディアがつくり出す情報環境において、人びとがファクトだと信じる情報がトゥルースであるか、フェイクであるかは、その流布された量とそれを信じる人間の数によって判断されるということである。

つまり、より多くの人びとの情報環境を制すること、より多くの人びとの脳内環境を制すること、これを中国人民解放軍は新しい認知領域、認知空間という戦場での「制脳権」と名付け、欧米では認知戦、世論戦としての「マインド・ウォーズ」(mind wars)と呼び、注目を高めている。

ポスト・トゥルース社会において、フェイクニュースは生成AIなどのテクノロジーによる言語テクストや映像テクストの製造によって社会により多く蔓延する。その精度の向上により、ディープフェイクに対してその真偽を判断する能力はより高度なメディアリテラシーを必要とするようになる。

GAFAがもたらす「フィルター・バブル」(filter bubble)のなかで、人びとの情報接触はより選択的な認知的不協和を生み出し、フェイクニュースを好む陰謀論者はより大きなコミュニティを形成し、それが「エコー・チェンバー」(echo chamber)となって増幅する。

エコー・チェンバーとは、自分と同じ意見や態度、関心をもった人ばかりが相互にフォローしあってネット・コミュニティを形成し、自分がメッセージを発信しても、その自分の意見に対して共鳴する賛成意見ばかりが返ってくるようになる状態のことを指している。

イーライ・パリサーやキャス・サンスティーンらが指摘してきたように、インターネット上に発生するエコー・チェンバーのような「閉じたネットワーク」が人間関係の蛸壺化をもたらし、それが社会に分断をもたらす。

インターネットは開かれた社会ではなく、むしろ「閉じたネットワーク」を社会にもたらし、その閉じたネットワークを形成する価値観同士が対立しあって、社会を分断するのである。

 

陰謀論は民主主義を破壊する

陰謀論はコミュニティにおける相互理解を分断して、コミュニケーション不全を引き起こすディープステート信奉は、現実社会における認知の枠組みの共有を阻害し、建設的な政策議論を不可能にする。反ワクチン信奉は、家族内でも友人間でも相互信頼を破壊して、社会関係を不可能にする。

陰謀論は人びとの間の対話を困難にさせることにより、そのコミュニケーション的行為によって成立する民主主義を破壊するように機能するのである。

陰謀論の伝播自体が民主主義の破壊工作であり、民主主義社会における分断を防ぐために、私たちはこの陰謀論の伝播を防がねばならない。そのために必要なことは、陰謀論を形成するフェイクニュースやデマを見抜くメディアリテラシーをもつことであり、市民のメディアリテラシーを高めるために、ジャーナリズムや教育がファクト・チェックの機能をもつ社会を構築することである。

私たちが日々接しているネットニュース、SNSのメッセージに対して、「このニュースは真実か」「このメッセージは陰謀論ではないか」、それをつねに気にしながら情報を批判的に解釈する姿勢が現代人に求められている。これが陰謀論とフェイクの時代のメディアリテラシーであり、私たちの自由や民主主義を守るために、不可欠な態度となるだろう。

 

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