DV(ドメスティック・バイオレンス、家庭内暴力)を語る上で、被害者支援に比べ、「加害者をいかに更生するか」といった視点は、今まで語られてこなかった。
本記事では、ノンフィクション作家の石井光太氏による「DV加害者のグループワーク」の取材から、「知られざる加害者の更生の実情」に迫る。
加害者が更生するためにもっとも大切なこと。それは「自分の言葉(ワード)で、世界(ワールド)を書き換えること」だと言う――。
関西圏のとあるビルの一室で行われたDV加害者のグループワーク――取り仕切るのは、立命館大学産業社会学部・人間科学研究科教授で対人暴力を専門とする中村正氏。
この日、グループワークに参加したDV加害者の男性は4名。ここでは、参加者が一人ずつ、近状も含めて自身の体験を話していく。
たとえば、40代後半の加害男性は次のように言う。
「妻が息子3人を連れて出ていってから半年が経ちました。俺はちゃんとDVを認めて、このグループワークに出てがんばってます。それを妻にわかってもらって、もう一度やり直したいんですが、妻は俺のLINEをブロックしています。
とりあえず今は、義母か弁護士を通じて今の俺の状況を伝えることしかできないんですけど、妻からは何の反応もないし、息子の大学受験の受験日だとか、高校の学費だとか金ばかり請求されます。俺の方はどこの大学を受けるのかも聞かされていないんですよ。
なんか一方的すぎるし、このままの状況が2カ月、3カ月とつづくと思うと、ちょっと俺もがんばれない気がしていています」
こうした意見の要点をホワイトボードに書き、4人全員が話し終わった後、一人ひとりの話に対してみんなで意見を述べていく。
先の40代の加害男性の話には、次のような指摘が出た。
「グループワークに来てまだ2カ月ですよね。奥さんの方からすれば、これまで20年間DVをしてきた人が、たった2カ月で変わるなんて思えないかもしれません。せめて1年くらいつづける姿を見せた方がいいんじゃないでしょうか」
「俺も解決を急ぐタイプなんで、一日でも早くケジメをつけたいって気持ちは無茶苦茶わかります。でも、奥さんは20年間耐えてきたんですよね。それなら、それと同じくらいとは言わないまでも、もうちょっと結論を待った方がいい気がします」
「LINEがブロックされているとのことですが、一応義母さんは電話には応じてくれているんですよね。それなら、義母さんに今ここで自分が取り組んでいることを根気強く示すとか、将来のことを相談してみると言った方法を取ってみてはどうでしょうか」
DV加害者は相手の立場に立って物事を考えたりするのが苦手だ。常に自分の目線で物事を考え、自分勝手に作り上げたストーリーを押し付けようとする。
それゆえ、グループワークでいろんな人たちの意見に耳を傾けることによって、凝り固まった思考を解きほぐし、別の目線を取り入れていく必要があるのだ。
中村氏は言う。
「DV加害者に話をしてくれと言っても、最初は自分に都合のいい話しかしません。自分はどれだけ家のために尽くしたのか、こうなったのは妻のせいだ、だから俺の味方になってくれという話し方をするのです。
グループワークでは、まず彼らの"文法"を理解することが必要だと思っています。彼らがどういう思考でDVをし、それを正当化しているのかを見極めるということです」
中村氏が気をつけているのは、初めから加害男性を全否定しないことだ。彼らには彼ら特有の言葉と文法があり、それが独特の世界観を形成している。例えば、次のようなことだ。
「妻は仕事ができない女だった。俺はその女を拾って結婚し、会社で汗水たらして働いて給料を得て食わせてやっている。そんな女が家計簿を作れと言っても作らないので、ちゃんと正すために説教をした。
たしかに大声は出したが、あいつが全然言うことを聞かないからだ。それなのに、あろうことか女はそれをDVだと言いだし、実家へ帰って行った。悪いのは女の方だ」
ここで、男性が使っている「仕事ができない女」「俺は拾って食わせてやった」「稼いでいるのは俺だ」「俺は欠点を正しただけ」という言葉は、自分本位の高慢な言葉だ。
それを都合よくつみ上げたことで、ゆがんだ世界観ができ上ってしまっているのだ。中村はこのことを"ワードが作ったワールド"と呼ぶ。
まずはこのロジックを理解し、それを別の言葉によって再構築する必要があるのだが、簡単なことではない。中村氏はつづける。
「今の日本社会には、DVを正当化してしまうワードがたくさん散らばっています。企業には『優秀な人間なら何をしてもいい』みたいなワードがありますし、『稼いでいる人間が一番偉い』みたいなワードもあります。
上司から注意される際に『おまえはわかってない』とか『今のままでいいと思っているのか』とか『おまえのために言ってるんだぞ』と言われることもあるでしょう。
あるいは、テレビのお笑い番組では、身体的なことを嘲笑したり、いじったりする言葉が飛び交っています。実はこうした言葉を家庭に持ち込めば、そのままDVを生むことになるのです」
もしビジネスの世界でまかり通っている「稼いでいる人が一番偉い」という考えを家庭に持ち込めば、家父長制のそれになるだろう。
上司が使う「おまえはわかってない」「今のままでいいと思っているのか」「おまえのためを思って言ってるんだぞ」という言葉に至っては、DVの鉄板ワードだ。
エンターテインメントの世界で大きな力を持つお笑いのいじりもそうだ。先日、テレビのお笑い番組を見ていたら、芸人が「おまえ、ホンマに何も知らんな」と言って相手の頭を平手打ちしたり、「もうええ、おまえと話しても無駄や!」と相手を怒鳴ったりしているシーンがあった。これらもまた、DVでは頻繁に見受けられるシーンだ。
中村氏は言う。
「コンピューターやネットの世界で行っていることを、そのまま家庭でも使おうとする人もいます。ゲーム会社で働いている20代の加害男性がいるのですが、彼は『俺は家族のバグを探していました。バグが見つかったら直すのは当然ですよね』という言い方をしていました。
妻が自分の思い通りにならないと『バグ』が起きたと考え、有無を言わさず直そうとする。人と人との関係性をプログラミングと同じように考えて、一方的に修正しようしたことがDVにつながったのです」
中村氏が危惧しているのは、社会にこうした言葉が溢れ返っており、一定の力を持っていることだ。
良識のある人であれば、DVにつながるような言葉が経済合理主義や漫才という特殊な関係性の中でのみ成り立っていることだとわかるので、プライベートでは使わないように注意するだろう。
しかし、無思慮な人はそうした識別ができず、職場やテレビで飛び交っているワードを当然のように家庭に持ち込んでしまう。そしてそのワードが、先のようなゆがんだワールドを作り出してしまうのだ。
次のページ
自身の無知を自覚し、ワードとワールドを書き換える >
更新:12月02日 00:05