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北九州の魅力はごちゃごちゃ感...あえて「綺麗な観光地にしない」戦略性

2024年02月19日 公開

武内和久(北九州市市長),龍崎翔子(ホテルプロデューサー)

武内和久 龍崎翔子

観光とはいまや、その土地の「光」を観ることだけではない―。2023年2月から市政を司り、観光政策にも力を入れる北九州市の武内和久市長と、気鋭のホテルプロデューサーとして各土地の空気感を活かしたホテルを手がける龍崎翔子さんが、これからの時代の観光の在り方を語り合う。

※本稿は『Voice』(2024年1月号)より抜粋、編集したものです。

 

「東京的な街」を増やしても意味がない

武内和久

【武内】龍崎さんのご活動には、かねてより注目していました。さまざまな特徴ある宿泊施設をプロデュースされていて、なかには「その手があったか」と驚かされるコンセプトのホテルも手がけられていますから、ぜひお話を伺いたいと思っていたんですよ。

【龍崎】光栄です。こちらこそ、武内市長にお目にかかるのを楽しみにしていました。

じつは今日、対談に先駆けて北九州市内を見学して回っていたのですが、あらためて実感したことは、博多(福岡市)とは距離が近い一方、カルチャーは大きく異なるということ。

北九州市はまさしく九州の玄関口ですから、昔からいろいろな人が集まったり交差したりしてきた歴史が、街のアイデンティティにつながっているとも感じました。

【武内】関心をおもちいただけて嬉しいです。北九州市は、小倉のあたりは市街地ですが、少し足を延ばすと豊かな自然が広がっていますし、そうかと思えば門司のように歴史ある街並みを残す地域もある。産業では、昔から鉄鋼や窯業、化学などの素材産業が盛んで、近年では自動車や半導体などの関連企業の立地が進んでいます。

しかも現在、国内最大の洋上ウインドファームを建設するなど、未来に向けたチャレンジも展開している。要するに「何でもある」「何でもやっている」のが北九州市です。

私がそんな北九州市の市長に就いたのは今年(2023年)2月のことですが、いま力を入れて取り組んでいる分野の一つが観光政策です。

とはいえ、観光客を呼び込む目的で、本来の北九州市の土地柄や、市民の営みを変えるつもりはありません。そのようなアプローチで街を画一的にするのは、多様さが特徴である北九州市には馴染まない。

めざしているのは、「素のまま」の市民の生活の輪が次第に広がり、結果として観光客の方にも喜んでもらえる、いわば「自己開発型」の観光です。

【龍崎】最近のトレンドである生活観光(観光客がその地域の日常の風景を楽しみに行くこと)にもつながるお話ですね。観光政策といえば、真っ先に考えられがちなのが、多くの人を呼び込むためにテーマパークや商業施設をつくることです。

しかし、たとえば東京の人たちが好き好みそうなものをつくっても、結局は日本に「東京的な街」がまた一つ増えるだけ。それでは東京の人はもちろんのこと、海外の人に持続的に足を運んでもらうことだって難しいはずです。

今日は100年以上の歴史がある旦過市場(たんがいちば/北九州市小倉北区)も見学して、地元の人びとが長い時間をかけて磨き上げてきた空気を体感できました。また、この対談を収録しているカフェが入っている上野海運ビル(同市若松区)のように、熟成されているレトロな建物や街並みもある。

そんな北九州市の等身大の姿を知ってもらうことができれば、その先に独自の観光の在り方が見えてくるのではないでしょうか。

【武内】地元の人間が当たり前のように受け止めている景色が、ほかの街の方の目には魅力的に映ることは珍しくないですからね。龍崎さんがおっしゃるように、ありのままの自分たちを見てもらうアプローチは、まさしく北九州市にマッチしそうです。

等身大の北九州市という点では、ぜひとも「人」とも触れ合ってほしいですね。北九州市民は相手との距離がとても近くて、わかりやすく言えば、一度行ったお店をふたたび訪れるともう常連客扱いされる(笑)。

子連れの親が商店街で買い物をしていると、店員が子どもに飴をおまけでくれることだって日常の光景です。隣の人の会話に不躾に入り込むことはありませんが、ごく自然に人との距離を近づけることが好きな人が多いのでしょう。

北九州市に来ていただいた方にはそんな私たちの"体温"にも触れてほしいし、その意味では、一泊二日では味わい尽くせない街だと言えそうです。

【龍崎】いまのお話をお聞きして感じましたが、北九州市はいわゆる「第二の地元」のように愛してもらいやすい街なのかもしれませんね。

【武内】おっしゃるとおりです。酒屋の店先でお酒を楽しむ「角打ち」の発祥の地とも言われていて、知らない人同士が一つの空間をともにして、お酒も入ったところで自然と会話が生まれる。これこそが北九州市の象徴的な光景だし、初めて訪れた方もまるで地元に帰ってきたかのような安心感に包まれるでしょう。

 

「インダストリアル・セクシー」という魅力

龍崎翔子

【龍崎】今日、地元の方から伺ってパンチライン(印象的な言葉)だと感じたのが、北九州市は「三交代制の街」というお話です。すなわち、24時間を通してつねに誰かが働いていて、そうした人たちに向けて一日中どこかで食堂をはじめとしたサービスが稼働していると聞きました。ほかの街にはなかなかない、とても興味深いカルチャーです。

【武内】たしかに北九州市の各地には、朝から深夜までいろいろなリズムで働いている方がいますね。仕事をしている時間もそうですが、価値観やバックグラウンドなども多種多様な人たちが、こうして一つの街をつくり上げているのも北九州市ならではです。

これはとりもなおさず、五市が対等合併してできた市であるという歴史が大きく関係しています。

北九州市は1963年、門司市、小倉市、若松市、八幡市、戸畑市の五市が合併して生まれました。キャラクターの異なる五つの街が一つになったわけですが、じつに面白いのは、いまも地域同士が自分たちのプライドを泥臭くぶつけ合っていることでしょう。

合併から60年経ったいまも、一つにまとまっていない。これは決してネガティブな意味ではなく、最近の言葉に照らし合わせるならば、それぞれが個性を発揮しながら共存することで「ダイバーシティ」を実現しているのです。

【龍崎】たしかに、北九州市は地域ごとに街の表情が異なりますね。門司はレトロな街として知られますが、鎌倉時代の言い伝えが残るように、時間軸と空間軸が複雑に重なり合う独特な街。小倉は武士の街で、質実剛健な雰囲気を残しつつ文化の香りも漂っている。八幡や戸畑は製鉄で栄えた地域として全国的にも有名ですね。

じつは、個人的に惹かれたのが若松なんです。港湾都市で造船所や大きな煙突、橋があり、一見すると人工的な街ですが、人工的とは裏を返せば、人の気配があるということ。

実際に若松の街を歩いていると、そこに住まう人たちの営みを感じました。そんな工場地帯独特の雰囲気や力強さ、昔ながらの切なさを、私は「インダストリアル・セクシー」という言葉で表現しています。 

【武内】「インダストリアル・セクシー」、じつに素晴らしい言葉ですね。

【龍崎】最近では工場夜景が「インスタ映え」するとして人気ですが、工場はそもそも人びとの生活や社会、文化を支える基盤ですよね。その魅力はもっと広く捉えられるはずだし、それこそ北九州市のカラーにもつながるのではないでしょうか。

【武内】嬉しいお話です。高度経済成長期には、この北九州の街から屈強な男たちが汗だくになりながら石炭などを運び、国内のみならず海外にも積み出して日本の産業の原動力となりました。その空気感はいまなお、北九州市のそこかしこに残っています。

【龍崎】そうした昭和の話を、まだ最近のことだと感じる方もいるでしょう。でもこれから10年、20年と時間が経てば、いま以上に注目を集めるコンテンツに成長するのは間違いありません。そこに北九州市のチャンスがあるはずです。

 

「観光」から「観影」「観人」の時代へ

【武内】私は先日、29歳以下の北九州市民と話し合う会合に出席して、私たちの街をどうPRするかを議論しました。

彼ら彼女らが強調していたのは、北九州市のアイデンティティは、先ほど申し上げた五市合併の歴史に端を発する「ごちゃごちゃ感」だということ。若者たちが街の歴史をポジティブに受け止めている様子を目の当たりにして、とても心強く感じたものです。

いまの日本社会では、何事もカオス(混沌)だったものが綺麗に整理整頓されていますよね。街並みも全国で均一化が進んでいます。その点、北九州市は幸か不幸かその波に乗ってこなかったので、いまも多様な人や景色が入り交じっている。小倉の商店街を歩けば、じつにいろいろなお店が並んでいることに驚かされます。

私にはそうしたカオスさが、また時代に求められ始めていると感じるのですが、龍崎さんは北九州市の「ごちゃごちゃ感」をどう観光に活かせると思いますか。

【龍崎】私自身は、境目が曖昧な街のほうが好きですね。海外から日本に来る人と話していると、「日本は綺麗すぎだよ。誰がこんなに片づけているの?」と聞かれることがあります。たしかにお店はとても綺麗だし、プライベートとパブリックの空間が明確に線引きされているのが日本社会の特徴でしょう。

一方で、これは西日本の都市ならではかもしれませんが、北九州市の街を歩いていると、プライベートとパブリックの境目が曖昧な空間に出合うことがあります。しかも、それが絶妙に心地良い。あえて喩えるならば、家の「庭」に近い感覚とでも表現できるでしょうか。

北九州市のそんな魅力は、パンフレットでは紹介しにくいでしょう。でも、歩きたいと思わせる街の吸引力は、ただ綺麗な街並みをつくるだけでは生み出せません。

また、北九州市の方々は良い意味で、都市部のビジネスパーソンのようには鎧を身につけていなくて、自然体で日々を楽しんでいるように感じます。そんな飾らない街の気配を体感してもらえる仕組みをつくれば、生活観光につながるはずです。

【武内】北九州市民が内側から発している輝きが、結果として市外から来る方に喜んでもらえるならば、それに勝る喜びはありません。

いずれにしても、不易流行という言葉があるように、大切なことは、何を守り何を変えるかを見極めることでしょうね。少なくとも、連綿と受け継がれてきた北九州市民のマグマのようなエネルギーは、これからも大切にしなければいけません。

他方で、新しいチャレンジにも取り組んでいて、最先端のテクノロジーの開発に注力したうえで、2022年には「北九州市グリーン成長戦略」を策定しました。

また日本のモノづくりの世界全体に言える話ですが、「真面目に良いモノをつくっていれば誰かが買ってくれる」という意識から脱却しないといけません。いまや、自分たちがつくる製品や商品、サービスにはどんな付加価値があるかを発信しなければ生き残れない時代です。そうした姿勢は観光政策にも求められているでしょう。

【龍崎】観光って「光を観る」と書きますよね。すなわち、旅先の素晴らしい部分を観る非日常体験が観光だと考えられてきたのですが、私はこれからの時代は概念が変わると感じていて。たとえば、若者のあいだでいま熱海が人気ですが、大きな理由の一つは、昭和という過ぎ去りし時代の空気感を追体験できるからです。

つまりは、観光ではなく「観影」なのです。熱海の場合は、いつの間にか昭和が「真空パック」されている街として注目を集めたわけですが、ならば北九州市だって大いに可能性はあるはずです。

もう一つは「観人」で、人を観るためにその地を訪れるという考え方もあります。たとえば、私が以前、広島を訪れたときに印象に残ったのは居酒屋でした。お店のテレビで広島東洋カープの試合が流れていて、地元のおっちゃんがそれを観ながら応援している様子に、「ああ、広島に来たんやな」と実感したんです(笑)。

【武内】なるほど(笑)。

【龍崎】わかりやすい観光名所よりも、現地の人びとの飾らない素顔を垣間見た瞬間、その土地を訪れたと実感した経験は誰にでもあるでしょう。そのように考えると、今日お話しいただいた北九州市の方々の「顔」がもっと見えてくると、そこに住む人びとがまとう空気感を味わいたい人が街を訪れるはずです。

いずれにしても、新しい観光を考えるうえで、無理をして綺麗な「光」を用意してアピールする必要はありません。北九州市だって、従来とは異なる文脈でポテンシャルを発揮できるはずです。

【武内】「観影」と「観人」、とても重要な視点です。私はこれまでに世界の60カ国ほどを訪れましたが、そのなかでもとくに好きな街がスロベニアの首都・リュブリャナです。

スロベニアは社会主義から資本主義に移行している国ですが、人びとが幸せそうに暮らしている様子がとても印象的で、バーでは皆が屈託なく食事を楽しんでいた。そんな空間に身を委ねているうちに、私まで幸せな気持ちになったのを覚えています。

【龍崎】素敵な経験ですね。

【武内】観光とは往々にして非日常を体験することだと捉えられがちですが、私はむしろ自分と向き合うことが本質的な目的だと解釈しているんです。

知らない街を歩けば、「自分はこれが好きなんだ」「私はなぜこの景色に反応しているんだろう」と、対象物を経由して自分を見つけたり自問自答したりするものでしょう。私であれば、リュブリャナの人びとの暮らしに触れることで、あらためて幸せとは何かを考えさせられましたから。

【龍崎】足を運んだ観光地を触媒として、自分を相対化させるというわけですね。これもまた、これからの時代の旅の在り方を示すお話だと思います。

 

ホテルが観光で果たしうる役割とは

【武内】龍崎さんはホテルプロデューサーとしてご活躍されていますが、これまでに議論した新しい時代の観光の文脈のなかで、ホテルという空間はどのように位置づけられると考えますか。

【龍崎】私は日々、ホテルとはメディアだと意識しているんです。メディアの役割は何かと何かを媒介することですよね。では、ホテルが結び付けるものが何かと考えると、人と人、人と土地、そして人と文化です。

たとえば、北九州市の魅力をひと言で表現するのは簡単ではないし、言語化することでかえって陳腐になる場合もあるでしょう。そのとき、宿泊するお客様の時間と体験をお預かりするホテルだからこそ、その街の魅力を再解釈して伝えられるかもしれない。

あるいはそのホテルが存在することで、街のイメージがかたちづくられるケースだってあります。つまりは、その街の魅力をゲストに対してプレゼンするとともに、未来のゲストに向けても紹介することがホテルの役割だと思うのです。

【武内】その点、北九州市は、現在はビジネスホテルやシティホテルが多いのですが、まだいろいろな可能性が眠っているはずです。

【龍崎】従来の観光のスタイルであれば、わかりやすいランドマークをつくって、そこを目がけて人に集まってもらうように働きかければよかったでしょう。

でも、北九州市は地元の人びとの生活圏と触れ合えるような観光の在り方をめざすべきではないでしょうか。ホテルもその観点からつくったうえで、観光しやすい動線をつくることができれば、北九州市の空気を伝えやすいはずです。

【武内】ホテルというよりもその街にステイしていただく、という感覚ですね。そのためには、ホテルの立地やスタイルは画一的である必要はなく、むしろ地元の個性が反映されていることが理想でしょう。

【龍崎】また、北九州市には門司を中心に昔ながらの建造物が残っていますよね。あのような建物は、どれだけ頑張っても新築では再現できないし、これまで利用してきた人の記憶や気配が堆積している。そんな建物をどう残すかは全国的な課題ですが、宿泊施設として利用すれば、現代に活かせるかたちで保存できます。

【武内】昔の建物を保存するうえで、ただ残して皆で眺めるだけでは持続的でありません。ならば、たしかに宿泊施設として利用すれば、観光客にはその街の空気感を伝えられるし、建物を残すことで土地の記憶を後世に受け継ぐことができる。

地元の人間にとっても、先人が使っていた建物をいまの若い人にホテルとして利用してもらって追体験してもらえれば誇らしいでしょう。

龍崎さんとの議論で、北九州市には観光の面でもまだやれることはいくらもあるし、可能性が広がっているのだと再認識しました。今度はぜひともゆっくりと街を回ってほしいと思いますし、いつか北九州市として龍崎さんとタッグを組んで、新しく面白いチャレンジができれば嬉しいです。

【龍崎】私自身、武内市長とお話ししていて北九州市に対する解像度がすごく上がりましたし、もちろん、もしお力添えできることがあれば嬉しいです。北九州市の魅力やコンテンツをもっと多くの人に届けることさえできれば、より愛される街になるはずです。そのチャレンジは新しい観光の在り方を示すとともに、日本のほかの街にも大きな勇気を与えるのではないでしょうか。

【武内和久】
1971年生まれ、福岡県出身。東京大学法学部卒業後、厚生省(現厚生労働省)入省
後、在英国日本大使館一等書記官、福祉人材確保対策室長などを歴任。退官後、ア
クセンチュア株式会社やマッキンゼー・アンド・カンパニー、慶應義塾大学医学
部非常勤講師や上場企業社外取締役、コメンテーターなどを経て、2023年2月20
日より現職。

【龍崎翔子】
1996年生まれ、京都府出身。ホテルプロデューサー。2015年、L&G GLOBAL
BUSINESS(現・株式会社水星)を設立。「HOTEL SHE,」ブランドや金沢のホテル
「香林居」など全国でブティックホテルを経営し、それぞれの土地の空気感を活か
した世界観のあるホテルを世に広める。日本初となる産後ケアリゾート「HOTEL
CAFUNE」なども展開中。

 

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